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大変遅くなりました。
「王太子殿下様よ、当たりは付いてるのか?」
見張り塔を下り外門へと歩く途中、燃える様な赤髪の男ラグドールはからかう様に言う。
「……その呼び方、止めろよ。いつもと同じでいい」
苦々しく言葉を紡ぐのは知られていたのが後ろめたかったから。
「へいへい。で、どうなんだ?」
「方角はわかってる。後、クレイの魔道具もちゃんと作動してる」
「あ、アレね?こんな事で役に立つとは思わなかったわね」
「クレイさんの魔道具は素晴らしいです。でも現存の魔道具とは異なる新たな分野の物が多いから理解されにくいですが」
やや興奮気味に口を挟んだのは優しげな美貌の男サロン。
「そうね。クレイちゃんは天才だから。まあ、本人の自覚は皆無だけど」
妹の自慢話をするかのように慈愛をのせ同意したのは愛らしい美少女アリスンだ。
“灼熱煉獄”
この国最高のS級パーティ。
現存の冒険者パーティの中で多分世界一だろうと言われている。
だが彼等は自分達が気に入った依頼しか受けない。依頼報酬が幾ら高かろうと、依頼主が国王であろうとそれは同じだった。服従させたくとも、いざとなれば1軍隊を壊滅出来るだけの力量がある為、どの国も手出しを躊躇う。しかも大国、ガルガサス帝国の庇護を受けているとなれば尚更だ。
彼等は生国であるガルガサスに拠点を置いていた。だが拠点を置き、庇護を受けていようとも彼等はガルガサスにも服従する訳ではない。
自らの好奇心に従い、自由気儘に。
それが“灼熱煉獄”だ。
「だが解せん。何故竜が嬢ちゃんを拐うんだ?」
「そうですね。統制のとれたゴブリンや種族以外とともにいるオークも竜が従えていたとみるのが妥当でしょう」
「それに、あの竜、見た事ない大きさだったわ。討伐出来るレベルじゃないわよ」
「討伐は考えてない。クレイさえ連れ戻せれば、それでいい。……やる気はあるか?」
歩みを止めず前を向いたまま淡々と吐き出された言葉は、最後の方だけほんの少し不安が滲んでいた。
いつも尊大で勝ち気なこの男が初めて見せた弱音に驚いた三人だが、すぐにいつもの調子に戻す。自分自身よりも大切にしている人を拐われたのだ。しかも、その相手は人間ではなく最上位の魔物。不安にならない訳がない。取り乱していないのは、彼女を救う為に強靭な理性をもって己を律しているからだろう。
この男は諦めていないのだ。
人外の、桁違いの魔物から彼女を取り戻すことを。
そんな心情に気付いていないフリが出来ないほど、三人は不粋ではない。ほんの一瞬の目配せと、諾の意の小さな頷きだけで話を進める事にする。
「で、どうすんだ?」
「とりあえずはクレイの居場所まで移動する。だが……」
「心配はいらないですよ?丁度ワイバーンの調教が終わりましたからね」
「まあ、最後は調教というより力技?だったけど」
「魔物も人もおんなじさ。強い奴に従うからな」
「……全くあんた達は」
「陸路が無理でも空路なら、きっと行けますよ」
「早く行ってあげなきゃ。流石のクレイちゃんでも、竜相手じゃ強がりもそんなに保たないからね?」
「……感謝する……」
「らしくねぇぜ。あんた達には返せねえ程の大きな借りがあんだ。それに、あんた達は俺等の仲間だ。仲間を連れ戻すのに感謝なんぞいらねえだろ」
「そうよ、あんたが拐われたんなら兎も角、あの娘は妹同然なの。助けに行くのは当たり前なのよ」
「そうですね。クレイさんは私達の大事な妹分ですから、アリスンの言う通り当然のことです」
光輝は胸の奥が熱くなり込み上げるものを堪える為に奥歯を噛みしめた。
竜は魔物の中で頂点の存在。
今まで目撃はされても討伐されたことはない。
この世界の歴史において、一度もその記録はない。
しかも……今日クレイを拐った竜は目撃例とは桁違いの大きさだった。
ゴブリンの統率、オークの服從。
多分、あれは竜王だろう。
人間には竜王に対抗する術など何も無い。
対抗どころか近付く事すら出来ないかもしれない。
それだというのに、彼等はそこらのダンジョンに向かうかの様に一緒に行ってくれると言う。
命の危険すら、笑い飛ばしながら。
偶々、繋がった縁は絶望の中で希望の光を灯し、勇気と言う名の力を与えてくれる。
くれは、無事でいろよ?
こんな凄い縁を繋いだお前は生きていなきゃならない。
生きて、こいつ等に満面の笑みでありがとうを伝えなくちゃ駄目だ。
な、そうだろ?
半身をもぎ取られたかの様な胸の痛みを無理矢理抑え込み、微かに光る希望を手にする為に歩く。
生きること。
俺の望み、そしてお前の願い。
それは過去も今も同じだから。
だから、待っててくれ。
必ず、迎えに行くから。
生きるのを諦めないでくれ。
次回の投稿は7/1(木)です。