第一二〇話「上空の竜は居ないけれども」
「地竜ですか? 本当に?」
「……はい、聖女様。伝令から受け取った内容には、そう書かれておりました。『州南西部にて地上からナビールの部隊が越境。当部隊は翼竜ではなく地竜を駆っており、シュターミッツ州第一部隊がこれに接敵し防衛中、状況は劣勢』と」
信じられない。地竜と言えば飛ぶことこそは出来ないものの、非常に堅固な身体を持つ古竜の一種だ。
そして古竜であるが故に気位も高く、人間を乗せて戦争に参加するなどということはあり得ない話なのだ。
「地竜かー。あれは並の武器じゃ傷も付けられないだろうねぇ。アタシは毒矢で瞳を狙うけどさ」
うん、そんな離れ業が出来るのはサマエルさんだけだからね? 普通は大砲か妨害魔術の使える魔術師でも用意しなければ対抗は難しいでしょうよ。
「それで、アロイス様。この隊としては如何なさるのでしょうか?」
「それについてなのですが……この先にシュターミッツ州の要衝でもある、ザイツの町があることはご存知でしょうか?」
「はい、存じております」
ザイツは東西南北の街道が集まる我が国でも有数の大きな町だ。昔シュターミッツ州が公国だった頃の首都でもある。肥沃なシュターミッツ州で穫れる作物は、この町と各街道を通じてエーデルブルート王国西部の食糧を支えているのだ。
「そのザイツの町で、兵の再編成を行います。そして……大変申し訳御座いませんが、聖女様には別働隊として我が隊の目的地であるディースブルクの町へ急ぎ向かって頂くことになりました」
「………………」
アロイスさんは王都からの命を伝えただけなのだろうけど、私が沈黙してしまったことに気まずさを覚えたのか、瞳を逸らしてしまった。
意味が分かった。最前線ではないとは言え、私が急ぎ向かう理由。それは恐らく兵の鼓舞の為だけでは無いだろう。
恐らく、対地竜の為の後詰めなのだ。何しろまともに兵がやりあっても勝てない相手ならば、聖女の奇跡で対抗してしまえば良い――と、恐らく旧王弟派の面々が声高に叫んだとかそんなところか。最前線へと送られないのは、恐らくだけど陛下のお力添えあってのことだろう。
「……王都はわたくしの力を、当てにされているのですね」
「い、いえ、しかし! これは必ずしも陛下の御意志という訳ではなく――」
私が嘆息すると、慌ててアロイスさんが陛下のフォローに入った。うん、分かってます。陛下の御意志じゃないことは分かってるんです。
「それについては理解しております、アロイス様。お心遣い感謝いたします。……はぁ、当初は最前線に出ないというお話でしたが、現実になりそうですね」
なんだかなし崩し的に戦争へ参加させられているなぁ。一回こういった実績を作ってしまうと、今後も戦争があった時に呼ばれかねない。神国を通じてその辺りはしっかりと根回しをしておく必要があるな。
でも、今回ばかりは仕方の無い話かも知れない。シュターミッツ州の食料庫はシュパン村にも多大な影響を及ぼしているのだ。私個人としても看過は出来ない。だったら――
「アロイス様、お尋ねしますが……ディースブルクと最前線との間に、東側から見下ろせる丘のような場所は御座いますか?」
「丘のような場所……ですか? はい、防衛拠点として一箇所御座います。……まさか?」
私の言わんとしていることが理解出来たのだろう。アロイスさんの顔色が変わった。
「はい。そこまで後退して頂ければわたくしが地竜を迎え撃ちます。どうかそのように進言をお願いいたします」
シュターミッツ州中央西部のディースブルクを占領されると、肥沃な土地を奪われてしまう。ならばそこで食い止めなければならないのだ。
それに私は拙いけれども古竜語を話せる。何故に地竜がナビール王国の味方をしているのか、それを尋ねることは出来るだろう。
「……サマエルさん、アザゼル。勝手に決めてしまい申し訳御座いません」
私はそう言って護衛の二人に頭を下げた。私が戦うということは、自然、この二人にもとてつもない負担を強いてしまうということなのだ。
「いいよ、リーファちゃん。たぶん、村や家族のためにもそこで止めないとって判断したんだよね?」
「構わん。俺はお前を守るだけだ。それは変わらん」
うう、二人とも格好良いなぁ。こうなりたいなぁ。でもアザゼル、私の頭をポンポンするのやめてくれない? 中身が男の身としてはちょっと悲しくなってくるんです。言えないけど。
そうして翌日夕方にザイツへ到着した我々は王都への進言が認められ、すぐに新しく騎馬小隊として再編成されて、更にその翌日にはディースブルク方面へと急行することになったのだった。
◆ひとことふたこと
ドラゴス、というのはオリジナルの竜です。
どんな竜なのかはそのうちリーファちゃんが解説してくれるでしょう。
アザゼルに頭をポンポンされてリーファちゃんは戸惑っているようです。
背後でサマエルが笑いを堪えていたとかなんとか。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!
みなさま良いお年を!




