第二章 その10 残酷な真実
魔獣狩りの拠点である屋敷内にある応接室ではちょっとした再会があった。
ジェンが連れてきた復讐を望む女性スミカが魔獣狩りの隊長の事を兄と呼んだのである。
隊長の方もスミカを知っている様子で人違いという事はなさそうだった。
少し時間が経ち、ちょっとした混乱が収まった室内には四人の男女がいる。
ジェンと隊長がそれぞれ並んだ一人掛けのソファに座り、複数人掛けのソファにはスミカが腰掛けている。ヌローワはその三人の為にお茶の準備をしていた。
「コクロー兄さま、一体どういうことですか? 某は祖父から兄さまはお亡くなりになったと聞いていたのですが?」
「そりゃあ師匠にはスミカにそう伝える様に頼んでおいたからな」
「だから何故です!? もしもあの日、あの場所に兄さまがいれば、きっとあんな事にはならなかった……」
「仮定の話をしてもしょうがないだろ。実際に俺は間に合わなかったんだから」
悪びれる様子もなく、コクローは淡々と事実を述べる。
そんなコクローに対してスミカが非難の色を込めた視線で射抜く。それだけでは収まらないのか身を乗り出そうとした彼女の前に、そっとカップが置かれた。
「お口に合うかわかりませんが、どうぞお召し上がりくださいでおじゃる」
敵意のない笑顔でお茶を勧められたスミカの動きが止まり、ゆっくりとソファへと座りなおした。
少し落ち着いた空気になり、そこでようやくジェンが口を開く。
「ちょっと良いか? スミカに聞きたいんだが?」
「ジェン殿、遠慮なく聞いてもらって構わない。包み隠さず何でもお答えする」
「そうか。それじゃ遠慮なく。何でメイド服着てるんだ?」
「疑問そこっ!? いや、もっと他にあったのではないのか?」
「いや、まあ、こういうのは順番にと思ったんだが」
「ジェンさん、それは彼女の所持していた服が、全部ヤバかったからでおじゃる」
ジェンのとぼけた質問に、全員にお茶を配り終え部屋の隅に控えていたヌローワが答えた。
「ヤバかった?」
「同じ女性として看過できないくらいヤバかったでおじゃる」
「そんなにか?」
「噂に聞いた過去のアオイちゃんくらいヤバいでおじゃる」
「そんなにか!?」
「さっきから貴殿らは一体何の話をしているのだ?!」
ジェンとヌローワのやり取りに、顔を真っ赤にしたスミカが入ってきた。
彼女の様子を見て少し肩の力が抜けたと判断したジェンは話を続ける事にする。
「つまり全部洗濯する事にしたから代わりにその服を着てもらってるって事か」
「ご名答でおじゃる。あの服は流石にずっと着続けていると、しまいには病気になってしまいそうでおじゃったからね」
「そうか、今の質問はヌローワに答えられちゃったし、それじゃあスミカには隊長を兄さまと呼んだ理由を教えてもらおうかな」
「えっ?」
「どう見ても二人は似てないし、本当の兄妹とかじゃないんだろ?」
「それは昔、兄さまが自分の事をお兄ちゃんと呼べって言ったから」
スミカの答えに、ジェンとヌローワが若干引き気味の表情になった。
「おいコラ、なに引いてんだ。俺はスミカが赤ん坊の頃から知ってんだぞ?」
「余計に引くでおじゃる」
「おい、ジェン。語尾におじゃるを付けても、ヌローワが言ったことにならんからな?」
「ごめんなさい」
何かちょっとコクロー隊長が気持ち悪かったから、語尾次第でヌローワが言った事にできるかと思ったのだが無理の様だった。
「話に出ただろ? スミカの祖父が俺の剣の師匠。そんでスミカの父親は俺の兄弟子で年齢もそんなに違わないからコイツが赤ん坊の頃から知ってるんだよ」
「ああ、そういう事か」
「俺がまだ二十代の頃からコイツ、俺の事をおじちゃんって呼ぶんだぞ? 流石にそれは訂正させるだろうが」
「「あー」」
コクロー隊長の少し寂しくなった頭頂部を見ながら、何かを察した様な声を上げるジェンとヌローワ。
「お前ら、どこ見て納得してんだ? ぶん殴るぞ?」
何故かスミカは気まずそうな雰囲気で黙ったままだった。
そこでジェンが再びスミカに問いかける。
「スミカは隊長が死んだと思ってたのは祖父から聞いたって言ったよな? それっていつの話だ?」
「某が復讐を決意した頃だ。助太刀を頼もうと思い、祖父に居場所を聞いたことがある。思えばあの時、祖父には某が復讐を決意している事が分かっていたのであろうな」
「それでも祖父はスミカに剣の技術を教えたのか?」
「今後の事を考えて、少しでも身を守る術は覚えた方が良いと。もっとも皆伝には至っていない。その前に祖父は……」
「亡くなったんだな」
スミカは首を縦に振り、ジェンの言葉を肯定した。
そこでジェンは最後にもう一つ気になったことを隊長に問うことにする。
「隊長、スミカの話は裏取りしなくて良いって言ったよな? それは彼女に自分が死んだ事にする様に伝えたのと繋がってるんじゃないか?」
「……お前は偶にだけど妙に勘が冴える事があるな」
「なんだよ偶にって。そんな事はないだろ」
「(ジェンさんの勘が冴えてるならアオイちゃんはあんなに苦労しないでおじゃる)」
「ヌローワ、何か言ったか?」
「別にでおじゃるよ」
「本当か?」
「まあまあ、某の印象ではジェン殿が只者ではないというのは理解できておるよ」
「スミカ、あんまり褒めるな。コイツとコイツの相方は褒めるとすぐ調子に乗るからな」
「そうなのですね。では今の言葉は撤回しよう」
「いや、なんでだよ!」
少し場の空気が緩むが、改めて引き締め直すようにジェンが口を開く。
「とにかくだ、隊長はスミカに何があったかを知っている。それは敵の事も含めて。それで間違いないよな?」
「そうだな。あの日俺は誕生日祝いに道場に呼ばれていたんだ。でも仕事が長引いてしまい約束の時間に間に合わなかった」
「コクロー兄さまが来られなかったのは覚えています。ですがそれで何故死んだなどと?」
「そりゃあ、お前に妙な期待を持たせない為だ」
「期待?」
「ああ、スミカ。お前がジンマ一刀流の復興を考えないように、復興できるかもしれないと期待させないようにな」
「何故です!!」
前に置かれたテーブルを乗り越えんばかりの勢いで叩き、両手を付いた状態でスミカが立ち上がった。
鋭い目つきでコクローを見る彼女の瞳には憤りの色が浮かんでいる。
「ちょっと落ち着けよ、スミカ」
ジェンがスミカに言い聞かせる様に言葉を投げかける。
その言葉を聞いて、彼女も「申し訳ない」と呟くと大人しくソファに腰かけた。
「ジンマ一刀流は権力者に煙たがられてた。だからこそお前の両親は殺されたとも言えるな」
「何ですかそれは? どういう意味なんです?」
「庶民に対し剣術を教える。お前の父親は庶民たちの自衛の為になればと思い、やっていた事だ。だけど権力者から見れば違った」
「……自分たちに刃向かう可能性があると、みなされた?」
「そこで権力者に対し何らかの見返りがあれば、惨劇は起こらなかったかもしれん」
「まさか……某の家族を殺したのは……」
「あの晩、ジンマ一刀流の皆殺しを実行したのは、お前が襲撃して失敗したヴィレーで間違いない」
「裏側で糸を引いていた人物がいるという事ですか?」
再び立ち上がる様な事はなかったが、スミカは身体を前に乗り出してコクローに問いかけた。
コクローは軽く息を吐くと淡々と事実だけを口にする。
「アレームの元都市長、天空人ゾマット」
「ソイツが元凶……コクロ―兄さま、そのゾマットという人物は今どこに!?」
若干前のめりになりながらスミカが、目の前のコクロ―を問い質した。
「二年前に東の辺境の町に襲来した災害級魔獣の起こした被害、通称イータストーデの悲劇に巻き込まれて現在は消息不明だ」
そうして語られた内容は、家族を殺した全ての者に復讐を決意していたスミカにとって残酷な真実だった。