第一二四話「その体勢は恥ずかしいんですけど! 恥ずかしいんですけど!」
間近で見ると、地竜は流石に大きい。全体的に土色をしていて、鰐のような口に象のような肢、そして爬虫類を思わせる長い尻尾。尻尾を含めない長さは五メートル、尻尾を含めるとその倍くらいか。全長に比べて体高はそれほどでもないけれども、それでも私の背よりは遙かに高い。翼竜の倍くらいの大きさが馬と同じ速度で駆けてくると考えたらかなりの恐怖だろう。
「こんにちは、地竜さんたち」
地竜から声の届く範囲に入ったところで、私は古竜語で彼ら(彼女らかも知れないけど)にそう呼びかけた。
彼らが駆け出したら私などぺちゃんこに潰せる距離だけど、その時はアザゼルが私を抱えて飛び上がってくれる手筈だ。お姫様抱っこは勘弁して欲しいので出来ればそうならないで頂きたいけど。
「貴様ハ……サッキ雷ヲ落トシタ……?」
「はい、そうです。わたくしが落としました。出来れば貴方がたへ落としたくは御座いませんので、お話をしたいと思ってここに来ました」
口調はいつも通り聖女モードだけれども、脅しそのものでそう告げてあげると、三匹の地竜たちは困惑した様子で互いの顔を見合わせ始めた。
「おいダダ! 話など聞く必要は無い! あの女を潰せ!」
三騎の隊長らしい兵士が背中の上から古竜語でそう喚いた瞬間、中央のダダと呼ばれた地竜が苦悶の鳴き声を上げた。
「……魔術的な契約で縛られているようだな」
「そのようですね」
私たちがひそひそと小声で話していると、ダダくん(ちゃん?)は私に向かって駆け出し始めた。来ちゃったかー。
アザゼルは一瞬で背中から一二枚の黒い翼を生み出すと、手慣れた感じで私をお姫様抱っこして飛び上がった。地竜は空を飛べないのでこれで対抗出来るとは言え……うぅ、恥ずかしい……。
「よっ……と。軽いな、聖女リーファよ。きちんと食べているのか?」
「……女性にとって体重のことはセンシティブな話題なので、触れないで頂きたいのですけれど」
「それは失敬」
私が軽く睨むと、アザゼルは口端を上げて苦笑した。いや、まぁ、中身は女性じゃないんだけどさ、それなりに体型を維持するのには苦労してるんですよ。
さて、地竜が魔術的な契約に縛られているのであれば、その契約を解除しなければならないか。魔術の契約は一種の呪いだ。呪いなので、アレが効く。
「アザゼル、上空から奇跡を行使いたしますので、支えて頂けますか」
「ん? ああ、分かった」
そう言って、アザゼルは器用に空中で体勢を入れ替え――
「これで良いか?」
「………………」
後ろから腰の辺りを抱き締められて、思わず絶句してしまった。
いや、まぁ、一番安定するんだけどさ! なんというか……気まずいんだよ!
「どうした?」
「い、いえ、ありがとうございます。では……主よ、憐れな贖罪の山羊を救い給え、〈祝福があるように〉!」
呪いを解除する奇跡が、三頭の地竜に降り注ぐ。彼らが再び苦悶の鳴き声を上げているけれども、ちょっとだけ我慢して欲しい。
「な、何をした、女!」
「いえ、貴方がたが魔術で無理矢理地竜たちを縛っていたようですので、それを解除したまでですよ」
暴れる地竜の背中にしがみつきながら上空に向かって叫んだ地竜隊の隊長に私がそう返してあげたりしていると、すぐに地竜が大人しくなったので、私はアザゼルに地上へ降ろして貰った。
「さて、お話の続きをしましょうか、地竜さん」
再びのんびりとそう告げると、向こうの隊長が「耳を貸すな! 潰せ!」と地竜に命令を下した。
だが、地竜は三度目の鳴き声を上げたりはせず、その代わりに背中の兵たちを振り落としてしまったのだった。あわれ。
◆ひとこと
イケメン悪魔に辱められるリーファちゃんでした(何ひとつ誤解の無い表現)。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!