~第4幕~
車は雪道をゆく――
運転手は丸谷だと名乗った。どうやら初老の丸谷の息子らしい。彼が一言だけ挨拶して車は静かになった。長門も摩耶子も窓から流れる雪景色をただ眺める。でも彼女はずっと黙っていられなかった。
「ねぇ」
長門は無反応だ。手に顎を乗せて無表情のまま。
「ねぇってば! 話したいことがあるのでしょ!」
ちょっと怒ってみせる。するとさすがに彼女は振り向いた。
「ここで話したら、運転手さんも聴いちゃうでしょ? 秘密にした方がイイことなのだし。2人きりになった時に話しましょう?」
「秘密にした方がイイこと……」
車は雪道をゆく。やがて目的地に辿りついた。
「ここからはだいぶ歩かないといけない。はぐれたら遭難してしまうから、皆はこのロープを持ってくれ」
そう言って長いロープを渡された。どうやら険しい山道を進むようだ。
それは想像以上に長くしんどい道のりだった。途中で雪が降りしきる事もあり、真っ白な光景の中で羽田の「嫌だ! 寒くて死んじゃいそう!」というキンキン声が耳に痛く響く。その彼女を拓哉が慰めているのだから、余計に胸が痛んでくる。
歩くこと1時間以上は経った。やがて大きな和風の建造物を目にした。
「すごい……何だ……コレは……」
「巨大な旅館です。これがその?」
「はい、鞠句館でございますよ!」
とても巨大な建物が見えた。雪に覆われたそれはまるで雪国の高級ホテルと言っていいほど美しく光明に照らされていた。
「ようこそ! 鞠句館へ!」
摩耶子と長門を除いては全員が目を輝かせて館を見ていた。
中に入ると豪華な装飾に彩られたエントランスホールが彼らを迎える。
しかし目につくのはそれが全てじゃない。
「あの……この皆様の格好は? アイヌの? 皆凄くバカ騒ぎしていますが?」
「ええ、我が地域にも深く根付く伝統が例外なくありまして、それを数日間体感して頂く。これが鞠句会の創業理念でございます。あとは皆で呑んでは騒ぐと!」
「凄いな、ランタンは全て炎? 電気を使っている様子がまったくみえないぞ? 全て原始的にやられているのですか?」
「それは……ちょっと説明しにくいのですが、電気を使っているワケではありません。この地ならではのエネルギーを使って、この館を稼働させております」
「その話は後ほど私が詳しくしましょう」
「金尾さん」
そして各々の部屋の紹介が為される。拓哉から「後で話があるのだけどさ」と言われた摩耶子だが「今は話したくない。どっかいってよ」と彼をあしらった。彼は「そう、じゃあ話せる気分になったら話そう」と言い、颯爽と去っていった。
摩耶子はベッドに飛び込み、そのまま「バカ! クソ! くたばれ!」と泣きながら枕を何度も叩いた。するとドアをノックする音が聴こえた。
「誰?」
「私よ」
「長門さん?」
部屋に入ってきたのは長門だった。「ここなら話せるわね?」とベッドに座り、摩耶子にも座すよう指図した。
「私ね、実は野坂君の元カノなの」
「えっ!?」
「知らなかったのね? 彼って結構なたらしなのよ。あの爽やかで真面目そうな雰囲気に騙される女子は多いけど、半年以上続いた試しがない。貴女達って付き合ってどれくらい経ったの?」
「半年ぐらいかな」
「ああ~じゃあそろそろくるわ。『別れよ』っていう台詞が。それで傷つく貴女を見て彼は楽しむ。もう新しい女に手もだしている筈よ?」
「何なのそれ……でもそんなのたまたま貴女がそういう目にあっただけじゃ?」
「じゃあ、何で飛行機では一緒に会話してなかったの?」
「え?」
「車は同じ車にも乗らなかったじゃない?」
「それは彼女と彼が同じ研究ユニットって」
「研究ユニットって何よ? そんなものハナから存在しないわよ?」
「それでも笠松先生が……」
「それは彼が勝手に彼女へ近づく為にやった事。勝手にできた名目よ。私も磯部君もそんなもの知りもしないわ」
「嫌味を言うのね……」
「だって私が彼と別れた時に貴女と彼がいちゃつく写真を何度も何度も見せつけられたもの。どうしても彼を諦められない私を嘲笑うかのように」
「そうだったの……でも、貴女がそこまで私に本当のことを話すのは何故よ? 貴女の話すことが本当なら私が憎い筈でしょう!?」
「貴女が此処に来た理由に興味があるから」
「え?」
「野坂なんてどうでもいいの。貴女の話が本当ならば、貴女のご両親は生きても死んでもここにいる筈。ねぇ? 貴女は何も思わないの?」
「何を?」
「ここは何かがおかしいって。説明聞いたでしょ? あんな変な民族衣装を着てみたいと思う? 皆がそれを着て楽器を鳴らしたり、踊ったり、騒いでいたりもしてさ。それが全て私たちを歓迎する為の演出に見えた?」
「それがここの伝統なのかと……」
「洗脳よ」
「へっ?」
「野坂がやっていることと同じ。私はあんな奴らと一緒にされたくなんかないわ。絶対に死んでも着たりなんかしない。そしてここの謎を突きとめてやる。先生のゼミ生として全うに学業に励むわ。貴女もご両親の話が嘘じゃないなら、そこを本気になりなさい。じゃ、私は私で動くから」
「えっ、ちょっ……」
長門は喋るだけ喋って出ていった。確かに野坂拓哉と一緒に居ることが目的の旅行ではない。摩耶子は冷静に自分を見つめ直した。そして改めて心に定める。両親が行方不明になった真相を確かめようと――
笠松と伊丹は全体が黄金色に装飾された応接間で金尾と会話を交わした。
「ユバ様の力?」
「はい、この期間この地は電気も何もなくたって、それ以上に華やかな暮らしができるのです。何かのエネルギーだとは思うのですが、館の運営に携わっている者も、この祭にここ数年客観的な目で見続けた私ですらも説明がつきません」
「いや、しかしいくら何でも非科学的過ぎだよ」
「じゃあ、携帯電話を取り出してみてください」
「え?」
笠松も伊丹もスマホが完全に故障して、使えなくなっているのを目の当たりにした。彼らは言葉を失った――
「この3日間のことを誰に話すのも自由です。私は敢えてしませんでしたけどね。誰も信じてなんかくれないからね。ただ、彼らは私たちを歓迎しているのです。変に彼らを怒らせなければ大丈夫。理屈抜きで楽しみましょう?」
金尾はぐっと笠松に顔を寄せた。
「ね? そうでしょ? 笠松先生?」
笠松は怖気づいて後ずさりした。伊丹はこの女が只者でないことを悟って睨みつけたが、彼女は微笑んで返した。
「じゃあ、私、着替えてきますので。先生もご試着を。楽しいですよ?」
笠松は冷や汗を垂らした。この部屋は暖房が効きすぎて嫌に熱い――