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第一章 その3 地下人の子供

 陽の光が途切れ途切れの裏路地。


 そんな場所をボサボサ頭の黒髪でボロキレの様な衣服を着た小さな男の子がおっかなびっくり歩いている。なるべく人目に付かないよう目立たないようにと、ただでさえ小さな身体をさらに縮こまらせながらだ。


 そういった態度がこの男の子の身分が地下人である事をすぐに気付かせてしまうのだが、幼い彼にはそれが分かっていないのである。


 一昨日から高熱が出て苦しむ妹を救いたいと思い、なけなしのお金で薬を買う為に家の外に出た。当たり前の事だが医者にかかるお金などあろうはずもなく、また地下人が住む区画には薬屋など存在しない。


 貧しい家に暮らす小さな子供の大冒険は、何とか町中にある薬屋で薬を買うところまでは無事に終えることができた。


 だけど帰る途中で理不尽に薬を奪われ、さらに自分を助けてくれたと思った人はその薬を自分が買った値段より安く買ってしまったのだ。


 こんな場所に長くいたくないという思いと、このまま手ぶらで帰れないという思いが混ざり合ってどんどんと男の子の歩みを遅くする。


 そんな彼に対して、誰かが背後から声をかけてきた。


「やっと見つけたぞ」


 その瞬間、相手が誰かも確認せず男の子は脱兎の如く駆け出した。


「ちょ、待てよ」


 しかし、あっさりと首根っこを掴まれて逃走を封じられてしまう。なんとかそれを振り払おうと、身を捩らせて逃れようと試みるが不可能だった。


「は、離してっ! 離してぇっ!」

「落ち着けって。危害を加えるつもりはないから」


 その声色に聞き覚えがあった男の子は暴れるのを止めると両肩を優しく持たれ、そのまま振り返らされた。


 そこには男の子の想像通りさっきの男がいたのである。


「ほれ、これ薬だ。妹に必要なんだろ?」


 しゃがみ込んだ状態で自分と目を合わせながら薬を差し出してくる。だが男の子はその薬を受け取る事が出来なかった。


「どうした? 持って行けよ」

「……いらない」

「なんで?」

「お金ない」


 男の子は薬の所有権が目の前の男にあると思っている。何故なら薬はあの男たちに奪われた時点でもう既に自分のものではなくなったと認識しているからだ。


「金はいらねえよ」

「でも……」

「いいから。早く家に持って帰りな」


 恐る恐る薬を受け取り、頭をペコリと下げるとすぐに振り返り一目散に駆け出し始めた。


 病気の妹が待つ自分の家へと向かって一直線に。


◇◇◇


 駆け出していった男の子を見送ったジェンは周囲に漂う妙な雰囲気に気が付いた。


 あまり人のいない路地裏のはずなのに、そこを駆けていく男の子にどこからともなく嫌な視線が集まっているのだ。


「おいおい、マジかよ」


 恐らくこのまま放っておくと、またあの男の子は襲われるだろう。


 それを確信したジェンは、男の子に気付かれないように後を追う事にした。


 男の子の後ろ姿を見ながら、尾行していくとすぐに周りの人間が彼に近づこうとするのが確認できる。


「はあ、もうしょうがねえなあ……おーい、小僧」


 ジェンは歩く速度を速めて、一気に男の子に追いつき声をかけた。その所為か男の子に近づこうとした人間の動きが止まる。


 だがそれとは別にまたしても後ろから声をかけられた男の子の走る速度が上がったのだ。


「よく訓練されてんなあ」


 簡単に他人を信じられる様な環境で育っていないのだろう。とにかく何かあれば即逃げる事を徹底されている様である。


「俺だよ。その薬を渡したお兄さんだ」


 あっという間に男の子に追いついたジェンは並走する形で横から話しかける。男の子もそれに気が付いて走るようやく速度を落とし立ち止まった。


 同じ様に立ち止まり、目線を合わせる様にしゃがんで話しかける。


「ちょっと頼みがあるんだけど、その薬を妹に渡した後で良いからさ、道を教えてくんない?」

「え?」


 男の子がキョトンとした顔でこちらを見やった。


「いやね、君を追ってきたら道が分からなくなっちゃってさ。頼むよ?」

「えっと……うん」


 男の子が頷いた。


 それを見てジェンはそっと手を差し出す。


「じゃあまずは君を家まで送るよ。一応こう見えて結構強いから誰かに襲われる心配はしなくていいぜ」


 男の子がおずおずと手を伸ばしてきた。

 ジェンは手を繋ぐと彼に声をかける。


「それじゃあ行こうか?」


 そう言うと二人で手を繋いだまま男の子の家まで歩いて移動したのだった。


◇◇◇


 ジェンが男の子と共に歩いているのは薄暗い地下街だった。そんな場所に男の子の住んでいる家があるらしい。


 街はずれの地下へと続く階段を下りてきた先に本当に人が住んでいるのかと思うほどボロボロの家がいくつも並んでおり、その中の一つがそうだったのだ。


 地下に降りてからは流石に纏わりつく嫌な視線は激減している。


 もちろんいくらか感じるものはあるのだが、その視線の対象はどちらかというとジェンの方に対してだった。


 少し警戒感を強めながら歩いていると、今にも崩れてしまいそうな粗末なボロ小屋の扉の前で男の子が立ち止まった。


 男の子はジェンから手を離すと扉に両手を添えると扉を奥へと押し込んだ。。


 ギギギィと不快な音を立てて扉が開いていく。


 鍵はかかっておらず、室内は非常に暗かった。


 中に足を踏み入れた男の子が慣れた様子で入り口の傍にあったランプに火を入れる。簡易なランプに明かりが灯ったおかげで室内が少しだけ明るくなった。


 男の子の後に続いて家の中に入ったジェンは室内を見回す。あまり道具類は多くなく、最低限の生活に必要な物が置いてあるくらいである。


 なるほどこれならば鍵は必要ないなと思うほどの、質素で簡素な室内だった。


 男の子は手に入れた薬の箱を開けて中身を取り出しはじめた。


 だがそこで急に動きが止まってしまう。不安そうな顔で振り向いた男の子は何故かジェンの方へとやってきて薬を差し出した。


「どうした?」

「リミにどれだけあげれば良いの?」

「薬屋に聞かなかったのか?」

「熱があって苦しんでるって言ったらこれ売ってくれた。それだけ」

「……ちょっと待て、ボルゲウイルスに感染したって医者に診断されたんじゃないのか?」

「ボル……? それなあに?」

「マジかよ……」


 男の子のキョトンとした顔を見てジェンは最悪な真相に気が付いた。


 つまり、この男の子は妹が何の病気が分からずに薬を買いに行ったのだと。


 そして薬屋はこの男の子に確かに薬を売った。だが売りつけた薬は効き目があるかも分からない適当なものだったのだ。


 薬屋は男の子から真剣に妹の症状を聞いてそれに合わせた物を売った訳ではなかったのである。


「……酷すぎるだろ」


 ジェンの口から、思いが言葉となって零れた。


 恐らく薬屋はこの男の子が地下人だということが分かっていたのだろう。だからこんないい加減な対応だったのだ。


 思わず怒りがこみ上げてくる。


 ふと、そこでジェンは背後に誰かがいる気配を感じ取った。


 怒りにとらわれていた所為で気配に気が付くのが遅れてしまったのである。


 咄嗟に動こうとするが、機先を制する様に背後の何者が大声を上げた。


「動かないで! 両手を上に挙げて! ドミ、こっちへ来るのよ」


 声の主は女性だった。ジェンは言われた通り手を上げる。


「手を挙げたままゆっくりとこちらを向きなさい」


 黙って指示に従い振り向いたジェンの目に映ったのは刃先の欠けたナイフを持った老婆の姿だった。


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