第一一〇話「真の黒幕は、やっぱり……」
母さんがミスティさんを起こしにかかっている間、私は神術で〈隠された剣〉の加勢に入る。杖が無いので術式の構築に手間取るけど、まあ問題あるまい。
「聖霊よ、異端なる存在を貫く力をここに、〈光槍〉!」
丁寧な術式構築により、光の槍はきちんと私の手から生まれ、シェムハザを襲う。
「ぐむぅ!」
〈隠された剣〉に掛かりきりだったシェムハザは、左肩へまともに〈光槍〉を受けて苦悶の声を上げた。よろめき、隙が出来た所に魔剣が襲いかかり、斬り裂いていく。
だが〈隠された剣〉は、突如横から飛来した魔力弾により吹き飛ばされる。魔剣は吹き飛んだものの、再び切っ先をシェムハザの方へ向ける。魔剣というだけあって流石に頑丈だ。
魔力弾の発射元を見れば、アザゼルが手を前に突き出した状態で立っていた。コイツも居たか!
「シェムハザ、大丈夫か!」
「ぐっ……、アザゼル様、申し訳御座いません」
……なんだと?
私は聞き捨てならない言葉を聞き、すぐに「〈隠された剣〉よ、私の手に戻りなさい」と魔剣に呼びかけた。
「……聖女リーファよ、いいのか? 絶好の機会だったというのに」
シェムハザは血塗れの状態で膝をつき、私に対してそんなことをのたまった。確かに、〈隠された剣〉に私、そしてもう一人母さんという魔術師が居る状況であれば、如何なアザゼルとシェムハザでも苦戦するだろう。しかし――
「いえ、貴方がたにはお伺いしたいことが御座いますので。……どうやらわたくしは勘違いをしていたようですね」
「………………」
シェムハザは無言でその顔に「しまった」という表情を浮かべた。先程の自分の言動を思い返したのだろう。
「アザゼルに指示を出していたのは、シェムハザ、貴方ではないのですね?」
シェムハザは先程「アザゼル様」と言っていた。
ということは、彼はアザゼルに指示を受ける立場であっても、指示を出す立場ではない。
私の問いに、シェムハザは誤魔化すこともせず「……そうだ」と頷いた。
「やはり、そうなのですね。……そしてアザゼル。先程わたくしを狙うことは容易かった筈。どうして〈隠された剣〉ではなくわたくしを狙わなかったのですか?」
「そ、それは……」
アザゼルはばつが悪そうに口ごもる。
たぶん、答えはこうなんだろう。
「貴方がたに指示を出す何者かが、他に居るのですね?」
「………………」
「………………」
二人は答えなかった。その沈黙が既に答えとなっている。
アザゼル、シェムハザというこの二人の悪魔を従える何者かが居るということなのだろう。
そしてその何者かが、私の手でアンナを殺すように仕向けたのだ。彼らはただ、その命令に従っただけなのだ。
アザゼルが私を狙わなかったのは、恐らく私を傷つけるなという命令が下されているから、なのだろう。何故なのかは分からないけれども。
「教えてください。貴方がたに指示を出しているのは、何者なのですか?」
「………………」
「………………」
やっぱり二人は答えない。
そうだな、なら――
「……では言い方を変えましょう。貴方がたは何を恐れているのですか?」
その質問で、二人の顔色が焦りに変わった。やっぱりそうなのか。
二人ほどの悪魔ならば、何をも恐れることなど無い筈だ。となれば、先程までの私みたいに人質を取られているか、もしくは魔術的な契約に縛られているのだろう。
「せ、聖女リーファよ……」
それまで沈黙を守っていたシェムハザが、震えた声を上げた。何か情報を渡してくれるのだろう。
「よせ、シェムハザ!」
「聖女リーファよ、私たちに命令を出していたのは……ぐぅっ!?」
アザゼルが止めに入るのも構わず何かを言いかけた所で、シェムハザが胸を押さえて苦しみ始めた。これは――
「呪いですか! 主よ、憐れな贖罪の山羊を――」
「そこまでです、聖女リーファ。術を中断し、その剣を捨てなさい」
私が解呪の奇跡である〈祝福があるように〉を展開しようとしたところで、聞き覚えのある声が背後から掛かった。
「……やはり、貴女でしたか、シスターミスティ」
ミスティさん、いや、ミスティは、背後から母さんの首に左腕を回し、右手のナイフを押し当てた姿勢のまま、私に対してにっこりと微笑んでいた。
◆ひとこと
はい、というわけで二転三転しましたが、やっぱりこの人はクロでした。
何者なのかは次回にて!
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次回は明日21時半頃に更新予定です!