第一一四話「この人が来ると碌な事が無いんだよねぇ」
マスティマが起こした誘拐事件から一週間ほど経ったものの、今のところ何が起きたということも無い。
事の次第は話せる部分だけ神父様に話した上で、私は相変わらず教会でお手伝いを続けていた。まぁ、ここで働くシェムハザが慣れるまでだけど。
ちなみにアザゼルは酒場で料理の腕を振るっている。かなり評判が良いらしく、私も一度食べに行ってみたいものだ。
「リーファ、時間だから上がって良いよ」
「あ、はい、神父様。それでは失礼いたします。シェムハザも」
「ああ、ではな、聖女リーファよ」
なんというか、聖書を読み耽る悪魔というのも奇異な姿だな……。シェムハザは元々神への反抗とかで堕ちた訳では無く、アザゼル同様人間の女性と恋に落ちたことが理由らしいし、特に主に対して思う所も無いのだろう。
私は教会を出て、いつも通り森への道へと向かう。最近溜まっていた仕事もやっと一段落したので、今日は少しのんびりしたい。
……と思った矢先、嫌なものを見てしまった……。ベンカーの町への道に通ずる村の東口から来たのだろう、私をエーデルブルート王国の聖女に仕立て上げた騎士のアロイスさんが兵を引き連れ急ぎ足でやって来たのだ。
「聖女様!」
「アロイス様……? そのように兵をお連れになり、シュパン村に何か御用でしょうか?」
「いえ、用事は用事ですが、聖女様にですね。丁度良い所でした」
「わたくしに、ですか?」
えーなんだろう。この人の持ってくる話なら嫌な予感しかしないんだけど。
「実は今朝方、ベンカーの詰所に王都より魔術通信で連絡がありまして……」
「……あぁ、ベンカーにも通信用魔道具が設置されたのですね」
通信用魔道具は製造コストが高く、今まではヴァールブルクのような大都市にしか設置していなかったのだけれども、ベリアルの件があったから情報連携を密にするために配備を急いだんだよね。お陰で早馬を飛ばさなくても良くなったらしい。
うちの通信用魔道具も王都からの借り物であり、王都にしか通信は出来ない。まぁ、複数の場所へも通信出来るようなものは目玉が飛び出るほど高価なんだけど。
「ええ、それでですね、陛下よりの勅命ということで参りました。聖女リーファ様を連れ、至急シュターミッツ州の防衛に当たれとのことです」
「……え?」
防衛、だと? それもシュターミッツ州の?
それって……?
「まさか……戦争ですか?」
「その、まさかで御座います。昨晩、ナビール王国より宣戦布告がありました」
……危惧していたことが、現実になったかぁ……。
でも、おかしいな。戦争の可能性は把握していたけれども、私を動員する? ケルステン州の防衛なら分かるけど、シュターミッツ州は隣州で聖女リアの管轄の筈。聖女を積極的に戦争へ利用すると、カナン神国が黙っていないと思うのだけれども。
「……聖女様、今回の動員なのですが、理由があるのです」
言ってもいないのにアロイスさんがそのことを切り出した。顔に出てしまっていたか。
「理由、とは?」
「ナビール王国の宣戦布告理由、それは――『聖女を騙るリーファという者を持ち上げる貴国に対し、神罰を与える』……だというのです」
「……神罰、ですか」
……もしかしなくても、これはマスティマが噛んでいるんじゃないだろうか? 飢餓に喘ぐ国民の不満が高まっているところに付け入ったとか、真実はそんなところなのかも知れない。断定は出来ないけれども。
「聖女様が『獣』を神の御許へお送りした実績をお持ちなのは、国民に広く知られており、ナビールの言い分が馬鹿げているのは皆重々承知では御座います。しかし……」
「……はい。ここでわたくしが姿を現さねば、矢面に立つシュターミッツの皆様の不満が高まる。それに、旧王弟派の者たちがわたくしを前線へ送るよう騒いだ、と言ったところでしょうか?」
「はい、まさに」
ナビールの言い分としては「聖女を騙るリーファが戦争の原因だ」と言っているようなものだ。そこで私が出て行かねば、私を聖女に推した国王陛下の面子も立たないのかも知れない。
仕方ないか、ここは腹を括るしかない。
「お話は理解いたしました。至急自宅へ戻り準備いたします。……戦争への参加は初めてですので、アロイス様、何が必要かを道すがらお教え頂けますでしょうか?」
「はっ! なんなりと!」
私が理由で、私も戦争に参加、かぁ……。
まさかこうなるとは思ってなかったなぁ……。
◆ひとこと
疫病神扱いされているアロイスさんである。かわいそう。
--
次回は明日21時半頃に更新予定です!