第二章 その12 招かれざる客
「それは何の話だ?」
コクローは眉根を寄せながら、スミカの『復讐代行を頼めば、二人がそれを実行してくれるのか』という問いかけに答えた。
「今更お惚けになるつもりですか? いくら某が鈍いと言っても、ここまでくれば気が付きますよ」
真剣な眼差しを向けたままスミカはコクローを見つめ続ける。
「復讐代行ねえ……誰に聞いた?」
「最初は近辺の町で噂を耳にしました。しかしディンバイではこの街談巷説についてを語ってくれる者がほとんどいなくて、ジェン殿に辿り着くのに苦労しましたよ。この町は余所者に冷たいのか、某が声をかけても嫌な顔をして逃げて行ってしまいますからね」
「面倒ごとや厄介ごとを持ち込む人間はどこでだって嫌われるもんだ」
コクローはスミカにそう告げる。
だがジェンとヌローワは絶対に逃げられた原因は別だと、心の中でツッコミを忘れない。
「まあそれは当然でしょうね。ジェン殿が往来の中で暴れてくれた事でようやく縁が結べたのですから」
その言葉を聞いてジェンの表情がギョッとしたものに変化した。
「往来で暴れただと? ほう、その話は聞いてないな」
隊長の殺気は平気で受け流したジェンだったが、突然濡れ衣を着せられて動きが止まる。
謂れのない説教は流石に勘弁してほしかった。
「それは俺じゃないぞ、元凶はアオイだからな!?」
「なるほど、二人で暴れたのか」
「違うって!」
「お前ら二人揃うと大抵は暴れてるだろうが!」
「いや、酷い偏見だな!」
またも話が逸れてきた、その時だった。
応接室の扉がノックされ、全員が動きを止めて扉の方へと注視する。
一瞬の間の後に代表してコクローが返事をした。
「入っていいぞ」
「し、失礼しますよ」
そう言って顔を覗かせたのはメイド姿のクヨリだった。
何やら不安そうな顔で室内と外をキョロキョロとしている彼女に対し、不審を抱いたコクローが落ち着いた声で語りかける。
「どうしたんだ? 何か急用か?」
「いえ、あの、お客さんが来てまして」
「客? 誰にだ?」
「その、隊長さんを呼べと……」
「俺に? 何も予定はなかったはずだが」
予定を思い返しながら答えるコクロー。
すると扉の外が何やら騒がしくなってきたのである。
「あのっ、困ります」
「やかましい! どけっ!」
「ちょっと、いったい何のつもり――」
「ここだな? 邪魔だ貴様! そこをどけっ!」
「あっ!」
突然クヨリが引きずりだされる様な形で扉から姿を消し、その後に勢いよく扉が開け放たれた。
そして四名の警備隊の隊服を着た男たちが応接室に侵入してきたのである。
「お前が隊長か? 邪魔するぞ」
「邪魔をするなら帰れ」
突然現れ横柄な物言いの警備隊の男に対し、コクローが辛辣に言い返した。
一瞬にして室内の空気が張り詰めたものへと変化する。
「……そう言われて帰る人間がいると思うか?」
「いるんじゃないか? 例えば目の前の礼儀知らずとか?」
「なるほど……所詮は学のない猿どものボスか……。礼儀がなっていないのは、貴様らの方だ」
「なに?」
「貴様にはこの隊服が見えてないのか? この町の治安を守っている我らがわざわざこんな郊外まで足を運んだのだ、ならば最上の敬意を持って接するのが礼儀だろうが!」
その男の発言を聞き、元から応接室内にいた四人全員が『何言ってんだコイツ』といった表情に変化した。
瞬く間にアイコンタクトが飛び交い全員の意思が統一される。
「…………そうか、それは失礼した。おい、済まないがお前らは退室してくれ、先にこのお客様をおもてなしするから」
コクローがジェン、スミカ、ヌローワの三人を室内から退出するように申し付ける。
ジェンとスミカがソファから立ち上がるとほぼ同時に、今までスミカが座っていた場所に偉そうな男が腰かけた。
さらに男は慣れないメイド服の所為で動きが鈍いスミカの下半身を背後から撫でまわす様に触ったのである。
「なっ!」
反射的に手が出そうになった彼女だったが、それを先に腕を掴んでジェンが止めた。
「どうかしたか?」
ジェンとスミカを挑発する様な表情と声色で男が言う。
スミカの腕に力が込められたのが分かったジェンは彼女に言い聞かせる様に力強く声をかけた。
「我慢しろ、行くぞ」
「くっ」
顔を真っ赤にして悔しそうな顔のまま、スミカはジェンに促されて部屋を出る。
結果、応接室内にはコクローと警備隊の男達だけになり、他には誰もいなくなった。
「それで、どんな用件でわざわざこんな町外れまで足を運んだんですかね?」
「ああ、それなら俺様が話をするより先にまず貴様は謝罪をしろ」
複数人掛けのソファに偉そうな態度で座る警備隊の男が目の前のテーブルを指さして言った。
「……あ?」
「さっきの貴様の態度に俺様は非常に不快な気分にさせられた、ならば謝罪するのは当然だろう」
尊大な態度で恥ずかし気もなく堂々とそう告げるリーダー各と思われる男。
コクローはソファの後ろに控える他の三人の男たちにも目を向けるが、全員が下卑た笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
どうやら全員が同類の様だと、コクローは理解する。
こういう輩には慣れているのか、彼はあっさりと頭を下げた。
「先ほどは大変失礼した」
更にそのまま謝罪の言葉を口にしたのである。
向こうの要求に素直に従った理由は単純だ。
相手が警備局という組織の看板を盾にして理不尽に振る舞っているのは明らか。
そんなあちこちで恨みを買いそうな人間など好きにさせて放っておくのが一番だからである。
何故なら、この町でそんな真似を続けていれば、いずれ報いを受ける事になるのは間違いないのだから。
「それで、どんな用件でわざわざこんな町外れまで足を運んだんですかね?」
ゆっくりと頭を上げながら、今度こそコクローは先ほどした質問を一言一句違えずに問いかける。
だが頭を上げたコクローはそこで信じられない光景を目の当たりにした。
ソファの後方に控えていた三人の男たち全員が小型のマスケット銃をコクローに向けていたのだ。
これには百戦錬磨のコクローも流石に自分の目を疑った。
銃火器の類は国に厳重に管理されており、例え警備局の人間であろうと軽々に使用できるものではない。
なのに彼らはそんな武器を複数所持していて、あろうことかコクローにそれを向けているのだから驚かない方がどうかしている。
「これは、どういうつもりだ?」
「ん~? これは用心の為だ。名ばかりとはいえ一応貴様は魔獣狩りの隊長となった男。万が一暴れられた時に備えるのは当たり前だろ?」
男はそんな事を言いながら左手を軽く上げる。
それはまるで後ろの男たちに見せつけるかの様だった。
「暴れるだと? 最初から全く話が見えないんだが」
「おいおい、あまり凄むなよ。後ろの奴がブルって引き金を引いちまっても知らんぞ?」
突然現れた彼らが自分に何をさせたいのか、コクローは何となく読めてきた。
恐らく彼らは『大義名分』が欲しいのだ。
つまり彼らは回りくどくこちらを煽って先に手を出させる事で、大義を得たいという目論見なのだと考えた。
警備局は国の機関であるから大概の相手には権威のゴリ押しで事に当たれる。
だがコクローたちが所属する魔獣狩りもまた国の機関、それもかなりの収益を上げているのだ。
同じ国の機関同士ならば、後ろ盾は全く機能しない。
故に少しでも有利に国に後ろ盾になってもらう大義を得る為に挑発行為を繰り返しているのだと、コクローは結論付けた。
問題は何故、警備局がそんな事をするのかというその意味だが。
一応全く心当たりがないわけではないので、コクローは軽く左手を上げたままソファにふんぞり返る男に尋ねる事にした。
「話ではなく脅して聞きたい事、そっちが知りたい情報ってのは何だ?」
「脅すだって? 人聞きが悪い。保険だと言ってるだろうが」
「知ってる事なら話すから、聞きたいことを言ってくれ」
「人を探している」
「どんな?」
「男と女だ」
自分の思い浮かべた相手に間違いなさそうだと判断する。
なので確認の為に対話を続けていく事にし、その為の質問を開始した。
「特徴は?」
「被害者が言うには男は赤っぽい髪色で、女の方は青っぽい色だそうだ」
「……被害者だと? 何かあったのか?」
「被害者が言うには男に全身の骨を砕かれたと言っている」
「女が全身の骨を砕いた? 生きてるのかソイツ?」
「被害者が言うには一命はとりとめたと、だから治療費を請求したらとんでもない事が起こったと言うんだよ」
「とんでもない事だと?」
「被害者が言うにはな、いつの間にか頭の上に巨大な氷が浮かんでいて、更にはそれをぶつけられて怪我をしたとも言ってるんだ」
「……どれくらいの大きさか知らんが巨大な氷がぶつかって怪我をしただけで済むのか?」
「被害者が言うには命に別条はないそうだ」
「そうかい、それは良かったな。もっとも全身の骨を砕かれて巨大な氷が当たって良かったと言えるかは微妙だが」
「という訳でな、こんな凄惨な事件を起こせるとしたらそれは貴様ら混血者の集まりである魔獣狩りだけだ。犯人を隠し立てしても為にならんぞ?」
特徴からすると完全に自分の部下である、ジェンとアオイの二人の事で間違いなさそうだった。
さっきスミカが言っていた話とも合致しているので、本当にあった事件の内容を言っている様子なのだが……
「……腑に落ちないな」
「何がだ?」
「そんな事を警備局が真剣に調べるのが、だよ」
「どういう意味だ?」
「警備局は事なかれ主義じゃなかったのか? 仮に放っておけない事情があったとしても、同じ国営のウチを相手にすぐに動かないのがアンタらだろう?」
「クククッ……ハッハッハ!」
突然目の前の男が笑い出した。
コクローはその意味が分からずに困惑し彼に問いかける。
「何が可笑しいんだ?」
「そりゃあ笑ってしまうだろ、今のは我らに対する完全な侮辱だからな! バカめ!」
男が上げていた左手を、そのまま軽く下へと振り下ろした。
直後、応接室内には三発の銃声が鳴り響いたのであった。