第二章 その19 隊長の復讐代行
突然、目の前で起こった仲間たちの殺し合いに、警備隊のリーダー格の男は呆然としていた。
何故いきなりこんな事が起こったのか、全く意味が分からなかったからである。
男は確かに仲間たちに対し多少の薬を盛った。それは事実だ。
だけど彼らに飲ませた薬は理性を無くすほど凶暴になる様なものでは決してない。
ほんの少しだけタガが外れやすくなる程度のモノであり、これまで使用しても何も問題が起こった事などなかった代物なのだ。
何がどうなればお互いがお互いの頭を撃ち抜いて殺し合うというのか、それが全く理解できなかった。
すると男は混乱の極みの最中に突然背後から誰かに話しかけられたのである。
「とりあえず貸していた命、三人分を回収させてもらった」
「はああっ!?」
リーダー格の男は慌てて背後を振り返った。
しかし次の瞬間、自分の胸に違和感を覚える。
振り返った先には外套を纏い仮面を付けた人物が立っていた。
そして仮面の人物の持っている剣が、自分の胸に突き刺さっていたのだ。
「え……? だれ、だ……?」
未だに状況が理解できていない男は、間の抜けた声で問いかけてしまう。
すると目の前の人物は仮面越しに語り始めたのである。
「お前ら四人に暴行を受けて殺された人物。その仲間から復讐の代行を頼まれた。嘘の証言を強要して、しかもその証言通りになるように相手を酷く痛めつけたらしいな」
仮面の人物の言葉が耳に届き、リーダー格の男は記憶を思い返す。
魔獣狩りの屋敷に乗り込む口実を得るために、適当に街にいた二人組の男を選び出し無理やり捕らえて拷問にかけたのだ。
(確かにあの時、一人は瀕死になっていたが、そのまま死んだのか……)
突き刺さっていた剣がゆっくりと引き抜かれる。
傷口から少しずつ血液が流れだしてくるのが目に映った。
同時にジンジンと熱を持った様な痛みが脳に伝わってくる。
「そっちの三人が先に俺を殺してくれていて助かった。おかげで楽に始末できたからな」
「お、まえっ……!? カハッ!」
リーダー格の男が相手の正体に気が付き、声を上げようとした途端に今度は剣が喉に突き刺さる。
再び剣が引き抜かれると、もう男は大きな声が出せなくなっていた。
何かを喋ろうとしても喉に空いた傷口から空気が漏れていくだけになっていたのである。
たまらず男は逃げ出そうとしたが、足がもつれ、先に倒れた部下の遺体に蹴躓いて地面に倒れ込んだ。
胸と喉から零れ出た血液は止まる気配を見せず、男は段々と意識が朦朧としてくる。
「……っ、……ぐ!」
それでも最後の力を振り絞って、這いずりながら逃げようとする。
だが傷口から流れ出る血は決して止まる事はなく、徐々に動きが遅くなっていき、やがて男はそのまま息絶えたのだった。
◇◇◇
倒れた男の死を確認すると、外套を身に纏った男は刀に付着した血液を拭い鞘へと戻す。
いつの間にか彼の背後には何やら黒い影が浮かんでおり、影から伸びた腕の様なモノが四人の男たちへと纏わりついていた。
周囲の様子を窺いながらゆっくりと仮面を外した男の正体は勿論コクローである。
彼は昂った気持ちを落ち着けるかの様に息を整えながら、自らの能力によって起こった結果を眺めていた。
コクローの能力は、自身の命に危機が及ぶと自動的に能力によって発現した死神が彼を守り対象者を呪うという能力である。
命を奪う原因となった生物の魂に対し強制的に呪いという債務を負わせるのだ。
この能力が発動すると、コクローの命は死神によって一時的に担保され、時間が巻き戻る。
その時に呪われた生物は時間が巻き戻った後も、必ず戻る直前と全く同じ行動を行なうのだ。
当然、何が起こるかを知っているコクローはその危機を余裕で回避できる。
つまり応接室内で銃撃を受けたコクローは自らの死を知っていた事により、再びの凶行を封じたのである。
さらに、つい今しがた警備隊の三人が互いを撃ち抜いて死んだのも彼の能力によるものである。一定の条件を満たしていれば一方的に呪った相手から命を回収できるのだ。
但し無敵に見えるこの能力も決して万能ではない。
能力を使用した代償として、制限時間内に呪いの債務を負わせた数と同じだけの生物の命を能力を使用せずに死神に返済する必要がある。
もしも時間切れになった場合は死神はコクローの周囲にいる人間から勝手に命を取り立ててしまう。
なので必ず自分の手で、しかも能力を使用せずに生物の命を奪うことで死神に対して返済をしなくてはならない。
自分自身では完全にコントロールできない呪われた能力。
それこそがコクローの能力の正体であり、そんな能力を持ってしまったが故に彼は常に生死と隣り合わせである魔獣狩りと復讐代行をしているのである。
「何とか一つ分だけ命を回収できたが……それでもまだ二つ分足りないな」
独り言ちりながら、すぐさまその場から離れる様に移動し始めた。
今回は万が一にも復讐のターゲットに逃走されないように、負債のあった三人の取立を自身の手ではなく死神の能力に任せてしまった。
その結果、自身で返済できた命は一つだけであり、残り二つ分を制限時間内に自分の手で回収しなくてはならない。
「債権の強制回収は二十四時間に一回。つまりそれまでに誰かの命を一つは奪わにゃならん、全く一日で三回分も能力を使わせやがって、こんなんじゃ身体がいくつあっても足りやしねえよ」
愚痴をこぼしながら、そのまま宵闇に紛れる様に姿を消したのであった。