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第一章 その10 少女の暴発

「アオイ、ドミと母親を連れてここから離れろ!」

「それは良いけど、ジェンはどうするのよ!」

「俺はこの子の暴走を止める」


 そう言ってジェンは家の外に出てきた少女リミへと視線を向ける。


 翡翠の色をした瞳の幼い少女は、その中に光を見せず焦点が合っているように見えない。少しくすんで見えるエメラルドグリーンの髪がうねりながらまるで生き物の様に動いていた。


 亜人と人間の間に生まれた子供は混血と呼ばれる存在である。ジェンやアオイも混血であり、普通の人々とは違う優秀な力を宿している。だが決して全ての混血が優秀という訳ではない。


 混血に生まれた子供の凡そ七割はその能力に目覚めた時に自らの力に耐えきれず、幼くして命を落とすと言われている。


 今、ジェンの目の前にいるこの幼い少女もまた力をコントロールできずに暴走しており、その力が自らに牙を剥くのも時間の問題だった。


 それが理解できたからこそ、ジェンは少女を救うために彼女と向き合ったのだ。


 再びジェンの身体に何かが纏わりつく感覚が現れる。それにより、ようやく感覚の正体と少女の能力が何となくわかってきた。


 だからアオイたちを離れさせたのだ。何故ならジェンはこの攻撃の射程範囲は多分長くても二メートル程だと判断したからである。


 家の中は彼女の姿がなかったにもかかわらず思いきり射程範囲内だった、しかしそれは何か条件が重なるとその射程が広がるという事だろう。


 アオイが二人を連れて距離を離した途端、ジェンの体内から力が抜けていく速度が増した。


「凄い能力だな、リミちゃん」


 本心からそう思い思わず独り言ちるジェン。身体の気怠さを感じながらも、意識を集中させていく。


「ごめん。ちょっとだけ我慢してくれ……〈熱波〉」


 ジェンは自らの体内に残っている、能力の残滓を増幅する。かつてその身に受けた、他の混血者からの攻撃。その能力の残滓を。


 ジェンの身体からキメラマイマイをも一撃で屠った能力がリミへと伝わった。


 そうして数瞬の後、リミが動かなくなったのである。


 パーティー会場で使用した時ほどの威力ではないので、リミがキメラマイマイの様に消し炭になって消える様なことはない。


 そもそも本来の〈熱波〉単体の熱量など実際には大したことはなく、魔獣を僅かな時間で燃やし尽くすほどの威力にできるジェンが異常なのである。


 ジェンはリミが必要としているであろうエネルギー量を体内へと送ったつもりだ。


 何故ならジェンはこの小さな少女の能力の正体を「エネルギー吸収」と推測したからである。


 恐らく彼女は周囲の生物からエネルギーを吸収し自らの力へと変えることができる能力者だろうと。そしてそれは彼女が触れた時間が長ければ長いほどより大きく力を吸収するのではと考えた。


 母親の老化の原因は恐らくこの少女に接して、無意識のうちに生命力を吸われ続けたから。当然母親はその事実に気が付いており、それで息子のドミに対して妹の傍によるなと言い聞かせていたのだ。


 少女と同じ混血のジェンからは生命力ではなく、能力を使用する為の亜人の能力の源から発生する力を吸収しているのではないかと思われる。


 それ故に、ジェンは突然リミに力を吸収されたことで疲労感が現れたのだ。


 能力の暴走は混血者ならば誰にでも起こる可能性のある事態なのだが、解決方法が一つだけではなく、混血者一人一人の暴走の症例に合わせて様々なやり方がある。


 今回リミという少女が〈熱波〉という能力を使えるジェンと出会えたのは本当に運が良かった。エネルギーを与えて彼女の中の暴走がある程度収まれば、命が助かる可能性が高いからである。


 その為にジェンはリミに対し〈熱波〉を使用したのだ。送った熱を上手く自分の必要なエネルギーへと変換できれば全て解決するから。


 そう、その筈だった……それなのに、何故かリミの暴走は全く終わらなかったのだ。


 〈熱波〉を受けて動きを止めていたリミの翡翠色の瞳から、ポロポロと涙が溢れだした。さらにうわ言の様に、再び母を呼び始めたのである。


「お、母さん……、どこ? どこかに、行っちゃ、ヤダよ……」

「なんでだ? ちゃんと吸収できてて、力に変換してる筈だろ? それなのに何故暴走が収まらないんだ!?」


 既にリミからのジェンに対するエネルギー吸収の効果は感じられなくなっていた。だが今度は吸収したエネルギーがリミの身体から漏れ出ている雰囲気が伝わってきたのである。


 それはつまり……


「力が暴発する?」


 こんな地下で彼女が体内に吸収している力が一気に暴発すれば、あっという間に周囲もろともこの辺りは全て地面の中に埋まってしまうだろう。


 読みが外れ最悪の事態を引き起こす事になりジェンは一瞬、頭の中が真っ白になった。


 だがすぐに我に返るとリミに対して意識を集中する。諦める前に自分にまだ何かできることがあるはずだと。


 だが行動を起こそうとしたその矢先に、女性の大声が周囲に響いた。


「リミッ! お母さんはここよ!」


 それはリミの母親の出した声だった。そして母の声に反応してリミがその声の方を向いて呼びかけた。


「お、か、あ、さ、ん……」


 ジェンが倒れている彼女を確かめた時、間違いなく生きているのが不思議な程の状態だった。なのにその白髪の女性が娘に向かって駆け寄っていく姿が見える。


「ジェン! 今のうちに逃げるよ!」


 その様子を眺めているとアオイが呼びかけてくるが、ジェンはその場から動けなかった。


「しかし……」


 あの母娘を救う方法が思いつかない。


 何かをする事などできないと諦めて非情な決意を……最悪の行為を実行するしかない状況なのだ。


 リミがゆっくりと動き始め母親の方へと歩み出すのが見えた。母親も勢いを落とさず、そのまま娘の元へと走っていく。


 そしてそのまま母娘は抱き合った。


 同時にリミの身体が激しい光を発生させる。


「もう駄目だ……失敗した」

「良いから、とっとと逃げるのよバカ!」


 アオイに引きずられる形でジェンはその場から無理やり離される。


 その直後、激しく点滅しながら膨張した光は周囲を物凄い閃光で包み、周りにいた人々全てを飲み込んだのだった。


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