第一〇六話「美女たちとのお茶会?」
「……どうしてこうなっているんだ」
「まーまー、美女たちに囲まれてお茶とか役得じゃーん? 気にすんなって」
「気にすんなってー!」
もにょるアザゼルの肩をケラケラ笑いながら叩くサマエルさんと、面白がって彼女の真似をするアンナ。アザゼルの気持ちは分からんでもない。
「まあまあ、それじゃこの方が話に聞いたアザゼルさん? まさかお母さん、うちに連れてくるとは思ってなかったわぁ」
「……わたくしも思いませんでした」
両手でティーカップを持ちながら私は天を仰ぐ。サマエルさんは一体何のつもりなんだろう? こんなことをしたってアザゼルは何も教えてくれないような気がするんだけど。
「で、なんでアザゼルが村に居たのか、おねーさんたちに話してみ?」
「ええと……」
私は二度説明するつもりが無いらしいアザゼルの代わりに、サマエルさんと母さんに事情を説明した。
「なるほどねー、ってことはそもそも、アザゼルは仕事で死霊を守っていただけで、アザゼル個人としては村にもミスティちゃんにも興味は無い訳だ」
「まぁ、そうなるな。むしろ、良い洗剤を作ってくれるお前たちには感謝しか無い」
ぐっ、と拳を握りしめて力説するアザゼル。いや、この悪魔はどんだけ掃除が好きなんだ?
「……だが、それでも仕事は仕事。もし村を襲えと命令されればそうするだろう。気は進まないがな」
「ふぅん……」
お茶を啜りながらアザゼルが呟き、サマエルさんは何やら頬杖を突いてニヤニヤ笑っている。
「『もし村を襲えと命令されればそうするだろう』ってーことは、この間村が襲われた件は、アザゼルと関係が無いって事だね」
……あ。
アザゼルはティーカップを傾けた姿勢で「しまった!」という表情をして固まっていた。つまり誰か他の実行犯が居るということを間接的にバラしてしまったのだ。サマエルさんかしこい。
何処か諦めたような表情で、アザゼルは深く溜息を吐いた。
「全く、この狡猾な悪魔め……。その通りだ。先日村が襲われた件は、俺がやったのではない。誰がやったのかまでは教えられないがな」
「ま、そこまで教えて貰えるとは思ってないよ。あ、これはリーファちゃんが作ったお菓子ね。ご褒美にあげる」
そう言って、テーブルに盛られたクッキーをずいっとアザゼルへ差し出すサマエルさん。アンナ向けに作った、砂糖使用の私謹製贅沢なお菓子です。
「薬とか入ってないだろうな」
「入っていません!」
し、失礼だなこの悪魔! いくら私が魔術師でもそんなことしないよ!
その後は他愛も無い話をする。野菜は隠し包丁を入れると煮込む時に味が染みこむとか、貝殻を砕いた粉末、所謂石灰を拭き掃除に使うとシミが綺麗になるとか、お茶の出涸らしを乾かしたものを掃き掃除に使うと汚れを吸着してくれるとか、今回の騒動に全く関係の無い話を力説してくれた。
……なんか生活感に溢れた悪魔だな、アザゼル。一気に庶民臭くなったというか。普段どういう生活してるんだ。
「それにしても、シャムシエル様はどちらに行かれたのでしょうか? いつもでしたらもうお帰りになられている筈ですが」
「そうですね……、それほど見回りに時間が掛かる筈も無いと思いますし、もしかすると村で何か用事を頼まれているのかも知れません」
ミスティさんの心配も分かるけど、シャムシエルは天使ということもあって村の皆から頼られているんだよね。だから普段から頼まれ事などされることも多く、あの生真面目な天使もそれをきちんと遂行するのだ。
とか話していたら、玄関で何かが突き刺さるような大きな音が鳴った。
「なんだ? ちょっと見てくる!」
サマエルさんが立ち上がり、急ぎ玄関に向かう。私も慌ててそれに続く。
「〈隠された剣〉……?」
玄関のすぐ外では、シャムシエルが持つ魔剣〈隠された剣〉が地面に突き刺さっていた。恐らく主の命令でここへ飛ばされたのだろうけれど、なんで――
「……まさか、シャムシエルが危ない?」
「そのまさかだと思うよ、リーファちゃん。たぶん村だろうね。アタシは先に行ってくるよ」
時間が惜しいとばかりに、一瞬で背中に一二枚の黒い翼を生やしたサマエルさんが村の方へと飛び立った。私も追わないと!
「何があった?」
家の中からアザゼルとミスティさんがやって来たので、私は二人に事の次第を説明した。
すると、アザゼルの顔色が変わった。明らかに驚いている。
「村が襲われているかも知れない、だと? ……どういうことだ……?」
「まだそうと決まった訳ではありませんが……」
どうやら、アザゼルも今回の事には関与していないらしい。何やら悔しそうに拳を固め、震わせている。
「……もし村が襲われているのならば、俺も行こう。今回は仕事ではないからな。傍観してやる義理は無い」
「え……、良いのですか?」
「ああ、気に入らんからな」
そう言い放ち、アザゼルもサマエルさんと同じ一二枚の翼を生やして同じ方向へと飛び去った。あの悪魔も知らない場所で好き放題されるのは気に食わないらしい。
「……私も行って参ります。ミスティさんはこの家から離れないように。いいですね?」
「わ、分かりました!」
ここには結界も張られていれば母さんも居るし、大丈夫だろう。
私は長杖と〈隠された剣〉を持ち、シュパン村の方へと駆け出した。
◆ひとことふたこと
妹のためにクッキーを作れるリーファちゃん。もう女の子でいいんじゃない?(笑)
この地域では甜菜が栽培されている場所や精糖工場もあり、砂糖はそれほど貴重という訳ではありません。
安くはないものということには変わりないですけどね。
代わりに海から遠いため、塩は行商で手に入れるしかありません。こちらは貴重です。
アザゼルおばあちゃんの知恵袋劇場。
すっかりそういうキャラが出来上がってしまいました(笑)
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次回は明日21時半頃に更新予定です!