第一二二話「幕間:ある部隊長の苦悩」
※三人称視点です。
先ずは敵国の西端にある村、アイマーを攻め落とし占領したその翌朝、東方第一部隊を率いるナジュムは遙か東方の丘を副官のハリールと共に物見櫓から眺めていた。
「敵さんは丘の上に撤退し、状況は変わらず、か。だが地竜の弱点を突けるようになったら逆にここの奪還のために攻め込んでくるだろうな。さて、どうしたものか」
「……王都からは、再編成が済み次第すぐに進軍するように命令が来ております」
「わーってるよ、だから急がせてるんだろうが」
初戦は三匹の地竜のお陰でナビール側が勝利したとは言え、損害は少なくない。後方からの援軍が到着次第、ナジュムはすぐに敵の待つ丘へと向かうつもりで居た。
(だが、敵も馬鹿では無い。何故丘で待っているかと言えば、それは地竜に対抗する手段があるから、かも知れねぇんだ。むざむざ兵を捨て駒にするつもりも無ぇ)
最前線の指揮官でありながら、ナジュムは慎重派であった。そもそもが翼竜の代わりに気位の高い地竜を駆って戦うなどと、彼は反対だったのである。地竜は頭が悪いから騙し仰せているものの、いつ何時裏切られるかも分からないものを当てにするつもりは毛頭無かったのだ。
「ナジュム部隊長! 敵国に潜ませていた密偵からの緊急連絡が入りました!」
ナジュムは下からの声に「読み上げろ」とだけ応えた。
「はっ! 『敵国は目標の〈聖女〉を前線へ送った模様。到着は四月三〇日頃と思われる』とのことです!」
「分かった、戻れ」
「はっ!」
振り返ることもなくナジュムが告げると、物見櫓の下に居た伝令はすぐに戻って行った。そしてナジュムは無精髭の生えた顎をさする。
「四月三〇日、ねぇ。まだ一週間弱余裕はあるが……急いでいれば或いは分からんな。もしかするとあの丘まで撤退したのは、聖女が到着したから……って事は無ぇか?」
「どうでしょうね……。しかし、それ程までにその聖女は我々にとって厄介な存在なのですか?」
不思議そうに首を傾げるハリールに対し、ナジュムは呆れた表情で「馬鹿かお前」と言い放った。
「昨年の今頃、エーデルブルート王国の王都近くで古代の大魔王が復活したことくらいは知ってんだろ? その大魔王はあまりに危険だったためにカナン神国が遙か昔に封印した『獣』って奴で、挟撃していた一個大隊を壊滅させたそいつに対し、たった一人で引導を渡したのがその聖女だ。噂では神の奇跡を行使出来る、らしい」
「神の奇跡、ですか? 冗談でしょう? 大方、士気を高める為にエーデルブルートがでっちあげた偽の英雄であり、事実としては大魔王など居なかった、よしんば居たとしても軍で殲滅したのではないですか?」
「……まぁ、我が国ではそういう見方もあるな。だが、俺はそう思わねぇ」
ナジュムは多くの兵を率いる立場である。常に最悪の想定をしておかねば、部下を危険に晒すことになってしまう。彼はそれを許容出来る人間ではなかった。
彼らがそんな会話をしていると、再び物見櫓の下へ誰かがやって来る気配があったため、ナジュムが見下ろしてみると先程の伝令が居た。
「おう、どうした? 伝え忘れたことがあったか?」
「い、いえ! 別の用件になります! 王都より連絡です!」
「王都からぁ……? ちっ、まぁいい、読み上げろ」
ナジュムは露骨に嫌そうな顔をしたものの、流石に城からの連絡を蔑ろにする訳にもいかなかった為、舌打ちしながらも連絡を聞くことにした。
「はっ! 『後方からの援軍を待たずに進軍せよ』、以上です!」
「………………は?」
ナジュムだけでなく、ハリールも耳を疑った。アイマー村攻防戦での被害はゼロではない。そしてここから先は敵国の奥になるため、相手はより多くの兵を抱えている。彼らでなくても、総合的に判断してそれが悪手であることは明白である。
(……なんだ? まるで『倒れるまで進め』と言われているような気がするんだが……)
背筋に冷たいものを感じたナジュムは「……分かった、下がれ」と言葉を絞り出して応えた。
(どうする? どうするか? どう考えても死地に向かう羽目になる。どうすれば良い?)
動揺しそんなことを考えるも、ナジュムに選択肢は無かった。
軍人が、命令を無視することなど出来はしないのである。
◆ひとこと
リーファちゃんが神の奇跡を行使できることは、既に敵国に知られているようです。
街中でも使っちゃったりしてましたからねー。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!