第二章 その11 諫言
「消息不明という事は、まだ生きているのでは?」
まるで何かに縋る様な面持ちで、スミカがコクローに問いかけた。
それに対しコクローは表情一つ変えずに返答する。
「もちろん生きている可能性はゼロじゃないが……でもどうして俺が消息不明なんて言ったと思う?」
「え?」
「イータストーデは町ごと消滅したんだ。今あそこには慰霊碑以外は何もない」
事実を知り、スミカは愕然とした表情になった。
明らかに狼狽しているのが見て取れ、心持ち痛々しい。
そんな彼女を見ているのが若干辛くなったジェンは隣に座るコクローに問いかける。
「やはり隊長はスミカの家族の敵の事、既に全部を知ってたんだな?」
「ああ」
「そうか」
「感想はそれだけか?」
「俺が何かを言う事じゃあないだろ? どうせスミカの事を想って今まで何もしなかったんだろうし」
「そこまで俺を慮る事ができるんなら、仕事で勝手に暴走しないで欲しいんだがな……」
「い、いやそれは、ほら、隊長も俺を慮ってくれれば、な?」
「な? じゃねえよ」
コクローがジェンに対して呆れ顔になると、続けて俯いたままのスミカの方へと視線を移す。
「さてと、スミカよ。元凶は既に死んでる。それで納得して諦めるつもりはないか?」
「ありません。実行犯のヴィレーはまだ生きている。それどころか奴自身は様々な権力者に取り入って勢力を増しています」
「そうだな」
「しかも奴の剣術は権力者の子息や私兵、横暴な警備局員だけに伝授され、その技は何の罪もない人々に振るわれているのです!」
「意外とちゃんと調べてるじゃないか」
「敵を知るのは兵法の初歩です」
「その割には襲撃が稚拙だった様だったがな」
威勢の良かったスミカがコクローの一言で意気消沈していく。
大人しくなった彼女を見つめながらコクローは言葉を続ける。
「とりあえずだ、スミカ。今後のお前に対する処遇なんだが、一先ずはこの屋敷で拘束させてもらうぞ」
「拘束だって?」
コクローの口から初めて聞いた内容と彼女に対する処遇に、ジェンは驚きの声を上げる。
「スミカはディンバイへの不法侵入の疑いがある。一応、何日も前に警備隊からお達しがきてるから本人が目の前にいる以上は無視する訳にもいかん」
「なっ! その通達の件を俺は聞いてないぞ!」
「言ってないからな。当然だ」
「一体どうして、そんな事になるんだよ?」
「出張してたお前は知らんだろうが、コイツは最近あちこちで色々とやらかしてんだよ」
追っ手がいる時点で、その可能性が高いと思っていたので特段の驚きはない。
「あちこち? 一回だけじゃなかったのかよ……」
だが複数回、襲撃を失敗していたとなると驚きを通り越し呆れてしまう。
ジェンがスミカの方へ視線を送ると、さっきまでとは違い何だか彼女の雰囲気が変わっていた。
どことなくソワソワと落ち着きがなくなっているのだ。
「何だ、襲撃の件は知ってたのか?」
「知らないけど、何となくそんな気はしてたよ。そもそも追われてる時点で普通は何かあったと思うだろ」
再びジェンがスミカに目を向けると、上目遣いでこちらを見ていた彼女が慌てて目線を逸らした。
「とはいえ、ヴィレーへの襲撃の方はまだ不法侵入者と結びついてない様だから、先にそっちを何とかしようとは思ってるがな」
「何とかって?」
「とりあえず俺が身元保証人として警備局へ出頭するつもりだ。同じ国営機関だし多少は融通もきく可能性が高いだろう」
コクローは一拍おくと、俯いたままのスミカへと視線を投げかけた。
すると下を向いたままの状態でスミカが何事かを呟き始める。
「……兄さまは、奴らの事を知っていたのですよね?」
「うん? 何だって?」
彼女の声が聞き取れなかったコクローは改めてスミカに問いかけた。
その問いかけにスミカが顔を上げて再び同じ台詞を口にする。
「兄さまは本当にヴィレー達の事を、どこにいるかも含めて全部を知っていたのですよね?」
スミカの困惑と悲壮の混じった表情に、ジェンは思わずたじろいでしまう。
だがすぐ隣のコクローはそれが想定済みだったのか、全く微動だにせずに口を開いた。
「ああ、知っていた」
「ならば何故これまで何もしなかったのです? 某には死んだとまで伝えて……どうしてっ! 納得がいくように説明してください!」
それはスミカの心の底からの叫びだった。
そしてそれは誰かに対し復讐を望む人間の多くが見せる慟哭でもあり、多分に漏れず彼女の瞳にも涙が滲んできている。
「遺言だからだ」
「……遺言?」
「あの晩、俺は確かに誕生日会には間に合わなかった。でもなちゃんと向かってたんだ。だからこそお前の命を救う事が出来たんだよ」
「え?」
「お前は意識がなかったから覚えてないだろうが、世俗を離れて隠遁生活を送っていた師匠の所までお前を連れていったのは俺だよ」
「いいえ、違います! だってあの時、道場から私を連れだしたのは門下生の……」
「そうだな。その記憶に間違いはない。両親と離れるのを渋ったお前を無理やり気絶させて逃げ出したんだ」
「だって祖父からは、あの人は私を連れてきた直後に力尽きたと聞いて……」
六年前の記憶を思い起こす様に、祖父から教えられた話をゆっくりと掘り返していくスミカ。
そんな彼女を見つめながらコクローは話を続けていく。
「俺が彼を見つけた時にはもう手の施しようがなかった。その時に聞いたんだよ。お前には平穏無事に生きていって欲しいと両親が願っているってな」
「っ! そんな……」
スミカはすっかり意気消沈してそのまま下を向いて黙りこくってしまった。
それを見て傍で静かに話を聞いていたジェンが口を開く。
「だから自分は死んだ事にして、スミカの家族を殺した相手を探り、情報も仕入れていたのか……もう二度と彼女に悪意が向かわない様に」
「まあ、そういうこった。だからこそ復讐に向かってほしくなかったんだがな」
つまり最初からスミカの行動はコクローに筒抜けだったという事だ。
もっとも、それでも彼は立場上あまり大っぴらに動く訳にもいかず、彼女の行き当たりばったりな復讐は失敗に終わった。
しかしそれでも、これまで彼女が無事だったのはコクローが気付かれない範囲で裏から手助けをしていたから、という訳である。
「って事でさっきも言ったが、まずは不法侵入の件について片付けようと思う」
「それって大丈夫か? 警備局が相手と繋がっている可能性はないのかよ」
「どうだろうな。絶対にないとは言い切れんが、俺が一緒なら、そう悪い事にはならんだろ」
「だったら良いけどな」
「問題はもう一つの方だ」
「ああ」
ジェンとコクローは頷きあうと、スミカへと目を向ける。
彼女はやはり下を向いたまま動かなかった。
「さてとスミカ。今の俺の話を聞いて気が変わったか?」
突然コクローに話しかけられ彼女の肩がビクリと震える。
「少なくとも、まだ自分の手で復讐するつもりならやめておけ。お前には無理だ」
「っ!!」
やはり下を向いたままスミカはフルフルと小刻みに震えている。
「今はお前が計画なしに相手を襲撃した所為で警戒度が跳ね上がった状態だ。ほとぼりが冷めるまで匿ってやるから、落ち着いたら町を出て平穏に暮らすと良い」
「……そんな事、出来る訳がないでしょう! これまで復讐をする為に腕を磨き、まさしく泥水をすする思いでここまでやって来たのです! 某は絶対にあきらめるつもりはありません!」
「死ぬぞ?」
「命など、最初から捨てております」
「そうか……」
その一言を発しコクローは静かに目を閉じた。
「これでもか?」
そう言ってコクローが目を見開いた瞬間、応接室内に圧倒的な殺気が充満した。
「ひぃっ!」
「おじゃっ!?」
一瞬にして室内にいた女性陣二人が小さく悲鳴を上げ身体をすくみ上らせる。
それは時間にして凡そ十秒ほどの時間だった。
だが殺気をぶつけられている方からすれば永遠とも思える程に感じられる時間でもあったのだ。
「隊長、ちょっとやり過ぎだろ」
コクローのその行為を止めたのはジェンの一言。
室内にいた全員に向けられた殺気だったのだが、彼は全く意に介していない。
「この程度で縮み上がってる様な奴が命を捨てたとか言うのは……なぁ」
コクローが不満そうな顔でソファの背もたれに背中を付ける様に深く腰かけ直した。
「そう言ったって、隊長の殺気はかなり怖いんだから、いきなり不意打ちで浴びせたら普通はこうなって当たり前だ」
ジェンは少し呆れ気味に言いながら、二人の様子を確認する。
スミカは思わず自分の両腕で身体を抱き、ヌローワも固まって動けなくなっていた。
「大丈夫か、二人とも?」
「ジェ、ジェン殿こそ平気なのか?」
スミカが恐ろしい物を見る様な目でジェンに語りかけ、その背後ではヌローワもブンブンと首を縦に振っている。
「この手の殺気には慣れてるからな。高ランクの魔獣を相手にしてりゃ、こんなのは日常茶飯事だぞ?」
「そ、そうなのだな……」
「わかったろ? こんな程度でビビッてる奴が復讐とか絶対に無理だからやめとけ」
ソファにもたれたまま不躾に無遠慮にそう言い放つコクロー。
それを受けてスミカは一度、息を吞むと言葉を発する。
「そうですか……ならば某が復讐代行を頼めば、お二人がそれを実行してくれるのですよね?」
真っ直ぐに目の前のコクローを見据え、スミカは今度こそ一歩も引かぬという決意を持ち問いかけたのだった。