第一〇七話「何のための騒動か、考えればすぐ分かることだったのに」
「ぐ……うぅ……」
「シャムシエル!」
村の西側、山への入り口付近でシャムシエルは倒れていた。胸甲に凹みが出来ている。どんな力が加わればこうなるのやら。
彼女の脇には、何やら土塊の山が堆く積もっている。なんだこれ?
「主よ、暗き葦の灯火を今一度輝かせ給え、〈復活〉!」
一先ず土塊のことからは意識を外して、傷を癒す奇跡を行使し、気を失っていたシャムシエルを起こした。
「う……、リ、リーファか……?」
「シャムシエル、何があったの?」
「ゴーレムだ」
彼女は意識をはっきりさせようと頭を振りながら、短くそう答えた。ゴーレム……って、あの魔術師が傀儡として生み出すゴーレム? そんなものがここに居たのか?
「ゴーレムが村を目掛け襲ってきた……ってところ? ゴーレムの素材は?」
魔力により生み出されたゴーレムには元となった素材が必ずある。それは土だったり、石だったり、鉄だったり、あるいは動物の肉だったりすることもある。素材によって呼び方も異なれば、強さも変わってくるのだ。
「土だ。近くに居た村人たちを避難させている間に、〈隠された剣〉を飛ばして時間稼ぎをしていたのだが、上手くいったようだな」
「無茶するなぁ……」
なるほど、脇にあった土塊の山はゴーレムのなれの果てだったか。脆いマッドゴーレムとは言え、素手でゴーレムと渡り合ったって訳でしょ? 流石は脳筋天使だ。
「ところで、サマエルさんとアザゼルがここに来なかった?」
「ああ、もう少し山を登った所で残りのゴーレムと戦っている筈だ。まさかアザゼルが手を貸してくれるとは思っていなかったが」
ふむ、一匹ではないのか。まぁあの二人ならマッドゴーレム如き問題無く倒せそうだけど。
それにしても、また西から来たな……? 一体何が起きているんだろう?
シャムシエルと二人で山を登ると、意外や意外、二人は苦戦していた。
というのも……。
「ええい、次から次へと! アザゼル、まだ術者は見つかんないの!?」
「無茶を言うなサマエル! この状況で探せるか!」
上空からサマエルさんが弓で射撃、地上でアザゼルがサーベルを振るうも、倒しても倒しても地面から次々と湧き上がってきているのだ。ゴーレムの叩き売り状態になっている。
「……とまぁ、このような有様だったのでな。流石に私も手に負えず、剣を飛ばしたというわけだ」
「……なるほど、そういうことでしたか」
何故にシャムシエルがマッドゴーレム如きで救難信号を出したのか分からなかったけれども、これなら納得だ。ちなみにアザゼルが居るので聖女モードに切り替えてます、はい。
アザゼルがゴーレムを生み出している術者を探そうとしているけれども、手が回ってないのか、ふむ。
「シャムシエル、アザゼル、広範囲に魔力探知を行いますので、守って頂けますか」
「承知した」
「む……、聖女様は魔術も使えるのか。分かった」
シャムシエルとアザゼルは、巧みに剣を振るいゴーレムの心臓部である核を斬りつけていく。魔術で構築されたゴーレムの核だけど、所詮元は土で出来ているため、少し衝撃が加わっただけで簡単にその機能を停止してしまう。
よし、この二人が守ってくれるならば安心出来る。私の膨大な魔力を使って索敵してしまおう。
「その流れを我に映せ、〈魔力探知〉」
探知範囲を思いっきり広げる。範囲内にゴーレムの核がうようよいるな。さて……。
「……居ました。動かない反応が一つ」
結構離れた場所にある樹の後ろに隠れているようだ。居場所さえ分かればこっちのもの。
「サマエルさん! あそこの樹です! 裏側に隠れています!」
「はいよー!」
私の指示で、サマエルさんが翼から魔力を放出させて一気に樹の向こう側に移動し、弓を引き絞った。
ところが彼女は、「へ?」と抜けた声を上げ、番えた矢を戻し、そのまま樹に近づく。何か予想外のものを見つけたらしい。
そしてサマエルさんが樹から何か布のようなものを剥がしたかと思うと、途端に周りのゴーレムたちがすべて土塊へと還った。お、終わったのか。
サマエルさんは何やら先程剥がした布と水晶玉がくっついた短杖らしき物を持ってきた。まさか……?
「誰も隠れてなかったけど、魔道具が置いてあったよ」
「ゴーレムを生み出す魔道具ですか……」
ゴーレムというのは基本的に単純な命令しか遂行出来ないので、魔術師の迷宮の番人程度にしか用いられないんだけど、こういった使い方も出来るのか。味方を攻撃する問題が解決出来れば、戦争に使えそうだな、これ。
「しかし、一体何のためにこのような仕掛けを……?」
「そりゃリーファちゃんよ、村を襲うためじゃないの?」
「でしたら、もっと村の近くで使えば効果もあったでしょう」
「……確かにそうだねぇ。だとしたら、陽動?」
陽動かぁ。私たちがこちらに来ることを見越して、この仕掛けを施した?
だとしたら、狙いは……。
「……そういうことですか! サマエルさん! 急いで家に戻ってください!」
「え? ……あ!」
私の言葉で、声を上げてすぐに飛び立ったサマエルさんだけでなく、シャムシエルとアザゼルも気づいたらしい。顔から血の気が引いている。
そうだ、これを仕掛けた何者かは私とミスティさんを引き離すことが目的だったのだ。
家に帰った私たちに、サマエルさんは苦々しい表情で紙切れを見せた。
そこには「三人は預かった」とだけ書かれていた。
◆ひとこと
ゴーレムのような存在は各神話に登場しますが、ゴーレムという名前はユダヤ教がルーツです。
神聖な儀式の折に泥人形に紙を貼って生み出した、とされています。
名前の意味はヘブライ語で「胎児」。何をもってこの名前を付けたのでしょうね?
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