第一一話「お話にならない戦力差をひっくり返す名案」
サマエルさんとの勝負の前に、シャムシエルと二人打ち合わせをする。何しろ的になるのはシャムシエルの心臓だ。守りには僕も手を出して構わないとのことだけど、万全を期しておきたい。
「〈聖壁〉で、防げるかな……」
「一応、相手は魔に属する存在だが……元は最高位の天使だ。魔術防壁の方が良いかも知れん。〈聖壁〉は私が使おう」
「うん、なら僕は魔術防壁の〈護陣〉で。念のため複数展開するね」
「頼む。私の命はリーファに掛かっている」
プレッシャーだなぁ……。でも、ここでサマエルさんを逃がしたら悪い結果にしかならない気がするし、この勝負は受けよう。
「作戦会議終わったー? 始めるよー?」
一〇〇メートルほど離れた所から弓を手にしたサマエルさんの元気な声が聞こえる。いつの間に移動したんだろう。それに何処から弓を出したんだろう。ほんとにこわい。
「いっぽーんめー!」
サマエルさんが矢を番える直前に、シャムシエルの周りに魔術防壁の〈護陣〉を複数展開する。集中したものの、七つ展開するのが限界だった。
そしてサマエルさんの弓から矢が放たれ――
あっ、と驚く間もなく、矢が爆音と共にシャムシエルの下まで到達していた。
一番目の防御、〈聖壁〉は容易く打ち砕かれた。
二番目の防御、〈護陣〉の一番目も容易く。
三番目――
四番目――
「嘘でしょ……?」
最後の〈護陣〉も打ち破り、辛うじて鏃の先端がシャムシエルの胸甲に埋まったところで止まっていた。
「……ここまでとは……」
シャムシエルの顔から血の気が引いている。マズい。勝負を受けるんじゃなかったかも。
「おー、防いだねー! じゃあ次はもっと強いの行くからねー! にほーんめー!」
「シャ、シャムシエル! 〈聖壁〉に集中して!」
呆然としていたシャムシエルが我に返り、慌てて前方に〈聖壁〉を展開した。
もっと強いのが来るってことは、〈護陣〉七枚じゃ足りない? いや、これ以上は無理だから、一枚一枚を厚くするしかない!
二本目の矢が爆音と共に放たれた。一本目と同様に次々と防壁を破っていく。
そしてまた、シャムシエルの胸甲に刺さったところで止まった。
「……もしかして、遊ばれている……?」
「かも、知れない……」
シャムシエルと同感だった。これ、絶対に僕たちの力を把握して絶妙な手加減してるでしょ……。
「ふふっ、どうだろうねー? でも手を抜いたら、死ぬよー? さーんぼーんめー!」
これだけ離れているのに僕たちの会話は筒抜けらしい。あまりに規格外の存在で僕たちの心が挫けそうになったけど、少しでも力を弱めたらシャムシエルの心臓が撃ち抜かれてしまう。
そして、三本目、四本目、五本目、六本目と、僕たちは己の限界に挑戦することになった。勿論どれもこれもシャムシエルの胸甲まで到達している。完全にサマエルさんの掌の上で踊らされていた。
「やるねぇー! ここまで頑張れるとは思ってなかったよー! それじゃ最後いこっかー!」
七本目。これを防げばクリアだ、限界まで術を展開しよう。
だけど嫌な予感しかしない。ここで彼女が何かやってこないワケが無いのだ。
「なーなほーんめー!」
ぎりり、という音が聞こえるかのように、サマエルさんが強く弓を引く。
けど、今回は前の六本と明らかに違う所があった。
「右目が、開いてる……?」
マズい。
これは本能がマズいと告げている。どんな強固な防御を用意しても、この勝負には勝てない。
あの悪魔、シャムシエルを殺す気だ。
「さぁさ魔弾よ、アタシの望み通りに射抜いてちょーだい、〈魔法の弾丸〉!」
サマエルさんが、六本目までは使わなかった何かの術式を展開した。
術式が結ぶ経路の終点は間違いなく、シャムシエルの心臓だ。そしてあの術式の効果は、たぶん――
「主よ、万軍の神よ、いと高き所に救い給え! 〈神の恩寵〉!」
己の限界を超え、迷わず僕は八番目の術式を展開した。
あああ頭の血管が焼き切れそう!
轟音と共に、七本目の矢が放たれる。
「えっ……?」
ほんの一瞬だけど、シャムシエルの口から驚きが零れたように聞こえた。
放たれた矢はシャムシエルの〈聖壁〉と僕の〈護陣〉を砕くことはなかった。
すり抜けていったのだ。
パーン、という大きな音が響き、シャムシエルが後方に吹き飛ぶ。
そして、彼女は動かなくなった。
◆ひとことふたこと
「フライクーゲル」はドイツ語ですね。
元となった単語は「魔弾の射手」というオペラ作品からです。
作中で、実際にサマエル(ザミエル)が登場しています。
「グラティア」は古典ラテン語です。「恩寵」とか「恵み」という意味です。
何故ここで古典ラテン語なのかは……次話にて!
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次回は本日24時半頃に更新予定です!