~第8幕~
丁度正午の時刻になった頃合いだろうか。巨大なる食卓会場に民族衣装を着た人間が集まっていた。テーブルの上には昨晩のディナーに劣らず豪華な御馳走が並んでいる。左端の末端の席に笠松一行が着く。しかしこのランチではその人数がたったの2人となった。
「先生も着られたのですね! 渋い感じで似合っていますね!」
「おお、そうか、君もなかなか色鮮やかで華やかじゃないか!」
「へへっ……ちょっと気に入っていたりして」
「そうか、それは何よりだ」
笠松は周囲を見渡すと小声で話し続けた。
「君も私と同じで気づいていると思うが、ここの連中に抗うととんでもない目に合うようだ。私は部屋でずっとおとなしくしていたから聴こえたが、銃声なんてものがこの遠い耳に入ったぞ。生まれて初めてだ」
「そうですか……銃声だなんて」
「まぁ、もしかしたら地元民が猟に出ていただけかもしれないが……」
「それなら平和的ですね。そう信じましょう」
「おい、そう信じられるものか!? 今ここには私と君しかいないのだぞ!? どこかに連れ去られた伊丹君と野坂君はそのまま。羽田君と長門君だってどこへ行ったのかわからない」
「でも、それでギャーギャー騒ぐような行動こそみっともないでしょ? 先生」
「それもそうだけど……なぁ、君、もしかしてここの館に心を開いてないか?」
「はい?」
「いや、何でもない。他の連中が手をつけているようだし、変な儀式が始まって飯が食えなくなる前に食ってしまおう」
「まぁ、せっかくの御馳走ですしね。いただきます」
笠松と摩耶子は一足早く昼食をとることにした。
ある程度時間が経つと鞠句会長が再び祭壇前に現れた。
「本日は祭典の2日目。このあと大庭園にて、ユバ様のご意向によって田園祭が今年も行われることとなりました!」
大いなる拍手と歓声が沸く。
「好きなだけ好きな植物に食物を獲りたいだけ獲って貰えたらと思います。この冬に芽吹く命に祝杯の意を込めて、乾杯をしましょう! 乾杯!」
乾杯の祝杯が会場中に広がる。妙な出来事はそれ以上起きなかった。
笠松は夕食会までまた部屋で籠るようだ。彼曰く羽田と長門の部屋はロックがかかっており、時間を置いて訪ねても同様の状態であったと。故に部屋には不在だろうと予測された。
しかし摩耶子にとって、その2人はもはやどうでもいい存在に思えてきた。
彼女はそのまま田園祭に参加した。
ここでも鞠句がその祭の説明を行う。雪かきが終わったその会場である土から無限に野菜や花といった植物が生えてくるというのだ。参加をする誰もがそれを獲りたいだけ自由に獲っていいと彼女は話す。
その説明スピーチの中で彼女は彼を発見した。
「拓哉君?」
「摩耶子?」
「拓哉君なのね、どこに行っていたの?」
「さっきまで牢屋の中にいたよ。適当な昼ご飯食べたら『もう、いいよ~』って出して貰えた。それよりさ! 聞いて欲しいことがある!」
「何?」
「伊丹助教授が猟銃で顔面を何発も撃たれて死んでいた! 死体は裏庭にある。ここはとんでもない所だ。すぐにでも逃げなきゃ不味いぞ」
「逃げようとしたからじゃない?」
「え?」
「自業自得でしょ。私は当然だと思うな」
「おい、とんでもないことを言うなよ?」
「それより、貴方さ、私に嘘をついたね」
「嘘?」
「私を捨てて羽田さんに目をつけるつもりだったのでしょう? それとも、もう2人はできちゃったのかしら?」
「何言っている? 俺と彼女は同じ研究のユニットで」
「ユニットなんてものはない。長門さんが教えてくれた。彼女って貴方の元カノなのだって? 彼女と別れる時に私の写メを見せつけていたらしいじゃないの。憎悪たっぷりに話は聞かせて貰ったわ」
「それは彼女の嘘だよ。俺は長門のことなんて何も知らないし、話した事もない。俺に変な言いがかりをつけて俺を陥れようとしているだけさ」
「貴方を陥れる理由は?」
「こっちが聞きたいよ!」
「そう、何にしても私はこの祭りを楽しむ。貴方はせいぜい生き延びる方法でも探したら。笠松教授は部屋に籠っているようよ。貴方もそうしてみたら?」
「馬鹿にしやがって!!」
拓哉は舌打ちをして摩耶子から離れた。そのタイミングで土より次から次へと多彩な花や野菜や果物が湧くようにして生えてきた。
歓声が広がった。摩耶子もその声に応じて興奮した。個人が自由に獲れるとのことだが、あくまで「個人一人が持つ一つの袋につき」というルールに則ってだ。「どれを選べばいいのか悩みものね~」と彼女はすっかりその遊びに興じた。
しかし拓哉はこの光景に怖気を感じた。「気持ち悪いな。こんな所いるべきじゃないっていうのに。あの分からず屋」と言ったところで尿意を感じてしまった。ここから館内のトイレまでだいぶ距離がある。間に合いそうにもない。
そこで彼の鬱憤と嫌悪が重なり、彼はその庭園に向かって立ち小便をする事にした。これには当然、田園祭参加者が激怒した。
拓哉に歩み寄った地元民は方言が著しく何を言っているのか全くわからない。彼はその怒る老婆をからかって、さらに挑発を重ねた。
「何言っているのか全くわかんねぇよ! ババァ! もっとわかるような言葉でちゃんと話しやがれ! ばーか! ばーか!」
その拓哉の背後に鍬を持った老人が近寄った。
そして彼は老人の鍬による攻撃を頭上から受けた――
老人はその手を止める事なく「おどれ!」と罵声を浴びせ続け、拓哉の顔面を見るも無残に破壊し続けた。
しかしその惨劇は庭園の片隅で起きている出来事に過ぎなく、田園祭は何事もなかったように大盛況の渦を起こし、その収穫を皆が喜び分かち合った――
やがて田園祭が終わる。皆が解散しだすと、拓哉の遺体が露わになって衆目を集めた。摩耶子も彼のその末路を見とどけた。
彼女は「可哀想に」と呟きながらも厭らしく笑っていた――