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僕を聖女と呼ばないで!  作者: 水無月
第三章「悪魔の天使」
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第一一六話「幕間:ナビール王城にて」

※三人称視点です。

 ナビール王国の王都カウィーの中心に位置(いち)する王城、その一室。


 賓客(ひんきゃく)である力天使(ヴァーチャーズ)マスティマは、左手の親指の(つめ)(かじ)りながら、ぶつぶつと聖女への(うら)(ごと)(つづ)っていた。右(うで)の傷口を焼いたために出血こそ止まっているものの、化膿(かのう)による()えがたい痛みが彼女を(おそ)っており、シスターであった(ころ)(おだ)やかな表情を知る者が見ても本人だと気づかないほどに憔悴(しょうすい)した表情を()かべていた。片腕を失っているため、髪も三つ()みに出来(でき)ずに放置(ほうち)されて()放題(ほうだい)になっている。


「……力天使マスティマよ、聞こえておらんのか?」

「……ああ、国王陛下(へいか)。国王とは言え、ノックも無しに淑女(しゅくじょ)の部屋へ入るのは失礼ですよ」

「……何度もしたが、気づかなかったのであろうが……」


 ナビール王国国王、アーダム・ナジーブ・バタル・ナビールその人は、(くま)出来(でき)た顔をこちらにも向けず爪を囓り続ける目の前の天使と同じくらいに憔悴した表情でそう(つぶや)いた。とは言え、目の前の天使に(さか)らうことなど出来はしないのであくまでも聞こえないようにしていたが。


「……貴様(きさま)の望み通り、エーデルブルート王国へ宣戦(せんせん)布告(ふこく)を行った。そこに(いた)るまでかなり議会も紛糾(ふんきゅう)したがな」


 それを聞いたマスティマは、相変わらずアーダム国王の方を見ることも無かったものの、にんまりとその顔に下劣(げれつ)な笑みを浮かべた。


「そうですかそうですか、良い仕事です。きっと貴方(あなた)には楽園(エデン)に行く権利が保証(ほしょう)されるでしょう」

「……それは結構(けっこう)なことだな」


 アーダムはそう返したものの、内心では「()(のろ)いを()けた本人がよく言う」と悪態(あくたい)()いていた。


 アザゼルに右腕を(なか)ばから切り落とされ、ナビール王国へ(のが)れたマスティマがまず取った行動とは、(かね)てよりエーデルブルート王国への侵攻(しんこう)目論(もくろ)んでいたこの国への干渉(かんしょう)であった。


 もっとも、彼女には神国(しんこく)よりの使者であることを証明する天使の白い(つばさ)は無いため、少々強引(ごういん)手段(しゅだん)に出た。夜間のうちに空より城へと侵入(しんにゅう)し、護衛(ごえい)の兵士たちを()(たお)し、国王に対してアザゼルとシェムハザに掛けていたものと同じ従属(じゅうぞく)の呪いを(ほどこ)したのである。


「それで、侵攻開始は何日後になりますか?」

「三日後を予定している。貴女(あなた)従軍(じゅうぐん)するのか」

「ええ、勿論(もちろん)。あの悪魔と聖女に神罰(しんばつ)を与える(ため)ですもの。それに、貴方がたがしっかりと働いていらっしゃるかこの目で確かめなければ」


 ククク、と(ふく)み笑いをして、マスティマは自分に重傷を与えた者たちが蹂躙(じゅうりん)される姿(すがた)を思い浮かべていた。


(……それまでに傷が悪化し、(たお)れてくれれば(さいわ)いなのだがな)


 マスティマの傷は深く、化膿した部分から敗血症(はいけつしょう)になる可能性もあるのだが、彼女はしぶとく〈治癒(ヒール)〉を掛け続けることで生き(なが)らえていた。


 しかしもう長くないことも本人は分かっている。その為彼女は、アーダム国王に対してエーデルブルート王国への侵攻を急がせ、宣戦布告理由として聖女の名を使わせて、前線へ出て()ざるを()ない状況(じょうきょう)を作り出したのだった。


「我が国の主力は翼竜(ワイバーン)騎乗(きじょう)した竜騎士(りゅうきし)だったが、諸事情(しょじじょう)によりエーデルブルートに対して翼竜は使えない。基本は一人での馬騎乗となるため、従軍するとなれば貴女も馬に乗って(もら)う必要があるのだが、その身体で大丈夫(だいじょうぶ)なのか?」


 アーダム国王としては純粋(じゅんすい)な心配の一言なのだったが、それまで明後日(あさって)の方向を見つめて爪を囓っていたマスティマが、急に彼の方へと向き直った。


「……知っているのですよ?」

「な、何がだ?」


 思わず狼狽(ろうばい)が声に出てしまったアーダム国王に対し、マスティマは目を細めて見せた。


「貴方がたが()っていらっしゃるのは、翼竜や馬だけでは御座(ござ)いませんわよね?」

「………………」


 マスティマの問いへ、アーダム国王は(ほお)一筋(ひとすじ)(あせ)を流して沈黙(ちんもく)したが、それが逆に肯定(こうてい)を物語っていた。


「なので、わたくしはそちらに乗せて頂ければ結構です。ああ、くれぐれもわたくしを振り落とすような気性(きしょう)(あら)い子を寄越(よこ)さないでくださいまし? その拍子(ひょうし)でうっかり呪いが発動(はつどう)してしまうかも知れません」

「……個体(こたい)選定(せんてい)については、善処(ぜんしょ)しよう」


 その瞳に狂気(きょうき)(うつ)すマスティマに対し、()れ物に()れるようにアーダム国王は(うなず)いた。何処(どこ)まで行ってもこの女が本気なのだろうということは、先日「こうなります」と見せしめというだけで兵士を呪い殺したことから彼も分かっているのだ。


「アザゼル、シェムハザ、そして聖女リーファ、待っていなさい。貴方がたに同じ傷を与え、そこに呪いを()()んで差し上げますわ」


 マスティマはその(くちびる)(はし)()り上げ、命を()して殺す相手のことだけを考えていた。


◆ひとこと


やっぱりこの天使でした。早くもネタバレ。

完全に私怨で動く存在になってしまっていますね~。

そりゃ腕を切り落とされればそうなりますけれども。


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次回は明日21時半頃に更新予定です!

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