第一一八話「また生真面目そうなのが一人やって来た」
「リーファ、ここに居たか。……顔が赤いが、どうかしたのか?」
恥ずかしさにアザゼルを睨み付けていると、シャムシエルが一人の天使を連れ、上空から舞い降りて来た。女性だけど私よりも一〇センチほど高い長身ですらっとした身体を持ち、額を覆う兜と全身の鎧は萌葱色で統一されている。紅玉色の瞳と背中できっちりと纏められた黄金色の髪からは神経質そうな面が垣間見える。
「い、いえ、何でもありません、シャムシエル。……そちらの方は?」
私がそう尋ねた瞬間、萌葱色の鎧を着込んだ天使は背筋を伸ばし、左手を腰の後ろ、右手を胸の前に持ってきて直立した。
「お初にお目に掛かります、奇跡を操る神子リーファよ。私は力天使ザアフィエル。これより能天使シャムシエルと共に貴女と行動し、犯罪者マスティマの確保に当たらせて頂きます」
ああ、例の監査役か。うーむ、シャムシエルに輪を掛けて生真面目そうな天使だな。
「力天使ザアフィエル様ですね。初めまして、リーファです。こちらは悪魔アザゼル。今回は悪魔サマエルと共にわたくしの護衛に就いて頂いております。よろしくお願いいたしますね」
私がついでにアザゼルを紹介すると、ザアフィエルさんは神経質そうな顔を少しだけ緩めて見せた。
「ザアフィエルか、久しぶりだな。よろしく頼む」
「アザゼル様、お久しゅうございます。貴方が堕天使となられる前はお世話になりました」
おや、二人は知り合いだったのか。まあ元はアザゼルも天使だったのだしそうであってもおかしくはないか。
「生真面目そうな所は変わらんな、ザアフィエル。お前は今回あくまでもマスティマを捕らえることだけが目標であり、戦争には加わらんと聞いているが」
「はい、その通りです。私と能天使シャムシエルは二国間の戦いには加わりません。ですが、マスティマの関与が認められた時にはその限りではありません。もしナビール王国が彼女を保護しているのであれば、私たちも戦闘に加わりましょう」
「嵐を操るお前ならば、翼竜を駆る騎士にとっては脅威だろうな」
ザアフィエルさんは嵐を扱う天使なのか。だとすれば確かに、航空戦力にとってはこの上なく厄介な相手だろうな。
「話は変わりますが、聖女リーファ、御前の天使サリエル様より貴女に伝言が御座います」
「サリエル様……ですか?」
ザアフィエルさんが言う通り七人居る御前の天使のうちの一人で、確かカナン軍においてはサンダルフォン様と共に総司令官であるメタトロン様の下に就く副司令……だったっけ?
「はい。内容をお伝えいたします。『今回の戦争において力天使マスティマと遭遇した場合、彼女については可能な限り力天使ザアフィエルおよび能天使シャムシエルの手に任せ、捕縛を第一にして頂きたい』……とのことです」
「それは……中々に難しいですね」
マスティマは天使だけれども、呪いを扱う悪魔でもある。はっきり言わせて貰うならば捕縛ではなく、彼女を抹殺しなくてはならない。
と言うのも、マスティマが誰かに呪いを掛けている場合、彼女が意識して解呪するか死亡しない限りそれが解ける事は無いからだ。そしてあの狂気を孕む天使が、例え拷問されたとしても前者を行う訳が無いのだ。だから彼女が死亡するまでは呪いを受けた者が苦しむこととなってしまう。
私がそのことをザアフィエルさんに伝えると、彼女は眉根を寄せて考え込んでしまった。
「……確かに、聖女リーファの仰る通りです。彼女が死亡するまでは呪いに苦しむ者が出てしまう。ちなみに、奇跡で解呪することが可能と伺っておりますが……?」
「はい、解呪は可能です。ですが、わたくしが呪いを受けた者の近くに居る必要が御座います」
うん、奇跡はそこまで万能じゃないし、解呪の奇跡を広範囲で行えば流石の私でも神気が枯渇してしまう。
「もしマスティマが今回の戦争に関与しているのであれば、ナビール王国の要人も呪いを受けている可能性があります。そうだとすれば、戦争が長引く恐れがあるのです。それを許容することは出来ません」
「……なるほど、聖女リーファの仰ることは理解しました。後で貴女の意向をサリエル様へ伝えさせて頂きます」
「よろしくお願いいたします」
ザアフィエルさんはあくまで任務の為に動いているし、それ以上の判断は上に委ねるということなんだろう。
それにしても、何故にそのサリエル様は捕縛に拘るのだろう。マスティマが自身の信念で動いているのは明白だし、これ以上何かを聞くことも無いだろうになぁ。
◆ひとことふたこと
ザアフィエルは嵐を支配する破壊の天使で、その力で悪しき者を懲らしめる役割を持っています。
出典は第3エノク書?このあたり曖昧ですね、すみません。
その使命から悪の天使ともとられることがあるようです、かわいそう。
名前の意味は「神の憤怒」です。大層なお名前をお持ちで……。
サリエルは御前の七天使の一人で、その手に持った大鎌で命を刈り取る死の天使でもあります。
この天使が活躍するエチオピア語エノク書ではサラクィエルという名前で登場しているのですが、ウリエルと同一視されるようなかなり重要な役割を持つ天使なのだとか。
名前の意味は「神の命令」です。ごっずおーだー!
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