第一一九話「サマエルさんはお怒りです」
さて、力天使ザアフィエルさんが加わったアロイスさん率いる一個大隊は、大きなトラブルも無く西ケルステン山地北部の谷を西進し、三日後にはシュターミッツ州に入ることが出来た。輜重隊を守りながらの行軍であるため進軍が遅めだけれども、ナビール王国の主目標である私が前線へ向かっているという事実が重要なのだろう。
「っていうかさ、相手は竜騎士なんでしょ? シュターミッツ州を飛び越えてリーファちゃんを狙ってくるって可能性はあるんじゃないの?」
細かいところによく気がつくサマエルさんが地上に降りてアロイスさんに質問している。確かにその可能性はあるよねぇ。だとすればシュパン村の方が心配だ。
「ご懸念は全くもってその通りだと存じます。しかしながら、有事のシュターミッツ州および南北の州では上空のあちこちに対空魔術機雷が展開されるのです。迂闊に入った竜騎士は風の刃で切り刻まれることとなります」
そう言えば、そんな話を聞いたことあるなぁ。空に対してあまりにも対抗手段に乏しい我が国が、航空戦力を有するナビール向けにそんな魔道具を造ったという話。本当だったのか。
「うわ! それ早く言ってよ! 危ないじゃん!」
背筋をぶるりと震わせるサマエルさん。そりゃね、上空を警戒する担当だから他人事じゃないもんね。アロイスさんが慌てて平謝りしてる。魔術機雷の類はその特性から巧妙に隠蔽魔術も掛けられているから、たぶんサマエルさんでもぱっとじゃ見つけにくいんだよねぇ。
「も、申し訳御座いません! ですので降りて頂きました! どの辺りが機雷の範囲かは機密事項なので申し上げられませんが、もし領内で敵軍と遭遇した場合はその地点が問題無いかどうかをお教えいたしますので!」
「頼むよーホントもー」
まあ、サマエルさんの気持ちは分かる。知らずにサマエルさんのスピードで飛んでいたら、一瞬で幾つもの魔術機雷に掛かって全身ズタズタになっちゃうだろうしね。
「サマエルさん、アロイス様にも人前ではっきりとお伝え出来ることとそうでないことがあるのだと思います。あまり責めないであげてください」
「わかったよー、リーファちゃんの顔に免じて許したげるー」
ぶー垂れながら引き下がるサマエルさんに、胸を撫で下ろしているアロイスさん。やれやれ、世話の焼けること。
「ちなみに、ナビール王国も魔術機雷の存在は知ってるの?」
「はい、牽制の意味も含めて意図的に情報を流しております。魔術機雷が存在することについては謂わば我が国からナビール王国への不信の表れでもあるのですが。もっとも彼の国から我が国へは難民が多数流出しているため、事実、我が国からの印象は良くありません」
「まー、難民を装ったスパイの可能性もあるだろうしねー」
「実際にそういった事件もありました。それ以来、国境の警備はより一層厳重になり――」
そんな風にアロイスさんがサマエルさんへ説明をしていると、三騎の兵が前方から近づいてきた。真ん中は鎧が微妙に違うし、あれはシュターミッツ州の部隊の兵かな?
「お話し中、失礼いたします! 私はシュターミッツ州第六部隊より伝令として参りました、ユングであります! 階級は曹長であります!」
「ケルステン州第三部隊隊長のアロイス・ハイドリヒ・フォン・リーフェンシュタール、階級は中佐だ。伝令の内容を貰えるか」
うーん、流石アロイスさん。仕事の時はキリッとしているね。先程までサマエルさんに対して狼狽えてた人と同一人物とは思えない。
「はっ! こちらになります!」
伝令さんが懐から取り出した文を読んだアロイスさんは「……なるほど」と呟いた。他の部下の前でもあるため、流石に内容を朗読してくれる訳ではないらしい。
「伝令、ご苦労だった。後方へは我が隊から伝令を出すので、貴官はザイツまで戻られよ」
「はっ! 感謝いたします!」
アロイスさんの計らいで、伝令さんはすぐに来た道を引き返して行ってしまった。大変だなぁ。
ザイツはこの先にある大きな町だ。恐らく王都からザイツへの魔術通信による命令を受けて後方部隊へ伝令を送った、というところかな。
「……少々、状況が変わりました」
アロイスさんが苦々しい表情で呟いた。その顔から察するに、伝えられた内容はあまり良いものではないというのが想像出来る。
「状況……ですか?」
「はい。……詳しい話は今日の野営時にお伝えすることになります」
そう言って、アロイスさんは急ぎ伝令の用意を始めた。相当悪い状況なのだな、これは。
そして夕方、野営時にアロイスさんから伝えられたことは、私たちを驚かせるのには十分な内容であった。
◆ひとこと
サマエルはそれこそリニア並のスピードで飛ぶので、空中に罠を張られると弱いのです。
ベリアルの待ち伏せでもそれで引っ掛かったとかなんとか。
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