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第一章 その1 仮面の復讐者

 町に何軒かある肉屋の中でも評判の店、クミトニー商店。


 普段は人で賑わう店だが、生憎と本日は店の入り口の前に「休業日」の札が掲げられており周囲に人の姿はない。


 しかし何故かその肉屋の裏口の前には一人の人物の姿があった。


 薄汚れた外套を纏い、頭にはフードを被っている。更にはフードの奥から覗くその顔には仮面が装着されており表情はおろか性別すら窺えない怪しげな人物だ。


 その謎の人物は鍵がかけられている筈の扉を事も無げに開くと静かに店内へと侵入していったのである。


◇◇◇


 クミトニー商店の店主は店の地下にある熟成室で作業をしていた。


 今日は十日に一度の休業日なのだが、お得意様から受けた特別注文の品を卸す為にその準備をしているのだ。


 この肉屋は基本の牛、豚、鶏の他にも注文を受ければジビエ系の肉類、鹿や猪、兎や熊など何でもどんな動物の肉だろうと取り扱う。客の中には魔獣の肉が食べたいなどという変わった客もおり、そんな無茶な要望にも応えて実際に肉を準備するという、とても仕事熱心な店主の営む店だった。


 そんな店主が今日準備しているのは何ヶ月かに一回注文が入る非常にレアな肉である。代金さえ貰えるならば、店主は肉屋のプライドにかけて最高品質の商品を提供する為の手間を惜しまない。


 数週間前から抜かりなく作業をしてきて今は、出荷する肉の最終確認の段階なのである。


「ふむ、今回も最高の状態で出荷できそうだな。腸詰めも手足をミンチにして詰めたし、内臓も健康そのものだったから美味しく食べれるはずだ」


 自らの仕事を自賛しながら商品を出荷する為に、店主は商品をパック詰めにする作業を行なおうとして後ろへと振り返った。


 そこで初めて店主は自分以外の誰かが熟成室の中に誰かがいる事に気が付いたのだ。


 いつの間にか店主の背後に頭からフードを被り薄汚れた外套を纏った人物がそこに立っていた。


 今日は休業日で店内に自分以外の誰もいない筈なのにどうして?


 店主は一瞬だけ脳内が混乱した。


 この熟成室は店主以外は例え家族であっても立入禁止の聖域。

 何故なら、今ここにある商品は事情を知らない人間には()()()()()()()()()()()()商品だからだ。


 当然鍵はかけておいた。なのでココに他人が侵入してくるなど考えられない筈なのだが……その事実に気が付いた店主は次の瞬間、侵入者を怒鳴りつけた。


「オイ、お前っ! いったいどうやってここに入ってきた!?」


 店主は混乱した状態のままその人物へと大声で問いかけたのだ。しかし謎の侵入者は質問には答えず黙ったままで突っ立っている。


 そんな侵入者に対し業を煮やした店主が再び口を開く。


「質問に答え――」

「ここは外と違って随分と涼しいんだな」


 大声を出しかけていた店主に対しフードの人物がようやく口を開いた。もっともそれは店主の質問に答えた訳ではなく、熟成室に対する感想だったのだが……。


「……あ?」


 問いかけの意味が理解できずに店主は間の抜けた声で返事をしてしまう。相手の意図が読めず店主が益々混乱を深めたところで、続けてフードの人物が問いかけてきた。


「アンタの名前、クミトニーだよな?」


「えっ?」


 最初、店主は相手の問いかけの声が上手く聞き取れなかった。フードの人物が仮面を付けており、声がくぐもっていた所為である。


「名前だよ。アンタはクミトニーじゃないのか?」

「……そうだが、お前は誰だ?」


 つい今しがた質問を無視されたばかりの相手に対して店主クミトニーは再び問いかけた。


 すると目の前の人物はおもむろにフードを脱ぎ、付けていた仮面を外しクミトニーに対して顔を見せたのである。


 侵入者の正体は臙脂色の髪をした、精悍な顔つきの青年だった。


 クミトニーが様子を窺っていると青年はこちらの顔を見据えたまま先ほどの質問に答え始める。


「俺の名前はジェン。普段は魔獣狩りをしている」

「魔獣狩りだと? ……なるほどそういう事か。どこかで私が魔獣の肉を扱っていると聞いて売り込みにきたという訳だな?」


 魔獣狩り――国家試験を経て得られる専門の資格を持つ職業の一つ。国が運営するものと民間の運営するもの二種類が存在し、クミトニーが取引をしているのは後者だった。


 つまり目の前の人物は自分の退治した魔獣の肉を売りに来たのだと、クミトニーはそう解釈したのである。


 それと同時にクミトニーはこうも考えた。もしもこのジェンという男が別の日に訪ねて来たのであれば話を聞く事もあっただろうと。


 だが、その選択肢はもう既になかった。


 絶対に他人に見られてはいけない、この熟成室内の商品を見られてしまったのだから。


 クミトニーは自らの腰に隠し持っている肉切り包丁の位置をそっと確認する。これまで様々な食材を解体してきたクミトニーの相棒と呼ぶべき得物。きっちりとソレを確認すると、軽く息を吐く。


 そのまま笑顔を作り、自然な所作でジェンと名乗った男の傍へと歩み寄る。


「それで? どんな魔獣の肉を売りに来たのかね?」


 口調を緩め和やかな雰囲気で一歩ずつ距離を詰めていく。


 相手を油断させて一撃で頭を叩き割る。


 そう決めて少しずつ近寄っていくと、おもむろにジェンが口を開いた。


「いや別に肉を売りに来たんじゃないんだ。普段は魔獣を狩ってるのは本当だが、今日ここに来た理由は違う」

「そうかそうか、ならば場所を変えて話をしよう。ここは勝手に入っていい部屋ではないからね」


 クミトニーはジェンに後ろを向かせるように誘導する。

 そしてその誘導通りにジェンは自分から視線を外し背を向けた。


 確実に隙を見せたその瞬間を狙って、肉切り包丁を手に取った。


「さあ出口はそこだ。ここから出たら応接室まで案内をしようじゃあないか」


 ゆっくりと気づかれないように、ジェンが部屋から出た直後を狙って攻撃する為に手を振り上げていく。


(バカめ! お前も()()()だっ!!)


 クミトニーは腕に思いきり力を込めた。


 一気に相手の脳天を目掛けて振り下ろそうとした、次の瞬間だった。


 突然腕を掴まれたかと思うと、クミトニーの眼前にはジェンが迫っており、自分のことを無機質な瞳が見つめていたのである。


 全く何一つ感情の籠っていない目で自分を見ているジェンに、クミトニーは考えが全て読まれていたのだと悟った。


「案内はしてもらわなくて結構だ。別にアンタと話をするつもりはないからな……」


 淡々とした口調でジェンが語り掛けてくる。


「俺がここに来た理由だがな……。アンタが俺にやろうとした事と同じだよ」

「お前っ、一体な、にっを……っ!?」


 肉切り包丁を抑えられた手とは反対の手で口を塞がれてしまった。


「実は俺はさ、魔獣を狩る仕事以外に、もう一つ別の仕事があるんだ」

「も、もぐいごう、だお(も、もう一つ、だと?)」


 物凄い力で抑え込まれ、クミトニーは全く抵抗ができなくなった。

 その様子を見てジェンは、こちらの目を覗き込みながら冷酷に告げたのである。


「もう一つの仕事は復讐代行。アンタに商品として売られた(・・・・・・・・・)人たちの家族から頼まれたんだ。アンタを同じ目にあわせてくれってさ」


 クミトニーは目を見開き驚きの表情を浮かべた。


(どうして? 一体どうやって、その事実を知ったというんだっ!? これまで完璧に隠蔽してきたはずなのにっ!)


 より一層、力を込めて抵抗しようとするクミトニーだが、どれだけ足掻こうとも抑え込まれた身体が拘束から抜けられない。


「これより復讐を遂げる。お前はせめて祈ってろ」


 気が付けば、手に持っていた肉切り包丁を奪われていた。

 同時に熟成室の奥へと蹴り飛ばされ、クミトニーは床に倒れ込んだ。


「ひいいっ」


 怯えた声を上げ、ジェンに背を向けて逃げようとするクミトニーの耳に、背後から無慈悲な言葉が聞こえてきたのである。


「食われた後に『ごちそうさまでした』って言ってもらえる様にな」


◇◇◇


 頼まれた肉は必ず売ってくれるという、町で評判の肉屋クミトニー商店は、この日突然店主が失踪した。


 その後、彼の店は一ヶ月も経たずにあっさりと潰れたのは語るまでもない。


第一章は毎日一話ずつ投稿していきます。

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