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第一章 その6 謎の潜入者

 給仕係に扮してパーティーの会場の潜入していたジェンは、適当に捕まえた参加者を一人ずつキメラマイマイの元へと投げつけていた。


 キメラマイマイは次々と落ちてくる丸々と肥え太った餌を喜んで捕らえては食らいついていく。


 同じ舞台上にいる食いでのなさそうな子供たちは全く無視しており、そのおかげで彼らは舞台の隅の方で固まったまま全員が無事であった。


 ジェンもキメラマイマイの食事が終わりそうになると新しく参加者を投げ入れる事を続けている。下手にタイミングを間違えると、参加者が子供を盾にする可能性がある為だ。


 もちろん参加者も黙ってはおらずパーティー会場から逃げ出そうとしたり、無謀にもジェンに立ち向かおうとする者もいた。


 しかし部屋から逃げ出すための唯一の扉は固く閉ざされていて何故か開かず、ジェンに立ち向かった参加者は返り討ちにあいキメラマイマイの餌となっていく。


 必然この場に残るのは自らの保身に長けている、性根の腐った人間たちだけになる。そうなると始まるのは噓くさい笑みからの買収行為と権力をちらつかせた脅しや懐柔だ。


「おいっ! そこの給仕! 早くアイツを何とかせんか! アイツをどうにかしたら金を払うぞ! 百万、いや二百万ルーンだ!」

「まあまあそこの君ぃ、とにかく落ち着き給えよ。あれだろ? 我らと対立する誰かに雇われたのだろう? いくらかね? 二倍、いや三倍払おう」

「わ、儂だけは助けろ、そしたらお前を地上人の上級へと取り立ててやる。そしたら君も一気に金持ちになれるぞ? な? な? な?」

「警備は、警備の奴らは何をしてるんだ! 早くコイツを殺しに来い! コイツを殺したら金ならいくらでも払うぞ!」


 仮面で隠したジェンの顔は怒りを通り越して呆れ顔になっていた。


 人が無慈悲に生きながら食われる場面を安全な場所から眺めていた連中が、いざ自分が同じ立場になりそうになった途端この有様だ。復讐代行という仕事をしてきて、これまでにも散々見てきた奴らと何ら変わりがない。


 そんな事を考えていると……


「オォ、オォ、オォォ、オォォォー」


 キメラマイマイが雄叫びを上げた。ジェンは新たに煩く喚くだけの禿頭のデブ親父を捕まえると舞台へと投げ入れる。


 するとキメラマイマイは蟹の鋏を使い餌を空中でキャッチするとデブ親父をそのまま口へと運んでいった。


 どれだけ腹を空かせていたのか、もうすでにこの場にいた半数がキメラマイマイの餌食となっている。


 そうしてジェンが舞台の様子を確認していた時だった。


 一瞬の隙を突き、何者かが懐へと潜り込んできたのだ。


「なっ!」

「油断しましたね?」


 それは給仕係の一人だった。こちらが常に警戒していた時は全く動きを見せず、ひたすらチャンスを窺っていたらしい。


 明らかに訓練された動きで、攻撃を仕掛けてくる。だがジェンも簡単にやられる様な腕前ではない。崩しかけたバランスを取り戻しながら反撃を試みた。


 それが敵の狙いだと、気が付かずに。


「それを待っていました」


 ジェンの攻撃が捌かれ、さらにカウンターパンチが飛んでくる。


 それに反応したジェンはその攻撃を避けようと強引に背後に跳んだ……のだが、自身の周囲の空気が動き、何故か想像よりも跳びすぎてしまったのである。


 その結果、ジェンは足元に着地する床がない事に気が付く。


「なにっ!?」

「……を…………でいただきたい」


 給仕係が何事かを呟いたのが聞こえ、同時にジェンはそのままキメラマイマイのいる残酷なショーの舞台へと落下していったのである。


◇◇◇


 一方、屋敷突入前にジェンと共に行動していたアオイはというと、部屋の外で待機中だった。


 すでに警備の担当者たちはアオイ一人で制圧済み。


 元々、自分たちが狙われるなどとは露程にも思っていない平和ボケした連中のパーティーだ。普段の警備より二倍ほど多い程度の人数ではジェンと互角に戦える実力を持つアオイの相手にもならない。


 それでも主導権を持っていた筈のアオイがパーティー会場に潜入せずにジェンが代わりに現れたのには理由があった。


 屋敷に潜入して給仕係の一人を捕まえた迄は良かったが、奪った服は男性用でサイズもアオイには合わなかったのだ。


 男尊女卑の酷いこのパーティーでは元々参加者に女性や女性の給仕がいないという情報は持っていた。


 だが最初から指示を受けていた作戦ではパーティー会場に乱入するなどという事にはなっておらず、そんな事は気にもしていなかったのである。


 結局、二人の勝手な判断による急な作戦変更により、女性らしい体型のアオイが男性の服を着ても正体が丸わかりになってしまうという事で役割を変更したのだ。


 そういった諸々の事情を忘れて散々格好つけておいて、いざ突入したら自分が後詰めという……アオイは思わず羞恥で床に穴でも掘って顔を埋めたくなってしまう。


 まあそれでも子供を救う為の時間的猶予もない中ではジェンが突入するのがベストなのは間違いない。きっちりと仕事をしてきたら、まあ一緒に食事に行ってあげて、ちょっとくらい奢ってあげるのも良いかな。


 などとアオイが頬を赤くしながら考えていると塞いでいた扉が破壊された。


 大広間の出入り口がここにしかないのは調査済みである。依頼が終了して、中から合図があれば扉を開いてジェンと脱出する算段だったのだ。


「ふむ、当然まだ仲間がいますか」


 扉を完全に閉め切っていた所為かパーティー会場から強めの風が吹き、アオイの身体を通り過ぎていく。同時に中から仮面をつけた給仕係の服を着た人物が廊下へと姿を現した。


「お前は誰だ?」


 アオイが室内から現れた謎の人物に問いかけると向こうは余裕を崩さずに答えた。


「アナタと同業ですよ」


 抑揚のない声を発し、謎の人物は手に持っていた物をアオイに見せつける。


 それは間違いなくパーティーの主催者、つまりジェン達のターゲットの首だった。どうやら目の前の謎の人物の狙いはこちらと同じだったらしい。


「そうか……。もちろん苦しめてから殺したんだろうな?」

「いいえ? 苦しませずに一撃で。それがモットーなので」

「そうか……ならばその首をここに置いていけ。こちらの依頼者はそいつを苦しめてから殺してくれって頼まれてるんでな」

「随分と惨い事を頼む依頼者ですねえ」

「お前には関係ない」

「確かに。でもこれを持って帰らないとこちらも報酬が貰えないんですよ」

「見たところ腕が良さそうだし、食いっぱぐれる事もないだろ? 今回はタダ働きでも良いんじゃないか?」


 アオイの周囲に冷気が漂い始めた。


 大広間の扉が開かなかった理由はアオイの能力により凍り付いていたからだった。

 彼女は〈氷結〉の能力を持っているのである。


「やれやれ、貴女も混血ですか。全く……中の彼もそうでしたが、本当に困り者ですねえ」


 暗殺者は手に持っていた首を背後へと放り投げると、袖口から短剣を取り出した。どうやらアオイが一筋縄ではいかぬ相手だと判断したようだ。


「その中にいた男はどうした?」

「さあ? 運が良ければまだ生きてるでしょうが、果たしてあの魔獣相手にどれ程もつか」

「そうか、アイツもターゲットと交戦中か」

「……何ですって? ターゲット?」

「ああそうだ。こっちのターゲットはこのパーティーの主催者と依頼者の子供を殺した魔獣。そいつらを殺して復讐する事が目的なのさ」

「ハハッ、バカげてる。何を世迷言を」

「誰に笑われようがやり遂げる。それが復讐屋なんだよ」


 完全にアオイのスイッチが切り替わる。そしてそれは目の前の暗殺者も同じ。


 お互いの仕事の完遂をかけた戦いが始まろうとしていた。


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