第一〇三話「こんにちはリーファです、修道服を着ていますが魔術師です」
「神父様、おはようございます! 今日のお野菜を持ってきました!」
キャベツの入った籠を片手にそう元気良く仮教会へ入ってきたリリが、私の姿を見て凍り付いた。
「……リーファく……リーファちゃん、え、シスター始めたの……?」
「……シスターになったつもりは無いのですが、やはりそう見えますか、リリ」
「そうにしか見えない」
ジト目で私を睨むリリ。うん、修道服を着て、椅子に腰掛け聖書を読む姿はシスターにしか見えないよね。ごめん。
「やあリリ、今日もありがとう。リーファには今日から教会の手伝いをして貰うことになったのだよ」
「あ、神父様。お怪我は大丈夫でしたか?」
「なに、掠り傷だよ。あの程度の剣ならば昔は寝ていても躱せたのだけれどもね。老いという現実は厳しいものだ」
寂しそうに笑うデニス神父だけど……寝ていても躱せるって一体……?
昔からこの神父様には謎が多いんだよねぇ。素手で竜を倒したとか、ヴィニエーラ帝国のルシファー皇帝陛下と殴り合ったとか噂は尽きないけれども、普段の隙が無い姿を見ればあながち嘘でも無いんじゃないかと思う。
「別にわたくしまで修道服を着る必要も無ければ、聖書の内容を記憶する必要も無かったのですが……」
「いけないよ、リーファ。神に仕える者として形は大事なことだ。それに迷える村民に示しを与える時に聖書を引用出来なければ困るだろう?」
う、うーむ、そういうものなんでしょうか、神父様。でも私、神に仕えている訳じゃないんですけれども。そりゃまぁ、普段から神に力を借りているんだし、少しくらい恩返ししても、とは思うけどさ。
「まぁまぁ、美味しそうな野菜ですね。ふふ、聖女様の仰った通り、この村では質の良い野菜が採れるのですね」
「あ、シスターミスティもおはようございます。はい、この村の畑は豊穣の女神様の御力で、かなり収穫量も多くなったんですよ!」
「……女神……ですか?」
ニコニコ笑って野菜を眺めていたミスティさんが、リリの一言にピタリと動きを止めた。そして困ったように眉尻を下げる。
あれ、何か圧を感じるのだけれども、リリ何か言っちゃった? そんな感じはしなかったけど。
「……その、女神というのは、どちらの女神様なのでしょう?」
「え? あ、えーと、今は……丘の上に居る、シャラさんという……」
リリも何かを感じ取ったのだろう、顔を引き攣らせ、僅かに後ずさりながらシャラの居場所を答えた。
「……そうですか。聖女様、後でご一緒して頂けますでしょうか?」
「は、はい、承りました」
なんだかミスティさんの様子が変だなぁ。何も起きなければいいんだけど。
村全体を見渡せる西側の丘、そこにシャラの樹は生えている。彼女が生前……という言い方は変だな。種の状態になる前に、村を見渡せる場所へ埋めて欲しいと願ったためこの場所に生えているのだ。
「ん? リーファちゃんやないか。なんやそのけったいな格好は」
現在は三、四歳くらいの幼女姿である元女神のシャラは、私の姿を見るなりひなたぼっこを中断し、半目でそんな風にのたまった。けったいな格好でごめんよ……。
「ええと……本日よりこちらのシスターミスティのお仕事をお手伝いすることになりまして」
「シスター……? ついにリーファちゃんはカナンの神に仕えることになったん?」
「いえ、成り行きでお仕事のお手伝いをしているだけです。あくまでわたくしの本分は魔術師ですので」
後ろで「成り行きでなくとも良いのですよ」と声が上がったけど、無視しておく。
「シスターミスティ、こちらが道すがらお話しいたしました、元豊穣の女神のシャラです。故あって今は精霊と成りましたが」
「……初めまして、シャラ様。わたくしはミスティと申します。シスターとして唯一にして絶対である、我らが主に仕えております」
……ニッコリと微笑むミスティさんだけど、その言葉は何処か刺々しい。
「な、なんや? リーファちゃん、うち、なんか悪いことしたん?」
「い、いえ、シャラは特に何もしていないと思いますが……」
基本優しい女神様なので、いきなり攻撃的な態度を取られて子供らしく半泣きになるシャラ。私も訳が分からず戸惑ってるよ。
「聖女リーファ、このような幼子が神を騙っていたのですか? そのようなことは許されないと、きちんと教えておかなければ」
「……いえ、先程も申し上げました通り、シャラは見た目通りの子供では御座いませんし、紛れもなく元は神格の存在でしたが……」
……あー、そうか。このシスター、カナンの神を唯一として他を認めない、排他的な信徒だったのか。ここに連れて来たのは失敗だったな……。
「シスターミスティ、カナン神国では過去に他の神を異端として認めていなかったという経緯はわたくしも存じておりますが、今ではそれを改めております。彼女が一神格の存在であったことをお認めくださいませ」
「……それは……」
不満そうに、ふいっと私から顔を逸らすミスティさん。癖なのかな、これは。
やれやれ、ミスティさんはこういう人だったか。うちには悪魔も居れば魔族も居るし、大きなトラブルにならなきゃいいなぁ。
◆ひとことふたこと
修道服を着ているリーファちゃんですが、あくまでもシスターではありません。
シスターというのは神の伴侶となった存在ですからね。彼女にそんなつもりはないのです(笑)
ミスティのように他所の神を認めないというのは唯一神教において普通のことですよね。
だから古来より宗教間での争いは尽きません。
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