~第7幕~
摩耶子は金尾に連れられるまま、館の最上階あたりと思われる上層の個室へと入った。書斎のようなそこに懐かしい顔が揃ってあった。
「パパ! ママ!」
「ん? 誰です?」
「パパ! 私だよ! 摩耶子! そんな格好になっちゃって! どうしたの?」
「マヤコ? 私に子供なんていないわよ? 人違いじゃないですか?」
「自分の子供を置いてこんな辺鄙な所へ移住する親がいますか? 帰りなさい」
「詳しいことは外で話すわ。来なさい」
摩耶子はそのまま金尾に引っ張られて個室の外へと出された。
「彼らは多大な借金を背負って此処にやってきたの。彼らを誘導したのは私ではないけども。彼らの目的は『自殺』といったところ。それをユバ様の御慈悲にて記憶喪失の人間と化した。彼らが元の人間となって現実に還っても、彼らを待つのは借金苦という名の地獄。ならばせめて命は何かしらの形で残して、娘に自分たちの生存している姿を見せてあげたい。そういうことでしょうね」
「ごめん……金尾さん……ちょっといいかな?」
「何かしら?」
「全然話についていけない。ここは現実でないの? ユバ様って何?」
「私はね、元々裕福な家庭で育った。そして裕福な家庭を築いた。それはとてもすごく幸せなことだったわ。でも満足はしなかった……どこかもっとそれを超越した世界があって、それを体感したかった。そして私はここと巡り会い、悟った」
「ごめん、金尾さん、それは全然私の質問に答えてない。ここは一体何なの!? 磯部君があんな事になって、親が知らない人間になって、私はパニックよ!?」
金尾は摩耶子の頬を強くぶった。
「何をするの!?」
「目を覚ましなさい! 貴女の両親は株取引にハマって借金地獄にハマったの! それが貴女の現実! そして貴女はその現実に目を背けようとしている!!」
今度は摩耶子が金尾の頬をぶった。
「アンタに何がわかるの!?」
「解るわよ……私だって幸せだと思いたかった。だけどどんなに愛されても満足なんてなかったの。私が三十路になる頃には愛し合っていた筈の夫と息子と決別した……」
「………………」
「それでも私は幸せだったって信じたかったの。そしてそれを裏切ってくれない世界を探していた。そしてここと巡り会う。貴女のように。今私が痛いと感じたように、貴女もぶたれた痛みを感じた筈。ここは現実を超越している現実。元のつまらない現実に戻ったって誰も貴女の話は信じない。だったらここを体感するだけ体感して結論を出せばいいと思うの」
「金尾さん、何が言いたいの?」
「貴女を私たちの家族にしたい」
「部屋に帰らせて」
摩耶子は一人足早に彼女の部屋へ向かった。その途中で長門の部屋を訪ねたが、ノックしても反応はなかった。鍵はかかっていたので彼女はいたのだろうが……
部屋に帰ると、この館の人間が来ている民族衣装がベッドに置いてあった。
それを掴んで床へ投げつけようとしたが、出来なかった。
何かこの奇怪な世界に心を開こうとしている自分を感じていた。
このまま大人しく過ごしていれば、無事にここからでられるのか?
抗えば抗うほど、何か嫌な目に合う気がしてきた――
野坂拓哉も牢屋の中に閉じ込められていた。
彼も伊丹のように尿意を感じて、小便をしたいと看守に伝えた。そして看守の見守りがつきながらも、用を足した。そこで逃げようと思った彼だったが、彼は目にした。顔の原形がなくなった伊丹の無惨な姿を。
「さっきの銃声は……」
「おい、坊主、終わったか?」
「あ、はい!」
「どうした? 顔が青ざめているぞ?」
「はは……いや、大丈夫ですよ。はは」
「気をつけろよ? お前も下手したら、ああなるぞ?」
老人の看守は嗤っていた。彼の手にはしっかりと猟銃が握られている――
翌朝、摩耶子の部屋をノックする音が聴こえた。出てみると丸谷の息子がパンを持ってきてくれた。彼は彼女を見るなり驚いた顔をしてみせた。
「おはよう。よく似合っているじゃないか。でもよく着る気になったね」
「郷に入れば郷に従え。そうじゃないですか?」
「偉いね、君は。女王陛下が気に入られることはあるよ」
「女王陛下?」
「知らないの? まあ、ゲストさんだから無理もないか」
「何なのです?」
「この祭典で舞踊を魅せてくれる御方だ。昨晩一緒に歩いているのをみたけど?」
「金尾さんのことですか?」
「そうそう、女王陛下と我々は呼んでいるよ。ユバ様と最も近い存在が彼女だ」
「そうなのですね……てっきりあの会長のことかと」
「会長も偉い存在だけどね。でも僕達はみんなが家族だ。その意味では上も下もないよ。今日から昼も大庭で催しモノが行われる。君も楽しむといい」
「ありがとうございます……」
「ねぇ」
「はい」
「昨晩寝られた?」
摩耶子はそっと微笑みながらも首を横に振った――