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キャレル席

書架から寄せ集めた資料を、背表紙をキッチリ揃えて山積みにする。<本の山>の頂上から順に精読する。読了後その都度、元の場所へ戻す。1冊ごとにアルコールジェルでの手指消毒を怠らない。


今日は「多重人格」の資料を中心に収集した。


精神疾患としての正式名称は「解離性同一性障害」。しかし、人格のコントロールができて、かつ記憶の一貫性が失われることがない限り、俗称の「多重人格」が適していると考える。


心療内科の臨床現場では、「どんな人格が存在するのか?」「なぜその人格が発生したのか?」を紐解いていく。一方、私のアプローチはこうだ。


どんな人格が存在すると、都合がいいのか?


「多重人格」の<本の山>はひとつのキャレル席を占領していた。


中規模以上の図書館では「キャレル」が設置されていることも多い。館内で閲覧しながら学習や研究を行うための個人席である。昨今ではWi-Fiも完備され、持込みパソコンやスマホを充電できるコンセントが設置されている。これはありがたい。


閉館時刻まであと80分。黙々と資料を読み進めた。最後の1冊を手に取ったとき、LINEにメッセージが届いた。


「私はマナトくんの『愛人』なのだそうです。(*'▽'*)」


メッセージの送り主は、チュールスカートの彼女だった。彼女の「妹」は今も眠り続けている。彼女と彼女の兄は、眠れる妹の代わりに生活を引き継ぐことを決めた。通っていた学校にも成り代わって登校し、SNS上の人間関係もそのまま継続することにした。


「マナト君」もその人間関係を構成するひとり。毎日LINEにメッセージを送り続けることに好意を感じる。しかしそれに反して、クラスメイトの前では冷たい態度をとるような一面も持合せいる。彼女は「マナト君」との関係性を探ることに苦闘していた。


その戦いの結果が、『愛人』とはいかがなものか・・・。


読み間違いだろうか。文字化けだろうか。私は一度アプリを再起動して、スマホの画面を拭って、改めてメッセージを読む。変わらない。意を決して、返す。


「『愛人』とは、あの『愛人』ですか?ムフフでイチャコラで、それでいて秘密めいたエロティックな響きの『愛人』・・・と言うことですね・・・?詳しく。」


彼女はクラスメイトの男性と連れ立って売店に行ったとき、マナト君の視線に特殊な雰囲気を感じた。そして、その日の帰り道、後ろから追いついてきた彼は 「あんな事はもうやめて欲しいんだけど」と言った。 「なんで?」と返す。 「お前が他の男と二人で出ていくとか。我慢できないんだけど。」 「どうしてよ?」 「数か月前なら大丈夫だったけど、こうなったら無理。『愛人』なんだから嫉妬するでしょ?」


「ちょっと待ってください。その部分だけを切り抜くと、『愛人』ではなく、『恋人』の間違いなのでは?」


「私も耳を疑いましたよ。でも、マナトくんは間違いなく『愛人』と。」


「他には普段、どんなやり取りがありますか?その・・・『愛人』でも『恋人』でもいいのですが、そういうやり取りは・・・」


「あ、マナトくんを漢字で書くと『優人』ですよ。」


「そう言うことではなく。」


「キスを迫ることもなく、手をつなぐこともなく・・・あ、でもカラオケの個室で耳掃除をしたことはあります。」


「・・・はい?」


「私、得意ですよ。耳掃除。」


「・・・はあ。」


「デートのようなものに誘われることもあります。映画とか、遊園地とか、ショッピングとか。でも、お金は払ってもらえません。」


「・・・ヒモ?」


「『ラーメン食べに行こう。すぐに来て。』とか、『このプリント、なくしそうだから預かって』とか」


「・・・パシリ?」


「私はマナトくんのパシリなんでしょうか?」


「ちょっと時間をくださいね。」


マナト君と時間を共有するうちに、彼女もネジが一本外れてしまった恐れがある。


砂山のパラドックス~事例1~


ここに<砂山>がある。砂を少し取り去る。


しかしそれは依然<砂山>である。また少し削ったとしても<砂山>だ。


これを繰り返し、最後の一粒となったとき、それでも<砂山>なのだろうか。


砂山のパラドックス~事例2~


ここに<恋人>がいる。キスはしない。


しかしそうだとしても<恋人>である。手を繋がないのだとしても<愛する人>だ。


しかしだ、彼女が別の人になっていたとしても、<恋人>と言えるのだろうか。


砂山のパラドックス~自明解~


「で、この砂山のなんちゃらっていう話の正解は何?」


彼女の兄にも意見を聞くことにした。彼はストレートに考えを口に出すタイプだから、とても話しやすい。


「こういう解決策があります。『砂粒がいくつ集まってもそれは<砂山>とはならない』とすること。なぜなら、<砂山>と言う単語には検証可能な明確な条件が備わっていないからです。 <恋人>もしかり。そこに観察と検証の余地はないのです。」


「マナトとの間に何があったのかとか、何が原因でそういう関係になったのかとか、正直、しんどいな。それに、意味はなさそうだ・・・まずは、マナトが『愛人』にどんな役割を求めているのかを観察する必要がありそうだ。」


「<目的論>のアプローチですね。」


どんな役割を演じると、都合がいいのか?


「では、マナトとって『愛人』の役割は?と言う切り口で仮説を立て、考察し、結果を導いこうか。」


相変わらずこの人たちは興味深い。


そして、私は最後のページをそっと閉じた。キャレルの上には読み終えたばかりの本が1冊。〈本の山〉など、初めから無かったのだ。

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