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【短編版】死に戻り悪役令嬢は、今度こそ「好き」と言いたい

作者: 春日千夜

「ここは……どういうことですの?」


 豪奢な寝台の上で目を覚ましたアルテナは、呟いた自身の声にハッとして喉元に手を当てた。驚きつつもアルテナは、ベッド脇にあったランプに火を灯す。


「まさか、わたくしは……」


 揺れる炎に照らされて見下ろした手は小さく、足も短い。手触りの良いシルク地のネグリジェに遠い記憶を呼び覚まされ、アルテナは部屋を見回した。


「間違いなくあの家の部屋ね。これを着ているなら、たぶん十歳の頃かしら。わたくしは確かに死んだはずなのに、過去に戻ったというの?」


 そこはかつてアルテナが暮らした、公爵家の自室だった。しかしアルテナはつい先ほど、六十年余りの生涯を終えたはずなのだ。


 その人生は波瀾万丈で、始まりこそ公爵家の令嬢、そして王太子の婚約者として何不自由ない生活をしていたものの、十七歳で冤罪を被せられて婚約破棄。

 それを理由に公爵家から追放されて修道院へ向かう途中、馬車が襲われ人買いに攫われ、隣国で危うく娼婦になりかけた所を娼館の下男マイルズに救われてそのまま逃亡し、結婚。

 その後商人として身を立てたマイルズを支え、多くの子や孫に恵まれ、家族に看取られて死を迎えるというものだった。


 夢にしては妙に生々しくあまりに長いため、間違いなくあの人生を自分は過ごしたのだとアルテナは確信していた。


「なぜこんな、時が戻るなど……。いえ、待って。もしかしてこれは、神様がわたくしの願いを聞き届けて下さったとか?」


 色々あったが、マイルズと出会ってからは幸せな人生を送れたと思う。だがアルテナには一つだけ心残りがあった。何もかもを失った自分を心から愛してくれたマイルズに、一度も「好き」と言えなかったのだ。

 死の間際アルテナは、『出来ることならこの人に好きと言いたかった』と思いながら息を引き取っていた。


「理由なんて分からないけれど、どうでもいいわ。わたくしがやりたいことは一つだもの」


 せっかく過去へ戻ったのだ。アルテナは最後の望みをぜひとも叶えたかった。


 善は急げとアルテナは動き出す。まずは前回、十歳の時に結ばれた王太子との婚約を回避したい所だ。

 意気込んで侍女を呼び朝の支度を始めると、折よく父である公爵に呼び出された。アルテナが死に戻ったこの日は、ちょうど王太子との顔合わせを父から申し付けられる日だったのだ。


 前回アルテナは平民に落ちた事で図太くなったものの、まだ公爵令嬢だった頃は穏やかで従順な淑女だった。そのため王子との婚約もかしこまって受けていたが、今回は違う。アルテナは話を聞くなり首を横に振った。


「お父様。申し訳ありませんが、わたくしは殿下と婚約する気はありません。顔合わせなど無駄ですので、お断りしますわ」

「これは決定事項だ。ふざけたことを言わず、黙って受けなさい」


 アルテナの父は高圧的な人物だった。家族であっても自分の意に沿わない相手には容赦なく対応する。だからこそ前回、婚約を破棄されたアルテナは家から追放されたのだ。

 それを知っているからこそ、アルテナは父親に表面上従ったフリをして、王太子との顔合わせとなる二人きりの茶会に挑んだ。そして王太子の顔を見るなり、嘲るように鼻で笑った。


「まあ、あなたが王太子ですの? ずいぶん冴えない顔をした方ね。頭も悪そうなのに、婚約しなければならないなんて」

「何だと! 貴様のような女は願い下げだ!」


 前回婚約していた相手だが、アルテナは王太子に全く未練がない。というのも王太子は自尊心が高く、顔はいいが頭は弱い男だからだ。

 そんな王太子だったから、前回は真面目に妃教育に取り組むアルテナを変にライバル視するようになり。十五歳から入る貴族学園に通う中、擦り寄ってきた男爵令嬢に現を抜かし、アルテナに被せられた冤罪を見抜けず、婚約破棄をしてきた。

 そしてアルテナが隣国へ攫われた後、王太子は男爵令嬢を妃に迎えたが即位後に国を傾かせてしまい、弟王子に玉座を奪われ、妃と共に処刑されたのだ。

 そんな男の妃になど、アルテナは全くなりたいと思わなかった。


 アルテナの目論見通り王太子は簡単に怒り出し、顔合わせの席からアルテナを追い出す。そうして屋敷に戻ると、父である公爵は案の定、烈火の如く怒り狂った。


「何ということをしたのだ! お前は我が家に泥を塗る気か!」

「申し訳ございません。ですがわたくし、本当に嫌でしたの。お許しになれないなら、どうぞわたくしを追放して下さいまし」


 アルテナの目的は、公爵家から追い出される事だ。さすがにもう一度人買いに攫われる気はないが、隣国へ行かなければマイルズに会う事は叶わない。

 そう思って父親の怒りをわざと買い、追放するよう申し出たが、意外にも公爵は頷かなかった。


「追放などと馬鹿なことを! 婚約出来なかったぐらいで、するわけがないだろう!」


 顔合わせの席での暴言は、子どものした事だと今回に限って不問に付された。とはいえ、まさか父からそんな言葉が出るとは思わず、アルテナは驚いた。娘を切り捨てる冷たい父だと思っていたが、そうではなかったのかもしれない。


 前回アルテナが追放された際は、男爵令嬢に嵌められて冤罪を被せられた。真実の愛を阻む悪の令嬢などという不名誉な噂まで流された。

 だが所詮は男爵家の悪巧みだ。冤罪である事など公爵も分かっていただろうが、王太子はそれを理由にアルテナとの婚約を破棄している。王家の失態を隠すために冤罪を表沙汰に出来なかったのだろうと、アルテナは考えを改めた。


 しかし今さら親子の情があったと分かっても、アルテナの決意は変わらない。アルテナは愛するマイルズともう一度巡り会い、結ばれたいのだ。


「ではお父様、わたくしを隣国へ留学させて下さいませんか。どちらにせよこうなっては、わたくしの評判は地に落ちたも同然。この国に残っても、家のためにはなりません」

「それを分かっていた上であのような物言いをするほど、殿下が嫌だったのか。……分かった。留学を許可しよう。だが卒業後は私の選んだ相手に嫁いでもらう。その頃には、ほとぼりも冷めるだろうからな」

「構いませんわ。ご随意に」


 アルテナの求めるマイルズは平民だ。元より公爵である父の理解を得られる相手ではない。だとすれば、強引な手段で結ばれるしかないだろう。

 その覚悟をすでに決めているアルテナは、罪悪感を感じつつも表面上はにこやかに、父親と約束を結ぶフリをした。



 ◆



 隣国の貴族学校は自国とは違い寄宿制で、十歳から十八歳までの子息令嬢が集まり、学ぶ事になっている。そこへ入学を決めると、アルテナは速やかに国を離れた。

 勉学に励みながらも情報を集め、マイルズがどこにいるのかを調べる。


 前回マイルズから聞いた彼の半生も、アルテナに勝るとも劣らない悲惨なものだった。元々マイルズは商家の跡取り息子だったが、両親が馬車事故で亡くなった後叔父に家を乗っ取られて弟妹と共に追い出され、娼館の下男となり食い繋いでいたのだ。

 マイルズの両親が亡くなったのは、マイルズが十五歳、アルテナが十二歳だった頃のはずだ。幸いにも今回のアルテナは公爵令嬢のまま隣国にやって来ている。自分で動かせる金や伝手を限界まで使い、出来るならその事故を防いでやりたいとアルテナは考えていた。


 そうしてアルテナが隣国で十二歳となった時、願いは見事に叶った。マイルズの家を突き止め、その両親の事故も防いだのだ。

 その結果、事故原因は叔父が馬車に細工をしたためだった事や、売上の一部を横領していた事なども明らかになり、マイルズの叔父は囚人となった。


 マイルズには元々商才があり、前回もアルテナと逃亡した後に自力で商人として身を立てたほどだ。ここから先アルテナが何もしなくとも、マイルズは商家の後を継ぐ立派な男になるだろう。

 となれば、後はマイルズの前にアルテナが姿を現すだけだ。だがアルテナは、念のためマイルズの動向を見守り報告させてはいたものの、直接会う勇気を持てなかった。


 アルテナは怖かった。前回と今回では、二人の立場も地位も出会う経緯も何もかもが違う。報告を聞く限り、マイルズの性格や考え方は前回と変わりないが、自分の性格はだいぶ変わっている。

 前回、娼館でマイルズと出会った際、アルテナは人間不信に陥っており、儚げな美貌も相まって庇護欲を唆る女性だった。今の図太いアルテナとは違いすぎる。

 それにそもそも今のアルテナは十二歳で体つきも少女のそれだ。マイルズは十七歳のアルテナに一目惚れしたと話していた事もあり、今のまま会っても前回のように好意を抱いてもらえるのかという不安があった。


 アルテナは十七歳になるまでマイルズに会うのはやめておこうと心に決めた。好きだと言った所で受け入れてもらえないのは辛すぎる。留学先の学校は十八歳で卒業となるから、それでも充分間に合うはずだ。

 そう思ってアルテナは、学業の傍ら自分磨きに精を出し始めた。全てはマイルズに気に入ってもらうためだ。


 しかしアルテナがどんどん美しくなるにつれて、周囲の男たちが黙っていなかった。十五歳となった頃、同じ学校に通う隣国の王子から公爵家に婚約の打診が来たのだ。

 父とは在学中、自由にさせてもらう約束を交わしている。それを盾に婚約は断ったものの、アルテナはまた前回と同じような事になったらと恐怖に震えた。そして不安を少しでも紛らわせたい一心で、マイルズを一目見ようと寄宿舎を抜け出した。


 マイルズは商家の跡継ぎとして店に立ち、経験を積んでいる。下男として苦渋を舐めた前回と違い、家族に囲まれて健やかに暮らすマイルズは遠目に見ても幸せそうで輝いて見えた。

 そんなマイルズを、アルテナは店のそばにある街路樹の影からひっそりと眺めるだけで終わりにするつもりだった。だが帰ろうとした矢先、数人の男にアルテナは囲まれた。


「お嬢ちゃん、一人かい?」


 下卑た視線で舐めるように全身を見られ、アルテナは嫌悪感でいっぱいになった。とはいえ、少し離れた場所にはアルテナの護衛がいる。男たちが手を出す前に、彼らがアルテナを助けに来るだろう。

 アルテナはそう思っていたのだが。


「ああ、お客様! お待ちしておりました!」


 不意に背後からかけられた声に、アルテナの胸が跳ねる。

 店先で不審な男に絡まれるアルテナに気付いたのだろう。表に出てきたマイルズがアルテナに柔らかな笑みを向け、次いで男たちに冷たい視線を向けた。


「お客様、こちらはお連れ様ですか?」

「いや、俺たちは……ちょっと道を聞こうとしていただけだ」


 少し離れた場所で隠れていたアルテナの護衛たちも姿を現したからか、男たちは言い訳を残して慌ただしく去っていく。

 マイルズはホッとした様子で、苦笑を浮かべた。


「すみません、お嬢さん。突然声をかけまして」


 思いがけない出会いに混乱したアルテナは、懐かしい声に涙を滲ませていた。口を開けば泣き出してしまいそうだったが、大丈夫だと伝えたくてアルテナは小さく頭を振った。

 それを恐怖で震えていると思ったのか、マイルズは心配そうにアルテナを見つめた。


「怖かったでしょう。もしよろしければ少し休んで行かれませんか? お茶をお出ししますので」


 恋焦がれていた男からの誘いだ。アルテナに断るという選択肢はない。アルテナが思わず涙を一筋流して「はい」と微笑むと、マイルズは僅かに目を見開いた後、嬉しそうに笑った。



 ◆



 予定より早くマイルズと出会う事になったが、アルテナはすぐには動かなかった。第一印象は悪くなかったと思うが、油断は禁物だ。少しずつ距離を詰めるべく、アルテナは何かと理由を付けてマイルズの店へ通うようになった。

 マイルズは会う度に優しい笑みで対応してくれるが、それが客だからなのかアルテナだからなのかが分からない。不安は常に付いて回るが着実に日々は過ぎていき、アルテナは十七歳の誕生日を迎えた。


 十七歳となったアルテナの身体は、前回よりずっと美しくなったと自負出来るが、マイルズから向けられる視線はこれまでと全く変わらなかった。前回は一目惚れしたと情熱的に告白を受け、手を取り合って娼館から逃げ出したが、今回は何の予兆も見られない。

 アルテナは現状に焦れたが、自分から告白する勇気もまだ持てない。というのも、アルテナにはもう一つ懸念があったからだ。


 前回、アルテナがマイルズに気持ちを伝えられなかったのは、照れたり恥ずかしがったからだけではない。人買いに攫われた際、喉を潰されて声を出せなくなっていたからだ。

 マイルズに自分の声がどう聞こえるのか不安だったアルテナは、何度も店を訪れているにも関わらず、まだ一度もマイルズと言葉を交わしていない。頬を赤らめたり口元を扇子で隠したりしていたため、マイルズには照れて話せないと思われているだろうが、実際は喋ろうとしても嫌われたらという恐怖で喉が引きつり、声を出せなかったのだ。

 だがもはや、猶予はあと一年しかない。これ以上手をこまねいていては手遅れになると、アルテナは覚悟を決めた。


 その日アルテナは、思いの丈を書き綴った手紙を手に、マイルズの店の裏手に立っていた。話せないのなら、まずは手紙で気持ちを伝えればいいと思い至ったのだ。

 さすがにこの日はいつもと違う動きをするため、護衛も付けていない。日が落ち始め少しずつ薄暗くなっていく路地裏で、アルテナはマイルズを静かに待った。


「……お嬢さん?」


 街灯に火が灯る頃、裏口から出てきたマイルズは驚いた様子でアルテナを見つめた。今さらながら、待ち伏せする女など気持ち悪いと思われたらどうしようと、アルテナは焦る。

 手紙を握りしめたまま視線を彷徨わせたアルテナに、マイルズは少し怒ったように歩み寄った。


「こんな時間にこんな場所で何をしてるんですか。危ないでしょう。護衛の方は?」


 マイルズは自分の外套をアルテナに羽織らせると周囲を見回した。いつもより低い声に、アルテナは怒らせてしまったと肩を落としつつ、緩く頭を振った。


「護衛も付けていないんですか? どうしてこんな……それは?」


 マイルズはアルテナが握っていた手紙に目を落とした。アルテナはハッとして俯き、胸に手紙を抱き込む。マイルズは困ったように小さくため息を漏らすと、軽く屈んでアルテナの顔を覗き込んだ。


「僕に何か仰りたい事があったのでは? それとも、その手紙はうちの父にですか?」


 アルテナは、ブンブンと頭を振った。何か言わなくてはと思うほど呼吸が浅くなり、目に涙が滲んでくる。するとマイルズは何かを堪えるように口を引き結び、ガシガシと頭をかいた。


「このままじゃ、門限も過ぎるでしょう。寄宿舎まで送りますよ」


 そっと背中を押されたアルテナは、このままではいけないと思い、ありったけの勇気を振り絞る。シワシワになってしまった手紙を、マイルズに押し付けるように渡した。


「僕が読んでいいんですか?」


 アルテナは顔を真っ赤にしながら、何度も頷いた。そうしてそのまま背を向けて、寄宿舎へと駆け出そうとした瞬間、マイルズが後ろからアルテナを抱きしめた。


「中身、読まなくても分かりますよ。でも僕は平民です」


 耳元で囁かれた声に、アルテナの鼓動が跳ねる。涙目でそっとマイルズを見上げると、マイルズは苦笑を浮かべていた。


「お嬢さんは分かりやすいですから。僕がどれだけ我慢してたか、知らないでしょう?」


 それではまるで、マイルズも好きだと言ってるようなものではないか。アルテナが呆然としていると、マイルズは前回と同じかそれ以上に熱の籠った眼差しでアルテナの前に跪いた。


「お嬢さん、僕はあなたの名前も知らない。でもあなたが貴族のご令嬢なのは分かります。僕ではあなたの隣に立てない。それでも僕を求めて下さるんですか」


 なんて事だろうと、アルテナは思った。マイルズはアルテナに惹かれなかったわけではなく、身分差に苦しんでいたのだ。今のマイルズは、アルテナの気持ちを聞かなければ動きたくとも動けないのだと、アルテナは気がついた。

 アルテナを見つめるマイルズは、かつてアルテナを愛した時と同じ顔をしている。だからアルテナは勇気を出して、震えながらも口を開いた。


「わたくしはアルテナといいます。あなたが好きです、マイルズ様」

「アルテナ……やっぱり可愛らしい声だった。あなたに会った時から、ちゃんとあなたの声を聞きたいと思っていました。僕もあなたが好きです、アルテナ」


 マイルズは以前、アルテナが涙混じりに漏らしたほんの小さな「はい」という一言ですら聞き逃していなかった。それほどまでにマイルズは、アルテナと出会った瞬間から彼女に釘付けだった。

 アルテナの瞳から喜びの涙が溢れ出す。マイルズはアルテナの涙を指先で拭い、嬉しそうに笑って唇を重ねた。



 ◆



 マイルズと想いを通わせ合ってから、アルテナはそれまでが嘘のようにたくさん喋るようになった。マイルズは、アルテナが喋れなかった頃も喋るようになってからも、どちらも好きだと何度も伝えてきたため、アルテナはマイルズが前回と全く変わってないと実感した。

 幸せいっぱいの毎日だったが、このまま何もしなければ卒業と同時にアルテナは帰国しなければならなくなる。何としてでもマイルズと再び結ばれたいアルテナは、半年ほど経ったある日マイルズと既成事実を作るという強硬手段に出ようとしたが、それはマイルズに止められた。


「アルテナ、僕に考えがあるんだ」


 正しく商人としての経験を積んできた今回のマイルズは、アルテナが思っていた以上に頭の回る男だった。

 マイルズの家はただでさえかなり大きな商家だったが、叔父が捕まってからの数年でその勢いはさらに増している。マイルズ自身、両親から任されている事業も複数あるため、動かせる金も伝手も充分にあった。それを使ってマイルズは、アルテナを手に入れるために公爵家に探りを入れていたのだ。


 マイルズは、アルテナの父である公爵が多額の負債を抱えている事を突き止めていた。だがその負債は短期間で膨大に膨れ上がっており、おかしな点が多すぎる。公爵家に支援の申し出をすると共に、マイルズは不審な点を公爵に伝えた。

 公爵は巧妙に隠されていた金の動きを知って、真実を暴き出した。負債の原因には、驚いた事に前回アルテナを陥れた男爵家が絡んでおり、芋づる式に王太子の不正まで暴かれる事となった。男爵は、多くの低位貴族を騙して金を巻き上げている男だったのだ。

 そんな男爵が公爵家の懐に入り込めたのは、男爵令嬢に惚れ込んだ王太子の手引きがあったからだった。王太子はアルテナに婚約を拒否された事を恨んでおり、男爵と共謀して公爵を陥れようとしていた。


 王太子は廃嫡となり、男爵一家は爵位剥奪の上、辺境の地で労役を課せられる事となった。その一方でアルテナの父は不正を暴いた功績を認められた。そのきっかけを作ったマイルズを公爵は気に入り、アルテナとの結婚を快く認めた。

 こうしてアルテナは、マイルズと正式に婚姻を結ぶ事となった。


 幸せな月日はあっという間に過ぎていく。始まりこそは前回と違う流れになったものの、マイルズとの結婚生活は前回と同じかそれ以上に平和で幸せなものだった。

 多くの子や孫に恵まれたアルテナは六十歳を過ぎたある日、病に倒れた。それは前回と全く同じで、胃に瘤が出来る治療法のない病だ。


 食事を取れなくなり痩せ細っていくアルテナを、マイルズは前回と同じように甲斐甲斐しく世話した。アルテナは、前回のような後悔を抱かないよう、何度も何度もマイルズに想いを告げた。


 そうして迎えた、最期の夜。


「マイルズ、好きよ。愛しているわ」

「アルテナ……僕も好きだ。これからもずっと、君だけを愛してる」


 細々とした声しか出せなかったが、アルテナの言葉はハッキリとマイルズに届いたようだった。マイルズがシワの増えた手で、細くなったアルテナの手を握る。

 涙で歪む視界に愛しい人の顔を焼き付けながら、アルテナが胸に抱く想いは、前回とは違う願い。


『もし次があるのなら、またこの人と巡り会って結ばれたい。そしてまたたくさん好きと言うの。わたくしが願うのは、それだけよ』


 声にならない声で、アルテナはもう一度「大好き」と囁いて瞳を閉じる。愛する人の温もりに包まれて、アルテナの人生は静かに幕を閉じた。


お読みいただき、ありがとうございました。



○2021年4月11日追記○

投稿から二ヶ月が経ちましたが、今も多くの方にお読みいただいてとても嬉しいです。

感謝の気持ちを込めまして、本日より長編版を始めましたので、ご興味ありましたらそちらもどうぞ。

大筋は変わらず、エピソードを大幅に追加していく予定です。


【連載版】死に戻り悪役令嬢は、今度こそ「好き」と言いたい

https://ncode.syosetu.com/n1895gx/

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 平民と貴族とわかっているのに,マイルズが最初から「アルテナ」と呼び捨てにしているのは変かなと。
[良い点] 好きだと伝えられなかった理由と 声をなかなか出さない理由がしっかりしていて 主人公に感情移入することが出来ました 短編としてまとまりが良く、気持ちの良い終わり方でした ぜひ、一冊の本として…
[一言] マイルズとアルテナが何度でも出会えて、 気持ちを通わせ合えますように! 素敵な物語を、ありがとうございました!
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