第一二六話「救いたい気持ちだけじゃ成し遂げられないもどかしさを感じてしまった」
テオドールさんへ文を送ってから一時間も経たないうちに、名も無き丘での防衛戦は、敵の撤退により終止符が打たれた。ナビール側は地竜を含む多数の捕虜を提供してしまった為、大損害だっただろうね。
この場は戦場ではなくなった為、後方の安全地帯に控えていたシャムシエルとザアフィエルさんもやってきた。「空から見下ろしていればいいんじゃないの?」と思ったんだけど、天使が控えていることが知られると相手方へのプレッシャーとなってしまうのでカナン神国からの干渉と言えなくも無いのだそうな。なんとも難しいことだ。
「お疲れ様だな、リーファ。何も手伝いが出来ず申し訳ない」
「いえ、それは仕方の無いことですので気にしておりませんよ、シャムシエル。捕えた兵や地竜に少しだけ話を聞きましたが、今のところマスティマに関する情報はありませんね」
私が二人にそう伝えると、ザアフィエルさんは「そうですか……」と少し思案顔を見せた。
「一兵卒単位では知られていない可能性は高いですね。この時点で関連が無いと判断するのは性急でしょう。引き続き我々も従軍させて頂きます」
「はい、分かりました。この部隊の責任者へはそのようにお伝えしておきます」
流石監査役。あくまで客観的な視点で状況を判断しているなぁ。
ちなみに地竜については捕虜共々丁重に扱って貰うよう取り計らっている。心配していた彼らの分の糧食は、ここから西のディースブルクから送って頂けるそうな。流石は王国西部の食料庫と言われる町だ。
「聖女様、お疲れ様でした。頂きました文への返信が出来ず申し訳御座いません」
情報のやり取りをしていた私たちの元へ、申し訳なさそうなテオドールさんがやってきた。別に気にしてないのに。
「構いませんよ。逆に、わたくしの方こそ戦闘中に判断の難しいお話をお送りしてしまい申し訳御座いませんでした」
「いえ、実は情報自体は既に王都の方へ送っているのですが……向こうからは聖女様に直接お話を聴きたいとの事でして、お手数ですが通信隊の方へご足労願えませんでしょうか?」
「……わたくしに直接、ですか? はい、承知いたしました」
別に私から聞いても情報は同じような気もするけど……。まぁいいや、言われた通りにしておこう。
「取り敢えず初戦は上手くいったようだな、リーファよ」
「……わたくしをご所望なのは、陛下でいらっしゃいましたか」
通信用魔道具の向こう側から聞こえてきた馴染み深い声に、私は少しだけ呆れの混じった声を出してしまった。そりゃね、軍を越えて国の最高司令官でもあるし、王都から直接通信してもおかしくは無いんだけど。
「まぁそのように呆れるでない。奇跡の力により地竜をナビールから解放したこと、率直に評価しているぞ。グラーツ部隊長もご苦労だったな」
「は……はっ! 勿体無きお言葉でございます!」
あ、テオドールさんが超緊張してる。緊張のあまりただでさえ怖い顔がもっと怖くなってる。子供が見たら泣いちゃいそう。
「さてリーファよ、早速だがナビールに囚われている地竜の王女を救いたいという件について話をさせて貰いたいが……正直、厳しい話だな」
「…………そう、ですか」
まあ、そんな気はしていた。戦時下における兵というのは戦略単位、つまり隊や部隊単位で動いているのだ。直接エーデルブルート王国に関係がある訳ではない目的の為にそれらを巻き込むことは出来ないのだろう。
「流石に直接関わりの無い地竜を救う為に作戦行動を採る訳にもいかんのだ。確かに地竜の王女を解放出来れば、ナビールから我が国へ攻め入る余力はもう無くなってしまうのだが、救い出すということは我等がナビール王国に攻め入らなければならん。向こうには対空魔術機雷が設置されていないため、翼竜を駆る竜騎士までも相手にしなければならないからな。リスクが高すぎる」
「……なるほど、その点については失念しておりました」
「其方は戦略について門外漢の魔術師だからな。仕方あるまい」
うーん、そうなると地竜は助けられないんだろうか。ちょっと可哀想だなぁ。
「まぁ、いきなり地竜の王女を救い出すことは難しいと思うが、少しずつ地竜を解放して相手の戦力を削いでいく方法なら、ある」
「………………」
含みのある陛下の言葉に思わず沈黙してしまう私。
うん、聴かなくても分かるのですけど、その方法。
◆ひとこと
リーファちゃんも一時的とは言え一人の軍人、しかも敵からしてみれば標的です。
大局に影響を与えるような行動は許されないのですね。
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