第二章 その16 残された手がかりとスミカの決意
「どうやら少し遅かったらしいな」
もぬけの殻になったスミカの部屋を見てジェンは感想を漏らす。
屋敷内にいた何人かの人間に聞いたが、誰も彼女の姿を見た者はいなかった。
因みにアオイは別室で手当てを受けている最中である。
「クヨリさん、隊長がどこに行ったか知らないか?」
ジェンは屋敷内を歩いていたクヨリに隊長の行方を訊ねた。
スミカと一緒に彼の姿も屋敷内から消えていたのだ。
「えっと、隊長さんはちょっと前に聖堂に用事が出来たとかで出掛けたよ」
「聖堂だって? それはひょっとしてスミカを連れてか?」
「いや、一人だったけど……」
「だとすると、やっぱりスミカは単独で動いてるのか」
「えっと……何か出来る事あるかい?」
クヨリが心配そうに声をかけてくれた。
彼女の声を聞き、ジェンは自分に余裕がなくなっていた事に気が付く。
「あーっと、水を一杯。それと後でアオイの様子を見てやってくれるかな? アイツ猫に引っかかれて怪我したんだ」
「わかったよ。まずはお水だね」
クヨリが炊事場の方へと動き出したのを見て、ジェンも深く息を吐き出す。
そして状況を整理する為に頭をフル稼働させ始める。
喫緊の課題はスミカの行方。
恐らくは、あの能力者によってスミカは自らこの屋敷を出ていったと見て間違いない。
問題はその行き先がどこなのか、という事である。
ヴィレーを調べていた隊長ならば居場所を知っている可能性が高い。
だが何故か彼は聖堂へ向かったらしい。
「俺も聖堂へ向かうか、それとも彼女と合流すべきか……」
考え事をしているジェンに声をかける者が現れた。
「私も行くわよ」
応急手当てを終えたアオイである。
「いや、アオイはここに待機してくれ」
「何でよ!?」
「今は隊長が外出してる。可能性は低いがスミカを狙ってる連中がここを襲った場合に戦える人間がいないとマズい」
「……あの時、ジェンと一緒にいたのはヌローワちゃん?」
「ん? ああ、アイツの後を追ってもらってる」
実はヌローワはメイドの仕事以外に諜報員としても働いている。
今日の一連の流れからただならぬ気配を敏感に察知した彼女は、アオイを探す為に出掛けようとしたジェンに同行していたのだ。
そして現在、彼女にはさっき見逃したリソンを尾行してもらっているのである。
さっきジェンはリソンの覚悟を感じ取った。それならば一度、彼を油断させておいて泳がし、彼の知らないヌローワに尾行を頼んだという訳だ。
これは用心に用心を重ねないと生き残れない世界で戦う彼らの当然の自衛策であった。
「あの子を巻き込んだの?」
「自分から一緒に行くって言い出したんだよ。彼女がそれなりの実力者なのは知ってるだろ?」
「それじゃあ、しょうがないか。留守番は貸しだからね?」
「わかった、それでいいよ」
二人で話をしていると、水の入った器を持ったクヨリが戻ってきた。
それと何故か彼女の足元には息子のドミの姿もある。
「はいこれ、お水。それと、あのスミカって人なんだけど、この子が出ていくところを見てたらしいんだよ」
「本当か? ドミ」
ジェンはクヨリから器を受け取りつつ、ドミに対して確認の為に声をかけた。
するとドミはジェンを見ながら大きく首を縦に振る。
「うん」
「お姉ちゃんがどこに行ったか分かるか?」
「えっとね、お話したよ」
「えっ? あんた、その人と話したのかい?」
「一人でお屋敷を冒険してたら、階段でこけそうになったの。そしたら助けてくれたの」
「そうだったの? どこか怪我はしてないかい?」
クヨリが心配そうにドミの身体を調べる。
どうやらどこにも問題はなさそうだと判断したのか、少し落ち着きを取り戻した。
ドミはそんな母親の心配をよそに元気よく返事する。
「うん、大丈夫だったよ」
本当に何もなかったらしく、クヨリは改めて安堵の表情を浮かべた。
「それでね。お話した時にお姉ちゃんにどこに行くのって聞いたら別荘に行くんだって、言ってたよ」
「別荘か……この町で彼女が所有してるとは思えないし、となると何か別の意味があるのか……」
ドミの情報から、すぐに何かが分かる様なイメージが湧かない。
首を捻るジェンに対しアオイが溜息を吐きながら口を開く。
「ジェン。あの人は何をしようとしてたの? それは誰に対して?」
「……そうか。別荘は何かの暗喩の可能性も考えたが、彼女は噓をつくような性格ではなさそうだった。ましてや、それを語った相手のドミはまだ子供だし誤魔化す理由もない」
「ディンバイの別荘地は住宅の多い中心部から少し離れた場所にあるわ。最近の物価の上昇で旅行客も減ってるから、今はあそこら辺は人が少ないんじゃないかしら?」
「どうやら罠を準備してスミカをおびき出したって事で間違いなさそうだな」
「早く行った方が良いんじゃない?」
呆れ顔のままアオイが告げる。
確かに急いだ方が良さそうだと、ジェンも納得する。
スミカの性格上、場所を知らされれば罠と承知でも突貫しそうだというのは間違いない。
ジェンは手に持っていた水を飲み干した。
そのまま空になった器をクヨリに手渡すと、アオイに向き直った。
「もし隊長が戻ってきたら伝えてほしいことがある」
「なんて?」
「逃げ出したスミカを連れ戻してくるって」
「わかった。怪我しないようにね」
アオイがそっと拳を突き出してきた。
「ああ、了解」
返事をしながらそっと自分の拳を合わせる。
その直後、三度ジェンは屋敷から飛び出していったのであった。