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第二章 その8 密談

 ジェン達が拠点としている都市はディンバイと呼ばれる、レマノヒ皇国の首都圏でも有数の商業都市である。


 公称ではざっと十万人以上が暮らすとされる大都市だが、この数字は地下人を含んでいない為、実際の人口はもっと多い。


 当然それだけの人口がいれば、多種多様な考えを持った人間たちが集まってくる事になる。


 その結果、大きな光を放つ商業都市には果てしない欲望を受け止めるだけの闇が存在していた。故に国営の組織的な警備隊はその殆どが表舞台だけにしか及んでおらず、都市警備隊ディンバイ支部の上層部は既に闇に浸食されていたりする。


 それは今、都市警備隊ディンバイ支部の建物内のとある一室にて二人の男が密談を行なわれていることでも明らかだった。


 何か得体のしれない動物の革張りのソファに偉そうに背を預けながら、四十代半ばくらいの中年男性が声を発する。


「警備隊に犯人確保を依頼してからもう既に三日以上経つのだが、未だに俺を狙った不審者を捕らえられんとは、お前たちは一体どうなっているんだ?」


 趣味の悪いギラギラの加工の施された独特な剣術用の道着を身に着けた男性は、鋭い眼光で自分の前に座っている相手を睨む。


「いやあ、面目ないですね。何分、最近は色々と物騒な事件が多いもので、貴方のおっしゃる不審者だけを優先して人員を割けないものでして」


 睨まれている男は表面上は下手に出ている様に口にする。だが彼は言葉とは裏腹に、手に持ったワインボトルを無造作に開けると、二人の間を隔てるテーブルに乗るグラスにその中身を注ぎ始めた。


 三十代半ばくらいの警備隊の隊服に身を包んだ男である。細身で優男然とした風貌から醸し出す佇まいでワインを注ぐ振る舞い方は実に様になっていた。


「まあ、一杯どうぞ。このワインは非常に上物で美味ですので」

「ふん、食えない男だ。しかしそれくらいでないと、これだけの規模の警備隊の副支部長は務まらんか」


 中年男性はワイングラスを持ち上げると室内に差し込む陽の光に照らしワインの色を確認し始める。


 副支部長と呼ばれた男は、中年男性の仕草を横目にしながら自分のグラスにワインを注いでいく。


「報告によると賊は裏通りや地下を中心に移動する事が多いらしく、それだとウチの連中は気ままに動き回れないのです」

「誰にでも良い顔をしようとするから、そういう事になるんだ」

「我々警備隊は皆さまから好かれる存在でなくてはいけませんのでね」


 副支部長はワインの色合いを確認し、香りを楽しみ、ほんの少しだけワインを口内へと含む。


 余すところなくワインを味わう様にゆっくりと飲み込んだ姿を見て、中年男性はようやく同じ様にグラスを口にした。


「疑り深いですね。別に一服盛ったりしませんよ?」

「ふん。気を悪くするな。長年の習慣だ」

「そうですか。敵が多いというのは大変そうですね」

「嫌味か?」

「いえいえ、素直な感想ですよ。なればこそ、我々も貴方の敵を減らすのに協力しようというのです」


 手に持っていたグラスをテーブルの上に置き、大仰に両手を開きながら副支部長は続けて言う。


「何せヴィレーさんの剣術は我々レマノヒ警備隊ディンバイ支部の隊員の技術向上に非常に役に立っている。緊急事態以外では銃器を使用できぬ現状、剣術は皇国民を守る警備隊に必須の技能ですからね」

「ふん。そういう事だ。俺の損失は即ちお前らの損失に繋がる事をしっかりと認識しておけ」

「ええ、ええ、肝に銘じておりますとも」


 ヴィレーは僅かに残っていたワインを一気に飲み干すと静かにグラスをテーブルに置く。


「お前が無能ではないという事を是非見せてくれ。そうすれば次期支部長への推薦を確約してやるよ、べアーク副支部長」

「ご期待に沿える様に努力します」


 べアークは軽く頭を下げる。

 するとその姿を見届けたヴィレーはソファーから立ち上がった。


「それじゃあ帰るぞ。賊を捕まえたら約束通りこちらに引き渡してくれ」

「わかりました。どうぞお気をつけて」


 同じ様に立ち上がり軽く礼をするべアークを横目にヴィレーは部屋から退出するのだった。


◇◇◇


 ヴィレーが部屋から出ると、すぐ横の壁に背を預ける様な体勢で一人の男が立っていた。

 長身でがっちりした体型の金髪の男で、左右の腰には何故か三本ずつ剣を携えている。

 少し視線を向けてからヴィレーは前を通り過ぎると、すぐ後からその男がついてきた。


「どうだい? 警備局は動いてくれそうかな?」

「ふん。多少はマシになるかもしれんが、あてにするのは無理だろう」

「所詮は役人って事さ」


 忌々し気な声で話すヴィレーに対し後ろを歩く金髪男は吐き捨てる様に言う。

 そんな男に対しヴィレーは何かを感じ取り問いかけた。


「どうした? 他に何か言いたい事がありそうだな、ウーガン」

「うん。実は報告が一つあるのさ」

「何だ?」

「追跡に出していたメンバーのうち五人がやられたってさ」

「どういう事だ? あの女はそれほどの使い手だったのか?」


 報告を聞いたヴィレーは廊下を歩く途中で足を止め、金髪男ウーガンの方へ顔を向ける。


 それを受けてウーガンは数度首を左右に振ってから答えた。


「いや、どうやら仲間がいたらしいって話さ」

「仲間だと? 奴は単独ではなかったのか……」

「新しく雇ったんじゃないかと、リソンはそう見てるみたいって、そんな感じってさ」

「……六年前に取り逃がした娘が、まさか今になって復讐しに戻ってくるとはな」


 ヴィレーは六年前の事を思い出し、苦虫を嚙み潰したような表情になる。


 襲撃の晩、秘密の抜け道から門下生の一人と娘が逃げ出していたのに気が付いたのは、ほぼ全てが終わってからの事。道場の連中が屋敷の一室に立てこもり、全員が籠城している様に見せかけられたのが原因だった。


 結局その後、道場のあった場所の近隣周辺を捜索したが逃げた二人は発見できず、更に捜索の距離を伸ばし孤児院やスラムでの聞き込みも全て徒労に終わったのである。


「ふん。まったくもって忌々しい」


 ヴィレーが心底、憎々し気な感情を込めて言葉を漏らす。

 そんな彼を諫めようとウーガンが声をかけた。


「まあまあ、それでも見つかって良かったじゃないって思うけどさ?」

「……そうだな」

「とりあえずリソンが引き続き追跡中って事だけどさ……その情報を警備隊に伝えた方が良いのかなって思うけどさ?」

「必要ない。警備隊は保険だからな。こちらで片がつくならば、それに越したことはない」


 厳しい表情で前を見据えたまま、ヴィレーは告げる。


「わかった。しっかし親父殿もさ、何か恨みがあったからこそ、その何とか流の人間を皆殺しにしたんだろ? じゃあ道場の娘がこっちを恨むのは筋違いじゃなかって思うけどさ」

「恨みだと? ふんっ、そんなものは何一つない。ただ俺が成り上がる為に頼まれて邪魔な小石を排除しただけだ」

「はあ? あれだけの殺戮がたったそれだけの理由だったってのいうか?」

「そうだ。幻滅したか?」

「いいや、逆だって。やっぱ男は成り上がってナンボだからさ。俺っちからすると親父殿は正しいって思うだけさ!」

「流石に俺の息子は優秀だな。しっかり俺から学ぶと良い」


 息子の言葉に気を良くしたヴィレーは止めていた足を再び動かし始める。


 そんな父親の後を愉悦の表情を浮かべる息子が続き、二人は都市警備隊の建物を後にしたのだった。


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