第一二話「神様にちょっと力をお借りしました」
「……へぇ……」
またまたいつの間にか近寄っていたサマエルさんが、胸に矢を生やして倒れたまま動かないシャムシエルを覗き込んだ後、感心したような笑みを僕へと向けた。僕はというと無茶な術式の複数展開で頭がふらつき倒れてしまいそうだったけど、どうにか踏ん張っていた。
「合格ですか?」
「そうだねー、アタシの負けだわ。どんな神術も魔術も無視する必中の矢だったのに、まさかこんな手で弾かれるなんてね」
サマエルさんはおどけたように肩を竦めると、「ほれー、起きろー」とシャムシエルのお尻を蹴飛ばした。
「う、うーん……? ここは楽園ですか……?」
「いや寝惚けてんじゃないよ。気を失ってただけだっつーの。あと、そこに矢が刺さったままだと危ないよ?」
「え……? わわっ!」
視線を落としたシャムシエルが驚き、己の胸甲に突き刺さっている矢を慌てて引き抜いた。鏃の先端は大きく潰れている。七本目の矢は強大な力で彼女の心臓を目指したのだろうけれど、果たして身体に到達することは無かったのだ。
「ど、どうして生きて……? 確か防壁はすべてすり抜けた筈では……?」
「確かに、サマエルさんの奥の手で僕たちが用意した神術、魔術の防壁はすべて意味を成さなかった。そういう類の魔術だったし」
「でもこの子、あろうことか神様に直接術式のパスを繋いで、奇跡でアンタを守ったんよ。完全にアタシの負け」
「神に……直接……? 奇跡……?」
種明かしを聞いて呆然と呟くシャムシエル。聖女の力こそあるものの、人の子が奇跡を起こしたのだからそんな顔にもなるというものだろう。
聖女にされた時に一部術式を把握していたため、奇跡の術式は構造的に難しいものではないことは分かっていた。要は術式に僕の神気を繋ぐのではなく神の力を借りれば良いので、天におわす神に向けて入力元のパスを延ばせば良いのだ。あ、ホントに上に向かって延ばすワケじゃないけど。
もっとも僕が出来る理由は、術式を理解できる魔術師である上に一度奇跡を身に受けたからなのだけれども。他の魔術師に「やってみて」って言ってもたぶん何処にパスを延ばせばいいのか分からないので無理だろう。
「リーファは奇跡まで行使出来るようになったのか……。人の子としては規格外の存在になってしまったな。……今回は助けられたが、あまり行使してはならんぞ」
「うん、強すぎる力は僕も使いどころを考えるけどさ、それ以外に何か問題が?」
「神の力という純粋な神気を受けてしまうことで、恐らくその身が聖霊に近づいていくだろうからな」
え、えぇぇ……。
人間辞めるの嫌だし、よっぽどのことが無い限り使わないでおこう……。
「それに、強大な力だ。人前で使えば利用される恐れがあるのは分かるだろう?」
「……うん、それは僕も分かるよ。気を付ける」
何しろ天使でも神の代理としてしか行使出来ない力だ。こんな力があると分かれば僕を利用してくる輩が居ない訳がないだろう。
「……さて、じゃあ約束通りサマエルさんにお話を聞きたいですけど、場所を移しましょうか。うちに招待しますよ」
「おー、いいね。三〇〇〇年以上経ってどのくらい世界が変わったのか、教えてちょーだいよ」
「あ、待ってください、この子を連れて行かないと」
シャムシエルが気を失ったままの魔族の子を抱えてくれるようだ。魔族に偏見を持っているのだろうけど、きちんとそれと向き合う姿勢は褒められるべきことだと思う。
と、サマエルさんが封印のあった場所にしゃがんでごそごそ何かをしている。何だろう?
「サマエルさん? 何をしてるんですか?」
「んー? ないしょ。まだね」
「魔術組み上げてますよね? 術式見ていいです?」
「だーめ」
うーん、けちんぼだ。
まあ、今のところはこの人、いや悪魔に認められているので、僕たちの害となることはしていないだろう、たぶん。
「で、神様とパス繋いだ時、何か言ってた?」
「ええ、『一度だけじゃぞー?』って言ってました」
「あっはっは! 何ソレ! ちょーウケる!」
「ちょっと二人とも! 神に対して不敬ですよ!」
わいのわいのと騒ぎながら、僕たちは下山を始めたのだった。
◆ひとこと
前回の「グラティア」のように、リーファくんの使う奇跡は魔術、神術との差別化として古典ラテン語かヘブライ語が使われます。
古典ラテン語が載ってるサイトがあってヨカタヨ。
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次回は明日20時半頃に更新予定です!