第二章 その7 空き地の乱闘
ジェンとスミカは殆ど同時に左右に分かれて、動き出した。
するとこちらに向かって来ていた男たちも即座に二手に分かれる。
一人はジェンの方へ、残りの二人はスミカの方へ対応するつもりの様だ。
ジェンは武器を持つ相手に正面から戦うのは得策ではないと判断し、向かってくる相手の側面を狙う動きを見せた。
すると男はその場で足を止め剣を構え攻撃態勢をとると、こちらの様子を窺うような目でジェンを観察し始めたのである。
一足一刀の間合いを維持しながら、即座に仕掛けてこない男を訝しんだジェンは彼に語りかけてみる事にする。
「どうした? 何で攻撃してこない?」
「別に俺たちゃあ、殺人鬼ではないんでな。抵抗しなけりゃあ命は保障してやるぜえ?」
「なるほど、助けてくれるってのか。条件は?」
「あの女の語った内容の全て、それを話せば良いんだ。簡単だろ、なあ?」
ジェンは構えを解くと軽くため息を吐いた。
男の出した条件は誰がどう聞いても非常に容易い事である。しかし、そんな話を簡単に鵜吞みにするほど平和ボケしてなどいない。
だからこそジェンは男を試すような返事をすることにした。
「それだけで良いのなら話してやるぞ」
「ほおー、随分あっさりと話す気になるんだなあ?」
「当たり前だ、つい今しがた知り合ったばかりの人間に何の義理がある」
「それはこれから我々が調べる事だぜえ。ほぉら、さっさと跪いて手を後ろに組み地面に額を擦りつけろよぉ!」
やはりジェンの予想通りだった。突然、男の態度が変わったのだ。
最初に相対した時に感じた瞳の奥で薄暗い嗜虐の色を燃やしているような、嫌な雰囲気は間違いではなかったのだ。
「心配するな。きっちりと真実を話せば、褒美にあの女が慰み者になるところを拝ませてやるからよぉ。まあ見るだけだがなあ!」
目の前の男の思わず吐き気を催しそうな宣言を聞き、ジェンの表情から急速に色が抜け落ちていく。
一方の男はそんなジェンの変化には全く気が付かずに更に大声で得意気に話し続ける。
「女の方は二度と我々に逆らおうなんて思えない様に、手足ぶった切って発狂するまでいたぶってやるぜぇええっ! 見ものだぞぉ、何もできずにのたうち回る人間の姿はよおぉ!」
黙って聞いていても気分が悪くなるだけの、悪趣味な男の妄言を聞き流し、ジェンは自分の感覚を研ぎ澄ましていく。
恐らくこの男は何らかの剣術を使用し、かなりの強者なのだろう。今までも敗北を味わうような事はほとんどなかったのではないだろうか、とジェンは推測した。
その推測は完全に的を射ている。男は自分が強者であるという驕り故に、自らの目を曇らせてしまい、眼前に立っている相手が遥かに上の強者であると気が付けなかった。
故に男はジェンの左拳に顎を砕かれ意識を失った後も、自分が敗北した事を認識出来ておらず、大きな代償負う事になったのだ。
次に彼が病院のベッドの上で目を覚ました時には怪我の後遺症により、もう二度と剣の振れない身体になっていたのだから。
◇◇◇
もう一方のスミカの方の戦況はというと、こちらは膠着状態に陥っていた。
理由はシンプル、追っ手の男たちと同じ様に隠し持っていた剣を抜いたスミカの変化によるものだ。
誰が一目で見ても分かるその洗練された構えは男たちに攻撃を仕掛ける隙を与えない。
だがそれは逆にいうと、その構えを崩し隙を作ってしまった場合には、攻撃を受けてしまう可能性があるという事でもある。
下手にスミカから仕掛けて一人を倒したとしてももう一人からの攻撃を凌げる確証がない。
そもそも彼女に一人で何人もの相手を倒せる実力があるのならば、復讐を手伝ってもらおうなどとは考えたりしないのである。
そして相対している男たちもまた迂闊にスミカに手を出せなかった。
彼らは上の人間からスミカの生け捕りを命じられているのだ。
なので彼らの立てた作戦はスミカと一緒にいた男を人質として利用する事だった。
仮に一緒にいたのが見ず知らずの人間だったとしても、こうして二人で話をしていた以上は簡単に見捨てる様な事はないだろうと、そう踏んだのである。
結局、その膠着状態が長く続くことはなかった。
ジェンがあっさりと勝利しスミカの方へと向かってきたからである。
スミカに集中していた男たちは突如自分たちに向けられた強大なプレッシャーに気持ちを乱した。
当然その隙を逃すスミカではなく、彼女の傍にいた方の男があっという間に切り伏せられる。
もう一人の男がその隙を狙いスミカを攻撃しようと動いた。
……つもりだったのだが既に手遅れだった。何故ならもう背後には強大なプレッシャーを放っているジェンがいたのだから。
最終的に男はジェンに頭部を蹴り抜かれそのまま剣を振る事なく失神したのである。
◇◇◇
その光景を出口を封鎖していた男たちも見ていた。
数の有利があったのに、あっという間に同数にされ驚愕したその男が同じく出口を守るもう一人に視線を向ける。
「へ?」
そこで見た事の意味が理解できず、思わず男が間の抜けた声を出した。
いつの間にか自分の隣に仮面を付けた人物が立っていたのだ。
さらに目を疑ったのが自分と一緒に出口を守っていた相棒がその人物の足元に倒れていた事である。
「ちょ、おまっ……ヴぇッ!」
その男もまた何が起きたか理解する前に一瞬にして意識を奪われたのだった。
◇◇◇
「大した腕前だな」
「ジェン殿の方こそ、お見逸れした」
「なるほど片刃の剣か。それならそこまで大きな怪我にはならないな」
スミカが手の持った剣を鞘に戻す姿を見ながらジェンが感想を漏らした。
ジェンの言葉通り、スミカが切り伏せた相手は血を流すことなく昏倒しているだけに見えたからである。
「復讐すべき相手以外を理由もなく殺めるつもりはない」
「そうか」
凛々しい態度のままで真っ直ぐに告げるスミカにジェンは一言だけ簡素な言葉を発する。
スミカと同じ信念を持つジェンはすんなりと彼女の言葉を飲み込んだ。
一応、倒した二人がこのまま命を落とす事はないだろう。まあ最初に殴った男は、少し力を込めてしまったので多少は後遺症が残るかもしれないが。
それよりもジェンは彼女の持っている剣に着目した。
両刃の剣が主流のレマノヒ皇国ではスミカの持つ剣は異彩を放っているからだ。
「その片刃の剣は確かどっか別の島国から伝わった技法で作られた剣なんだよな?」
「そうだ、よく知っているな。刀と呼ばれる代物でジンマ一刀流の技法はこれを元に成り立っているのだ」
「知り合いにその剣を愛用してる人がいてな。ちょっと気になった」
「なに? その人物の名は何というのか教えていただけないだろうか?」
ジェンの言葉を聞き、スミカの様子が急変した。
またしてもジェンの間合いの外から、あっという間に近づいてきたのである。
「何卒、是非、お願い申し上げる!」
スミカに腕を掴まれ、懇願されるジェンの姿は傍から見れば微笑ましく見えない事もない。
しかし結構な異臭を放つ現在のスミカに対して、当事者であるジェンは只々たじろぐだけである。
「わかったから、ちょっと落ち着いてくれ!」
どうにか困惑しながら声を上げる事だけで精一杯だった。
するといつの間にか、そんな二人の姿を冷ややかに見つめる仮面の人物がいた。
別にジェンがどこの馬の骨ともしれない女とイチャコラしても、別に全然何とも思わないと言い張るであろうアオイである。
アオイは感情を殺し二人の所まで歩いていくと冷めた声で語りかけた。
「イチャついてるとこ悪いんだけど、そんで? これからどうすんのよ?」
ワチャワチャしていた二人の動きがピタリと止まる。
ジェンがゆっくりと振り返った先に立っているアオイの方を向く。
仮面を付けたままなので彼女の表情を窺い知ることができない。
なのでジェンの方から、恐る恐る声をかける。
「えっと、何かご立腹の様子だな?」
「怒ってないけど?」
仮面を付けている所為かはたまた別の理由か、くぐもった声色で抑揚なく答えるアオイに思わず冷や汗を掻くジェンであった。