~第3幕~
その日がやってきた。飛行機で千歳空港へと向い、そこからは足寄町地元民のドライバーが車で送迎してくれるとのことだ。
空港には笠松ゼミ関連の面々が揃う。男女8人が挨拶を交わした。
最初に足寄町振興課で働いている金尾という女性が自己紹介をしてきた。田舎町の振興課で働く人がそんなに華やかな格好をするのか? というぐらい派手な着飾りが印象に残る。しかし言葉の丁寧さはさすが地域の公務にあたる職員だと言ったところか。
続いて笠松教授と伊丹助教授が挨拶。笠松は壮年だが、どこか若々しい雰囲気を放っている。伊丹は眼鏡越しにその眼光が光るほど堅物な感じが挨拶から既に滲み出ていた。
それからこの度のキッカケを作った磯部大志が一言挨拶。その素朴な外見から見てのとおり、とても大人しい人物のようにみえた。正直言うと声が小さくて、耳を澄まさないと話し声が聞こえないのではなかとすら思える。
続いて長門美千瑠という女子が挨拶をする。彼女も大人しい雰囲気を持つが、磯部よりはまだ普通に会話が出来そうだ。
長門の後は羽田智子という女子が間を待たず挨拶。明るい茶髪でストレートの彼女は金尾以上に目立つファッションをしていた。この寒い時期だというのに、露出するところを露出させている。摩耶子にとってとても苦手なタイプと言える。できれば関わりたくないとすら思えた。
そして拓哉が摩耶子の紹介をしつつ、挨拶。しかしその中で彼女がこの旅行に参加した本当の背景を話してなかったので彼女は付け足した。
「野坂君より紹介を受けました高橋です。えっと、この旅行に参加したのは野坂君と一緒に居たいからではなく、私の両親が『針九里村に行く』とメモを残し、そのまま行方不明になったからです。これは嘘ではありません。筆跡鑑定で私の母が書き残した事実も判っています。どうか、宜しくお願いします」
変に疑われても仕方ないのは重々承知だ。そのうえで彼女は深く頭を下げた。幸い笠松が「気にしてなくていいよ」と言ってくれたが、伊丹や長門あたりから妙に鋭く冷たい視線があったのは確かなようだ。
そして飛行機に乗る。摩耶子は拓哉の隣の席に座れたが、彼は昨晩一睡もできなかったようで「寝さしてくれる?」と頼んできた。もともと騒ぐつもりなんてなかったが……何かこの時から妙な予感が働き始めていた。
飛行機から空港へ降りる。そこで目にしたのは雪が降り積もった雪国だった。かの有名な小説のフレーズが摩耶子の脳裏を霞める。
空港では初老の男と眼鏡の青年、スキンヘッドの中年男性、この3人が笠松ゼミ一行を待っていた。金尾は初老の男性とハグを交わす。まるで外国人の挨拶のようだが、この地域ではこれが自然なのか? 笠松もこれに応じていた。
「どうも! 初めまして! 鞠句会役員の丸谷と申します! 鞠句会にご参加を頂けるとのこと、大歓迎を致します。3日間の短期間になりますが、どうぞこの期間限定の空間をお楽しみください! 我々はホストです! 何か申し出あれば、何なりと申し上げください!」
「はっはっは! 面白い! 積もる話はその会場に行って伺いましょうか」
笠松は手厚い歓迎を受けて上機嫌のようだ。すぐに乗車してく振り分けが笠松よりあった。
笠松、伊丹、磯部、金尾の4人が丸谷の運転する車に。拓哉、羽田は1台の軽自動車に。それとは別に摩耶子は長門と共に拓哉とは別の軽自動車に乗ることとなった。
「え、私、野坂君とは一緒じゃないのですか?」
「野坂君と羽田君は研究ユニットを組んでいてね、その打ち合わせも兼ねてこういう事にしているのだよ。でも、ホテルじゃ隣の部屋にしているから安心してよ。それと、野坂君からそういう話は聞いてないの?」
「聞いていません!」
摩耶子は大声で返事を言い放つと、後ろからやれやれと言った顔をして伊丹が近寄ってきた。そして溜息を分かりやすくついてみせた。
「デートが目的でないのだろ? 君のご両親が残した遺書の真相を確かめたくて、ここに来たのだろ? 野坂のことでウジウジするようなら、それは最初から嘘でただ恋に焦がれて此処に来た詰まらない女の子だね。君は」
「嘘じゃない! 遺書でもない!」
「伊丹! それは言い過ぎだぞ!」
ふと拓哉の方を見ると、そこには笑顔を振りまいて羽田と語り合い、乗車する彼の姿があった。さらに憤りが増した摩耶子の肩を誰かが掴んだ。長門だ。
「後で話したいことがあるの。いい?」
摩耶子にはもう嫌な予感しかしなかった――