第一章 その5 悪趣味な宴と復讐の開始
ジャンプして中空を舞っていたジェンが、音もなく着地する。
それを確認すると下で待っていたアオイが話しかけてきた。
「ジェン、どうだった? 情報通り?」
「ああ」
「どうかしたの? 顔色悪いけど急に高所恐怖症にでもなった?」
「いや、なんでもない」
顔を伏せがちに答えたジェンはアオイに胸ぐらを掴まれる。
「なんでもない事ないでしょ? ちゃんと話をして。それで仕事ミスったらどうなると思ってんの?」
「でもこれは仕事に関係な――」
「それを判断するのは私よ。今回のアンタは私の補佐なんだから、キッチリと仕事して! ご飯奢らないわよ?」
真剣な表情で問いかけるアオイにジェンは自分の見た情報を伝えた。
「情報通り馬車に乗ってたのは子供だ。数は七人でその中に知っている子がいた」
「何それ? ひょっとして、アンタが助けたっていう子?」
「ああ」
なるべく感情を押し殺しながらジェンは頷いた。
すると突然アオイがとんでもない事を言い始めたのである。
「わかったわ。じゃあこれから仕事に取り掛かりましょうか」
「えっ? 予定じゃあ、仕事はパーティーが終わってからだろ?」
「それでアンタ納得できるの?」
「いやそれは……」
「私は元々この作戦に納得なんてしてないの。それにターゲット以外を殺してはいけない、だなんて言われてないわ。依頼者の復讐心が満たされればそれで良いのよ」
「本当にそれで良いのかアオイ?」
「正直、情報通りなら、ここの胸糞の悪いパーティーに参加してるだけで同罪だってのよ。腐った地上人なんざ皆殺しにしてやるわ。だからしっかり補佐しなさい」
「わかった」
本当ならば、仲間のこんな暴走は止めなくてはいけないのだが、それはジェンにとっては非常に難しかった。
何故なら自分も彼女と同じ気持ちなのだ。これからあの建物内で行なわれるであろう悪趣味で馬鹿げた催しなど、今すぐにでも乗り込んでいってぶっ潰してやりたいと思っているのだから。
「それじゃあ乗り込むわよ。後ろは任せるからね」
「了解」
ジェンとアオイは外套の中から仮面を取り出すと装着する。
お互い顔を見合わせると頷きあって、二人は動き始めたのであった。
◇◇◇
復讐のターゲットの屋敷内には一際大きな部屋がある。
その部屋に集まったパーティーの参加客はお互い顔を隠した状態で様々な料理やお酒を口にしながら歓談を楽しんでいた。参加客は皆がそれぞれ、これから始まる催しを今か今かと待ち望んでいるのだ。
やがて室内に高らかに複数の楽器を使った演奏の音が鳴り響き始め、続けて大きな拡声器を持った道化師が現れた。
道化師は参加客に対して大仰な動作で動いたかと思うと続けて周囲に対して呼びかけ始めた。
『さーて、ご来場の皆様! 大変お待たせいたしました。ようやく今宵の生贄が到着いたしました! まもなくショーの始まりでございます!』
道化師はそう告げると、おどけながら派手な動きで部屋の真ん中へと人々の視線を誘導した。
部屋の真ん中には直径十五メートル程の大きな円形の穴があり、その下凡そ七メートル程下がった場所がこれから始まるショーの舞台だ。屋敷の構造上、地下に当たるその舞台には先ほど連れてこられた七人の子供たちが集められていた。
会場内にいた面々が穴の近くへゾロゾロと集まってくる。これからこの舞台上で起こるショーを見物するのが楽しみでパーティーに参加している面々が口々に喋り始めた。
「今回はどれくらい生き残ると思うかね?」
「確か前回は一匹だったかな」
「そうそう、手足がなくなってもしぶとく生きておったわ」
「あの生き残りはどうしたんだ?」
「確か買い取った人がいたな」
「ああ、それならそういうのが専門のショーの舞台に上げられて見世物にされて、生きたままバラされたとか」
「ほほう。それは少し見てみたかったですなぁ」
「その時の記録が高値で出回っているらしいですぞ」
「ほほう。一度取り寄せてみますかなぁ」
「地下人のガキ共が何匹死のうと全く心が痛みませんからねぇ」
「はっはー。今回も生死予想を当てさせてもらいますぞ。生き残るのはまたまた一匹と見ました」
「相変わらずの勝負師ですなあ。私は無難に全滅です」
「その場合は誰が最後まで生き残っていたかが決め手でしたかな?」
「そうですその通り。因みに生き残る人数と番号を当てればほぼ一人勝ちですが誰かいませんか?」
「そこまではさすがに難しいでしょう」
パーティーの参加者が持っていた用紙に何かを書き込み、周囲の人々と同じ様に仮面をつけている給仕係の人間たちに次々と渡していく。これから始まるというショーの結果を予想し、それを賭けの対象にしているのである。
舞台の真ん中で身を寄せ合って集まる子供たちを見ながら、参加者の愉悦の感情は高ぶっていく。
そうこうしているうちに全員の賭けが完了したらしく、その合図を受けて道化師が再び大声を上げる。
『さあーそれではショーの開始です! 今回も腹を空かせておりますよー。さあさあ果たして生き残れるゴミは存在するのか? 今回のショーの主役の魔獣、キメラマイマイ入場ッ!』
道化師の号令と共に部隊の一角、閉じられていた檻の扉が開かれた。参加者の視線が織の方へと集中するとその中から、キメラマイマイと呼ばれた魔獣が姿を現したのである。
ゆらゆらと蠢きながら体長が三メートル程もあるカタツムリが少しずつ前進する。
檻の中から出てきた魔獣はゆっくりと獲物を値踏みする様に、伸び縮みするグロテスクな瞳を動かしている。
当然普通のカタツムリではない。
キメラマイマイと呼ばれるこの種類の魔獣は食べた生き物の能力を取り込み身体が変化する最悪の生物なのだ。
基本雑食であり、何でも食べる。そして食した生物の全ての能力を取り込んだ所為で、今このカタツムリには本来の姿など残っていなかった。
その姿は見るのもおぞましい完全なる異形の魔獣へとなってしまっていたのだ。
現在のキメラマイマイの外見はライオンと山羊の頭が頭部付近に生えており、蟹の鋏が左右から一本ずつ殻の隙間から伸びている。さらに人でいう首筋周辺からはイソギンチャクの持つような触手が生えており、そのうちの何本かは毒蛇なのだ。
何よりも最もグロテスクなのがカタツムリの背負う殻の部分である。
恐らくこれまでに犠牲になったであろう様々な人々の顔が、デスマスクとなって渦巻いた殻に浮かび上がっているのだから悍ましい。
そしてその殻の顔からは……いや正確には苦痛に満ちた表情をしたデスマスクの歪んだ口からは怨嗟の声とも取れる様な不気味な音が漏れ出ているのである。
「オ、オ、オ、オォ、オォォ、オォォォー」
まるで雄叫びを上げたかの様な音をキメラマイマイが鳴らす。
その様子を上から見ていた道化師が大仰に会場内に大音量で実況した。
『さあ現れたぞぉー、キメラマイマイッ! まず最初に犠牲になるのはいったいどのゴミなんだぁーっ!?』
「お前だよ」
身を乗り出しながらこれから舞台上で起こるであろう惨劇を実況をしようとしていた道化師がすぐ傍にいた給仕係に思いきり蹴り落とされた。
『――へえっ!?』
あまりにも突然の出来事に、道化師は派手な化粧のその下の顔は目を見開いたままだった。
しかし自分の状況に気が付いたのだろう、すぐに悲鳴を上げながら魔獣の待つ舞台へと落ちていったのである。
「うぎゃああああっ」
喧しい叫び声を上げながら落下した道化師はキメラマイマイの身体にぶつかるとそのまま魔獣の眼前へと着地して地面に倒れ込んだ。どうやら直下にいた魔獣に激突したおかげで道化師は何とか生命は無事だったらしい。
「い、いてぇ、うああ、いてえよぉ! ちくしょうっ、だ、誰がこんなふざけた真似を……」
文句を言いながら道化師は、この舞台へと突き落とした犯人を捜そうとして、さっきまで自分がいた場所を見ようと上を向く。何とか命が無事だったとはいえ多少の怪我はあったらしく、その動きはとても遅い。
道化師がゆっくりと顔を上の方に動かしている途中だった。彼はそこで無機質に自分を見るキメラマイマイと目が合ってしまったのである。
「ヒィッ――」
あまりの恐怖に道化師が上げようとした悲鳴を飲み込んだ……
完全にキメラマイマイは完全に道化師を獲物として認識している様子だった。
刹那、カタツムリが放ったとは思えぬ程の恐ろしい速度でイソギンチャクの触手が数本動き一斉に道化師へと絡みついたのだ。
あっという間に全身を縛り上げられて動きを封じられた道化師はゆっくりと身体を持ち上げられた。
「や、やめろ! い、いやだ、やめてくれぇーっ!!」
道化師は泣き叫びながら懇願するが、魔獣に人間の言葉を聞き届ける様な慈悲や知性などある訳もない。
結局、道化師は餌としてキメラマイマイに生きたまま食われるだけであった。
◇◇◇
「こんなもん見て何が楽しいんだお前ら?」
仮面で顔を隠していても怒りの感情を隠すことはせず、給仕係に扮していたジェンはその場にいる全員を睨みつけたのだった。