~第2幕~
笠松ゼミが北海道へ遠征する前日、針九里村の発端だと磯部からみられている村の地域振興課を担当する女性と笠松と助教授の伊丹が面会した。意外に彼女は若かった。栗色のショートヘアにお洒落な着こなしは北海道の奥地に拠点を構えている人間にみえなかった。東京に来るという事ではりきっているのだろうか? それならば分からなくもないが……。
「はるばる北海道からお越し頂いて、ありがとうございます。お疲れ様でした。私が笠松と言います。そしてこちらが」
「伊丹と申します。笠松先生とともに研究活動に取り組んでいます」
「初めまして。金尾と申します。このたびは私たち足寄にご興味を頂いたとの事、誠に光栄に思っております」
「いやいや! 我がゼミ生に足寄町出身のコがいましてね、それが縁というか、なんと言いますか。磯部大志というのですけど、ご存知ですか?」
「さぁ……私もここ最近になって担当したものですから。それと足寄は確かに町としては小規模かもしれませんが、人口はそれでも今なお6千人はいますし」
「ええ、存じ上げております」
「それで金尾さん、金尾さんは『針九里村』の話をご存知ですか?」
「ハリクリ村?」
「ええ、最近インターネットでこれが話題になっておりましてね、何とも奇妙な都市伝説として巷で話題となっております。なぁ、伊丹君」
「はい、こないだはテレビでちょっとですが、取り上げられてもいました。その地域が北海道のどこを指すのか全く不明でしたが、我々の調査で足寄町近辺だということが判明しまして」
「へぇ」
彼女は少し微笑むとコーヒーを口にした。
「何でも先ほど紹介した磯部君が足寄町の一部で不可思議な集会があったとか。それと我がゼミ生の恋人が両親を行方不明にしまして、その両親が残したメモに『針九里村へいく』残されていたという事もあり。我々は関心を抱いていまして」
「足寄町ではお祭りがあるのですか?」
「はい、地域での収穫祭などは全国であるように、私たちも例外ではありません」
「そこに何か宗教的な特色があるとか」
彼女はコーヒーを再び口にした。今度は苦笑いをして首を傾げている。
「6000人が住む町です。その個人個人がどのような宗教を信仰しているのか、それはその個人の自由ではないですか? たしかに高齢者の方々が多い地域です。それ相応の風習が私達にはあります。それは都心のあなた方から見れば不思議なものかもしれない。私はそれこそ足寄出身ではないですが、私から見て異質だと受けとめるような文化はそこにないですよ。ただ……」
「ただ?」
「町の人全てではないですが、観光客も交えた交流会のようなものを開催はしています。300人規模で街外れの場所で集まって大騒ぎするものです。だけど、これは足寄町公式でやっているものではありません。一個人がやっているモノと聞いています」
「この寒くて籠りたい時期に300人もの集会ですか?」
「大きな家がありまして、そこに3日間寝泊まりして遊んで過ごすという個人によるお祭りです。しかも参加者はその親族や身内がほとんどと伺っています……」
「ちょっと伺っていいですか?」
「はい?」
「金尾さんはその交流会に携わっているのですか?」
「はい、地域振興課の主担当ですし、ご挨拶させて貰ってはいます」
「我々はそこに参加してもいいのですか?」
彼女は目を閉じて何か考えていたようだったが、それは一瞬だけだった。目を開けると自然と満面の笑みを浮かべた。
「ええ! いいと思いますよ! 普段は何もない地域ですから、そういう機会を通じて思い出を残されるならば、きっと有意義な機会になるかと。ただ……」
「ただ?」
「お金はいりますよ? 参加費はそれなりに」
一瞬時が止まったが、笠松は「はっはっは! 大丈夫です! それぐらい我々の許容範囲! 都市伝説が嘘ならば本望! それで楽しめるならより本望だ!」と笑ってみせた。
ずっと堅い表情をみせていた伊丹もいつしか表情を和らげていた――
摩耶子はずっとパソコンを開いて足寄町の事を調べていた。アルバイトの合間ですらもスマホを使って調べ続けた。彼女の旅行費は彼女個人で持たないといけないらしい。そのせいもあって、彼女は連日飲み屋での仕事に明け暮れた。また肝心の拓哉とも連絡が余りとれずに過ごしていた。
バイトから我が家に戻ると、決まって眠気が彼女を襲う。それでも足寄町の事、針九里村という実態不明の村のことが気になってパソコンに釘付けとなった――