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第一章 その2 裏路地の諍い

 薄汚れた外套を纏った人物が足早に街中を歩いていく。つい今しがた裏の仕事を終えたばかりのジェンである。


 後始末が専門の仲間に任せて現場から撤収し、次の仕事の指令を受け取る為に別の仲間との合流をしなくてはならない。


 ジェンはその目的の為に足早で移動しているのだ。


 頭まですっぽりと覆われたフードで顔を隠し、人通りの多い道路から路地へと入っていく。大通りからは、ほんの数本しか道が外れていないにも拘わらず、あっという間に周囲の空気が澱み、その周辺にいる人々の目もくすんできている。


 そんな場所をさらに人の少ない路地裏へ足を運ぼうとしたその時、ジェンの目に嫌な光景が入ってきた。柄の悪い男二人が恐らく十歳にも満たない様な小さな子供に絡んでいたのだ。


 そういった光景はこの街ではさほど珍しいものでもなく、比較的どこにでもある風景の一部である。先を急いでいたジェンは、そのまま彼らの後ろを通り抜けて行こうとした。


 だがその途中でジェンは縋るような目でこちらを見るその子供と目が合ってしまったのだ。


 男たちの背後を通り過ぎて、数歩ほど歩いたところで足を止める。日常茶飯事の出来事に一々関わるなど愚の骨頂。仲間たちならきっとそう言ってジェンの行動を止めるだろう。


 だけど今、この場所には仲間は誰もおらず彼の行為を止めたりする者はいないのである。


 誰もいないのだから自分が子供を助けても文句は言われる事がない。


 そういう考えに至ったジェンは意を決して振り返ると柄の悪い男たちに向かって話しかけた。


「あーちょっと良いかアンタら」

「はあ? なんだお前?」


 突然話しかけられ、訝しげな顔になった男たちのうちの一人が返事をする。


「いや、もし見当違いなら申し訳ないんだが、何でアンタらがそんな小さな子供に絡んでるのかと思ってな? 何か被害にでもあったのか?」

「被害? いや、ソレはこれから被るんだよ」


 まだ被害が出ておらず、子供をここで捕まえた事でその被害を食い止めたという事は何かこの子がこれから犯罪を犯すのを知っていたという事なのだろうか?


 返事をしてきた男の言葉の意味が分からないので、素直に聞き返す。


「これからだって? どういう意味だ?」

「このガキはな、病気の妹の薬を買うためにここに来たんだと」

「立派な行ないじゃないか」

「何を言ってる! コイツは地下人だぞ?」

「それがどうした」

「バカを言うな! 地下人が薬を使うって事は、その薬で助かるはずだった地上人が苦しむって事だろうが!」

「そういうこった! 地下人に薬を使う権利なんざねえ! だからこのガキの薬を取り上げて病気に苦しむ地上人に格安で売ってやるのさ」

「病気の地上人が助かり、俺たちの懐も潤う。損する地上人がいない俺たちの完璧な慈善事業ってやつだ」


 理解しようとするのも無駄な、全く聞くに堪えない暴論だった。


 確かに現在のレマノヒ皇国に於いて人は三つの階級に分けられていた。それが天空人、地上人、地下人の三階級である。


 特に地下人は最底辺の存在として差別され、同じ人として扱われないというのは常識だ。


(またくだらない差別ってヤツか。こういう主張はいつ聞いても気分が悪い)


 皇国を実行支配する亜人に反旗を翻さない様に同じ国民の中で優劣をつけ、一部の地域を同じ国の人間によって統治させる。


 今現在、ジェンがいるのはそういう都市なのは理解している。


 だけどあからさまな差別と理不尽な行ないを目の当たりにし、苛立ちが募るのは偽りのない気持ちなのだ。


 一応、子供の方に何の非もないのは理解した。ならば後は自身の苛立ちを抑え込みながら、この状況を如何に穏便に済ませるかだ。何故なら今は裏の仕事帰りの途中で出来ればあまり大事にはしたくないからである。


「そうかい。だったらその薬を俺が買うよ」

「ハハッ、マジか?」

「ああ、因みに何に効く薬だ?」

「ボルゲウイルスみたいだな」


 ボルゲウイルス――確か感染した時に小さな子供ほど高熱などの症状が重くなり、大人は殆ど軽症で済むウイルスだ。治療薬もごく一般的で珍しいものではなく、その辺の薬屋で普通に買える代物である。


「そうか。それじゃあ、いくらで売ってくれるんだ?」

「へっへっへ、そうだな七百ルーンで売ってやるよ」


 それはジェンの知っている価格の倍以上の値段だった。


「それはいくら何でも高過ぎだろ」

「何言ってやがる。この辺りの薬屋じゃあ千ルーンを超えるんだぞ?」

「……なんだって?」

「ははあ、お前ヨソモンだな? 最近このディンバイでは流通が止まって物価が他より高い。それを知らんって事は……」


 男たち纏う空気と目の色が変わった。


「数日前に、この街に不法侵入した奴ってのはお前だなっ!」

「ひゃははっ、ツイてやがる! 賞金首ゲットだぜ!」


 柄の悪い二人組は子供から離れると、大声を上げ一斉に襲い掛かってきた。


 その隙をついて絡まれていた子供はその隙をついて一目散に逃げていく。走り去る子供の背中を確認し、ジェンは襲い来る二人の方に意識を向ける。


「確かにこの町には久しぶりに戻ってきたばかりなんだけど、別に不法侵入ではないんだよな」


 呆れ顔で相手を見ると一人がこちらに掴みかかって抑え込もうとしているのが分かった。


 なので先に前に出た男の方を殴り飛ばす。さらに相棒が殴られ、気を逸らしたもう一人の男に蹴りをお見舞いする。


 三分後、柄の悪い男二人組は路地の真ん中に倒れていた。


 たった一人のジェン相手に二人がかりで攻撃を掠らせる事すらできず一方的に殴り倒されたのだ。


 ジェンは身に纏った外套の埃を払ってからしゃがみ込むと二人組に話しかける。


「それじゃ薬は貰ってくぞ。そんでこれは薬代と治療費な」


 そう言って薬を取り上げると代わりに、懐から千ルーン紙幣を一枚取り出して二人組のウチの一人の顔に乗せる。


 ボコボコになった男の顔の血を糊の代用にして剥がれない様にしっかりとくっつけておいてやった。


「あっ、それと次からは一切手加減しないからな?」


 そう言い残すとジェンはサッと立ち上がり、子供が逃げていった方へと向かって走り出したのだった。


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