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第二章 その20 非情な答え

 スミカが目を覚ますと、身体が動かなくなっていた。


「…………うっ……こ、これは?」


 荒縄で縛り上げられ、吊るされていたのである。


「ふむ、目を覚ましたか」


 スミカのすぐ傍らには彼女を打倒した禿頭で無表情の男、ケングーが座っていた。

 それ以外の人物は二人の男がスミカの方を見ているが、他の連中は別の事をしている。


 スミカが激高し、ここに突入する原因となった男女二人への暴行は未だ続いていたのだ。

 あの二人は誰なのかどういう状況でここにいて、あんな目に合っているかは知らない。

 しかし、だからといって抵抗もできない相手を一方的に嬲る行為を見過ごせる訳もない。


「止めさせろ!」

「ふむ……断る。敗北した者が、勝者に命令するな」


 スミカの言葉に、ケングーが辛辣な言葉で返した。

 例えどんな形であろうと彼女は敗北し、こうして捕らえられたのだから彼からすれば当然の反応である。


「あの人たちが何をしたというんだ?」

「ふむ、知りたいか?」

「あそこまでの暴行を受ける理由があるとでもいうのか?」

「……ふむ……まあ、いいか。勿体つける話でもないしな。奴らはな、地下人の親子だ」

「それで?」

「それだけだが? 私は別にそうでもないが、門下生どもはせっかく覚えた技を使いたいのだよ。地下人の奴らなぞ試し斬りの道具みたいなモノだからな」


 地下人だから虐げているのだと、さも当然のようにケングーは答えた。


「ふざけるな! そんなもの答えになるかっ!」


 ケングーの答えがスミカの怒りに油を注ぐのは明らかだった。


 だが肝心のケングーは彼女に全く興味がないのか、一瞥もくれずに投げかけられる言葉を無視し続けている。


「なるんだよ。奴らもお前も弱いからこうなったのだ。しっかりと見ておけ、アレはこの後のお前の姿だ」

「……クッ! 畜生共めッ! お前らは人じゃない!」

「勘違いするな。私は人だ。人じゃないのはあいつら地下人。そして敗北し全てを失ったお前だ」

「うわあぁぁーっ!」


 縛り上げられ吊るされている状態の中、スミカは必死に暴れる。

 しかし、その程度で何ができるわけもなく、彼女は只々、喚き続けることしかできなかった。


「やかましい女っすね。ケングーさん、コイツちょっと黙らせるのに一発、犯っちまいましょうよ?」


 ケングーの傍に立っていた男のうちの一人が口を開いた。


「ふむ……ダメだ。まずはこのままヴィレーさんが来るのを待つ。そういう指示だ」

「でもねえ、この女には二人も倒されてるんですよ? このままって訳にゃあ、いかねえでしょう?」

「……ふむ……つまりお前は私の言う事が聞けないと、そういう解釈で良いのか?」

「えっ? いや、そういう事じゃあ、なくって……」


 まだ門下生が発言途中であるにも拘わらず、ケングーがユラリと立ち上がった。


「ふむ。ならば示せ。お前が私よりも強いという証拠をな」

「あ、え、いや……」


 次の瞬間、ケングーは手に持っていた剣を鞘に収めた状態で横に薙いだ。たじろぐだけだった男は棒立ちのまま、その攻撃をまともに横っ面に受けてしまう。


 その結果、直撃を受けた男の首が有り得ない程に歪な方向へと曲がった。


「ふむ。この程度の攻撃すらまともに避けれぬ未熟者が、私に意見など片腹痛いわ」


 男は口から真っ赤な泡を吹き出しながら後方へと倒れていく。

 道場内にドスンという音が響き、一部始終を見届けたケングーは再び床へと腰を下ろす。


 道場内にいた誰もが、只々呆気にとられてしまった。今まで騒いでいたスミカも同様であり、道場内にはしばしの沈黙が流れる。


 誰も何も言わぬ無音の中、真っ先にケングーに話しかけたのは部外者であるスミカだった。


「……彼は……仲間ではないのか?」

「ふむ、確かにソイツはこの道場の門下生だ。だがな……この場では私が一番強い。その私に異を唱えるのであれば、相応しい実力を示すのが当然だろう」


 ケングーが軽く放った攻撃は剣を鞘から抜いてもいないのにかなりの速度を伴っていた。

 少なくとも、この男がヴィレーに次ぐ実力の持ち主であるという評判は疑いようがなさそうだとスミカは改めて認識する。


 だがその事実よりも彼を異常だと思えるのは、ほんの少し意見をしただけで味方の命すら簡単に奪う事のできる非情さであった。


 強い者こそが上に立つ者であり、強者こそが絶対という主義を素で行なっているのが今の彼の行動で理解できたのだ。


 スミカは自身の無力さ、未熟さを改めて痛感する。強さを求めるという事はこれ程までに自身を強く鍛えあげねばならないのかと。


 コクローに言われた、復讐を諦めろという言葉は正しかったのだと、今の自分には覚悟も何もかもが全く足りていなかったと痛感せざるを得なかった。


 恐らく助けは来ない。

 自らの実力不足を知りながら、それでも彼らを拒絶したのは自分だ。

 何も情報を残さず、この場所に一人でやって来てしまったのだ。


 だから誰も来ない。


 これから自分はコイツらに嬲り殺されて終わるのだと理解した。


 このまま辱しめを受けるくらいならいっそココで自分の全てを終わらせよう……そう思い至った瞬間だった。


「ふむ、何か決意したか?」


 今までこちらに関心を払っていなかった筈のケングーがスミカの方を見て声をかけてきたのである。


「ふむ……何やら少し追い詰め過ぎたか……おい、お前らその地下人共を甚振るのはその辺にしておけ」


 葛藤の末にスミカが自らの死を決断しようとした矢先の出来事だった。


 何故かケングーは門下生たちの暴行を止めたのである。


 スミカは黙ったままケングーを見る。


「お前が生きている限りは奴らを生かしておいてやる。但し、お前が死ねば奴らは後を追う事になる。それも残酷な方法でな。どういう意味かは……分かるな?」


 それは死ぬことでこの場から逃げる事を許さないという宣言だった。


 スミカはその言葉を聞いてようやく理解した。自分がした一番最初の質問に対するケングーの本当の答えを。


 あの二人は自分に対しての枷とする為に捕らえられたのだ。

 こちらには何一つ関係などないのに、ただ自分をおびき寄せる為の罠、さらに手を出させないための人質として、その為に捕らえられてきたのだという事を理解したのである。


 人質として機能するならそれで良し。

 仮に上手く機能しなくても別に構わない。

 そもそもコイツらは地下人を人だと思っていないのだから。


「外道共めっ!」


 その場にいるヴィレー門下生全員に対して、スミカは怒り混じりに声を荒げる。


「ふむ。弱者がどれだけ吠えても、何も響きはせんよ」


 そう言ってスミカの言葉を柳に風とばかりにケングーは受け流してしまう。


 今の状況では悪態を吐く程度の事しかできないスミカは悔しさから歯噛みするしかできなかった。


 その時だった、突然道場の入り口の方が少し騒がしくなったのだ。


 スミカは一瞬、いよいよ道場主であるヴィレーが到着したのかと考えた。


 だがしばらくすると騒ぎは収まり、何故か沈黙したのである。


 道場内に妙な緊張感が走った。


 何人かの門下生はスミカの方に視線を送るが、当然彼女にも心当たりがない。いつしか全員が騒ぐ音が聞こえてきた扉の方を注視するようになっていた。


 すると少しだけ開いていた道場の扉がゆっくりと開き始めたのである。


 門下生たちが全員が一斉に剣を構える。


 横開きの扉が開ききると同時に何かが道場内に投げ込まれた。


 それは道場の入り口に立って番をしていた男たちだった。二人とも呻き声を上げているので、まだ死んではいないらしい。


 直後、フラリとした足取りで一人の人物が道場内へと足を踏み入れてきた。


 仮面をかぶり薄汚れた外套を纏った人物だった。


 その人物は何も語らず黙ったまま道場内を見回している。


 あまりにも異様な出で立ちの人物にその場の全員が黙ったまま様子を窺う事しかできなかった。


 道場内を観察し何かを把握したのか仮面の人物は首を軽く回しながら、おもむろに喋り出したのである。


「やっぱりここだったな。それじゃあ営業活動を始めるとするか」


 余裕を崩すことなく仮面の人物は、そう独り言ちたのであった。


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