第一話「聖女は願ってもいない場所に突然生まれるものらしい」
新作になります。
基本毎日1話更新ですが、2021/9/18-2021/9/20は20時半~24時半頃に1時間毎の更新(!)になります。
よろしくお願いいたします。
「ど………………」
僕は目の前でぱちくりと瞳を瞬かせる天使を他所に、若干重たくなった胸部と股間の違和感に呆然としていた。
うん、見下ろすとどう見ても胸には前方へと主張するカーブがあり、それが内側から服を押し出し窮屈になっている。こんな膨らみ、先程まではなかった。代わりに股間に居たはずの生来の友が姿を消しているのをはっきりと感じる。
頭も重い。短かった僕のライムグリーンの髪はふわっふわのロングへと化けている。どういうことなんだ、これは。
「どうしてこうなった…………?」
「あ、あれ? 姿まで変える奇跡ではなかった筈なのですが、おかしいですね」
なんか予想外の出来事にぶち当たった様子で、先程古代神術の本から喚び出したばかりの天使が困惑している。この天使、顕現したかと思ったらいきなり神術らしきものを行使して、僕を女の子に変えよったのだ。でも天使よ、僕はもっと困惑しているのだけど。
「……取り敢えず順番がおかしくなったけど、自己紹介しようか。僕はリーファ、魔術師だよ」
「ええと……シャムシエルと申します……。階級は能天使です……」
背中に白い翼と頭の上には光の環。編み込んだホライゾンブルーの髪に、ウルトラマリンの瞳からは真面目そうな印象を受ける。服装は僕が今までイメージしていた白ローブの天使とは違い、スカイブルーに染められた長めのワンピース風インナーの上に騎士のような胸甲と腰鎧を身に着けている。それに左腰には長剣。身長は一五八センチくらい。僕より五センチほど低いかな? 見た目こそ一六、七歳と僕より少し上くらいだけど、天使だからその辺は分からない。
そして能天使といったらそれなりに偉い立場だった筈だ。何故に本に封印されていて、何故に僕を女の子に変えたのかとか色々と問いたださねばなるまい。
「……あのさ、今の術って、なに?」
眉間を押さえながら尋ねる。聞きたいことは山ほどあるが、取り敢えず今聞きたいのはそれだ。どうして僕が女性になってしまったのか。それにしても僕の声もかなり可愛らしいものになっている。複雑な気分だ。
僕から若干の圧を感じたのか、シャムシエルはどこか申し訳なそうに身を縮こませる。
「神術の類ではありません。神よりお預りいたしました聖女の力を、巫女に授ける奇跡です。ご承知の上で私を喚び出したのではないのでしょうか?」
……せいじょ? 聖女?
聖女? 巫女? 僕が? なんで?
言葉の意味が呑み込めないでいると、何かを察したシャムシエルが、彼女の背後に置いてあった、自らを封じ込めていた本を手に取って僕に突きつけた。
「こ、この本に書いてあったと思うのですが! 『血の盟約に従い封印を解きしイールセン聖王国の巫女に聖女の力を授けん』と! 私も編纂に関わっていたので間違いありません! 読まずに私の封印を解いたのですか!」
「ええと……その本は隅から隅まで読んだけど……」
「一頁目ですよ! そんな筈は!」
シャムシエルが慌ててぼろぼろの表紙を捲った、けど、そこには――
「………………」
「虫食いで、欠け落ちてたと、そういうこと?」
「…………はい」
ずーんと落ち込む天使。なんともはや、お粗末なオチだった。
となると、なんだ、聖女へと変える奇跡を身に受けてしまったため、僕は男にも関わらず聖女にされてしまい、姿もそれに見合ったものへと変えられてしまったのか?
「っていうかさ! 奇跡を起こす前に僕が男だって気づいたでしょ!? なんで馬鹿正直に使っちゃったの!」
そうだよ! 相手が男でおかしいと思わなかったんだろうかこの天使は!? そもそも男なんだから普通は聖女にはなれないでしょ!
「え、えぇ? 男性だったのですか……?」
「……うん、その反応はちょっと予想してたけど、悔しいから目を逸らしてた、ごめん」
今度は僕が落ち込む番だった。そりゃね、普段から女顔だとか声が高いとか言われるけどね、まさかこれが致命傷の原因になるとは思ってなかったよ。
しかし……、天使だから望み薄だけど、一応尋ねてみるか。
「えっとさ、さっきの聖女の力を僕の中から取り去ることは出来る?」
「無理です。私たち天使は力を分け与えることは出来ても、力を奪うことは出来ません」
「だよねぇ……」
がっくりと項垂れる。そう、天使は力を授ける方で、力を奪うのは悪魔の領分だ。分かっていたことだけど、やっぱりダメか。
と、そんなやり取りをしていると、バタンと背後の扉が勢いよく開けられた。誰が入ってきたかは分かるけど、一応そちらを振り向く。予想通りコバルトブルーのロングヘアを揺らした三十代半ばの女性がそこに居た。
「ちょっと、リーファくん!? さっき大きな神術が展開されたみたいだけど、何をやってたの!?」
珍しく慌てて入ってきたのは、自分の部屋で薬の調合をしていた筈の僕の母親兼師匠だった。〈魔剣のアナスタシア〉と言ったらこの領内はおろか、王国内でもかなり知られた名前の魔女である。母さんは普段僕が展開しないような巨大な術式を感じて、慌てて調合を中断してきたんだろう。
泡を食っていた母さんだけど、僕の部屋に佇む二人の少女(一人は僕だけど)を見て、ぽかんと口を開けた。
「あ、あらあら、二人も女の子を連れ込むなんて、私の息子にそんな甲斐性があったなんて、お母さん喜んだ方がいいのかしら? ちょっと複雑だわぁ」
「違うよ!? 貴女の息子はここだよ!?」
何を考えてるのか照れ始めたよこの母親!
「ふふ、分かってるわ。魂の色でリーファくんって分かったものね」
ぺろっと舌を出す母さん。三十路に入って久しいというのに相変わらず可愛い。
「で、こちらの天使さんはどなた? そして、どうしてリーファくんは女の子になってるの?」
「あー、えーっと……」
うん、何から話したものかね。シャムシエルから事情聴取をしつつ、全部説明するか……。
◆ひとこと
シャムシエルという能天使は、実際に旧約聖書で登場しているそうです。
ヘブライ語で「神の強き太陽」という意味があるんだそうな。