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 竜。

 ……会ってみたいです。



 「くれはお姉ちゃん!やっと会えた!」


 ……前世、今生ともに妹も弟も居ませんが?

 一体どなた様?

 いや、それよりも今は切実な問題がある。それを解決しなければ生命の危機なのだから。


 風、風が痛くて寒い!

 そして息苦しいっっ!!


 遥か下に見える景色が今いる高さを物語っている。

 これだけ高かったら酸素濃度が低く、温度は零下だろう。羽音は少ないけれど羽は凄まじい大きさだからスピードも速い。

 となれば息苦しくて、寒くて、痛いのは当然だろう。


 盾に似た保護魔法をかけたいけれど、竜王の魔法圧が大き過ぎて霧散してしまう。

 ガタガタと震え出す身体に猶予は無いと判断した私は決意する。

 

 よし、交渉しよう。


 竜王の目的や『くれはお姉ちゃん』の意味はさっぱりわからないが、敵意がある訳では無さそうだ。『くれは』と言った事から前世で関わりがあったと推測する。知り合いなら死なせようとは思わない……はず?


 「申し訳ございませんが、魔法圧を緩めて頂けませんか?」

 「魔法圧?」

 其処からかっ!


 魔法は魔力が無ければ使えない。魔力が少なくても工夫次第で強くできるけれど、魔力量の差は圧となる。魔力が多ければ多いほど少ない相手への圧となり、魔法が使いにくくなったり最悪、先程の様に霧散し無効化されてしまう。魔力量が多い高位貴族が上位に立つ(勘違い野郎もいるが)理由は其処にある。高位貴族よりも更に魔力量が多いのが王族。高位貴族が王族に逆らえないのは、そのせいもあるのだ。

 ぶっちゃけ、戦ったら負けるからね。

 王族はそれ程魔力量がある。


 そしてチートな私は現存の王族よりも魔力量は多いと思われる。

 ……思われるのに、これである。


 意図的に圧を解除して貰わない限り、私は魔法を使えないのだ。

 この生命の危機に。


 「成程〜。で、くれはお姉ちゃんは痛くて、寒くて、息苦しいんだね?」

 お姉ちゃん呼びはそのまま続行なんだ。まあ、今は其処は無視しよう。いのちだいじ!


 「ええ、そうですの。ですので圧を掛けないように意識して頂きたいのですわ」

 相手が誰だかわからない以上、クレメンティーヌ然としていなければいけない私はそう答えた。


 「…………ふぅん」

 たっぷりと間をあけて返された応えと同時に寒さと痛み、そして息苦しさが消えた。

 「これは!」

 まるで最高級の羽布団にくるまれているかのような……。

 「どう?上手く出来たでしょ?」

 「ええ、快適ですわ。有難う存じます。ですが竜王様のお手を煩わせるなど畏れ多い事ですわ。圧さえ緩めて頂けたら自分で出来ますので」

 「うん、でも無しかな?お姉ちゃんの魔力、かなり多いよね?緩めた途端、何処かに行きそうだから。ごめんね?」

 ちっ、学習能力が高い。

 そしてかなり頭の回転も早い。

 考えをすぐ気付かれた事に落胆するけれど、それは見せてはいけない。公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者である私。ポーカーフェイスは常識発動が基本なので問題ないだろう。

 「ほほほ、何を仰っているのかわかりませんわ」

 「ふふっ、そう?」


 ……なんだ、これ?

 貴族同士あるあるの狐と狸の化かし合い?

 竜と人間でもやるの?


 とにかく生命の危機は回避できた。

 なら後は……。


 「竜王様、何処に向かっておられるのですか」


 突然起こった誘拐?拉致?に此処に至るまでの道筋の特徴すら記憶にない。あの街からどの方角に向かって飛んだのかすらわからない。しかも、こんな上空からの景色では現在位置の把握は不可能である。この世界に空を飛ぶ乗り物は無いからね。


 「僕のお家」

 はい?

 竜の寝床?

 竜の寝床といえば険しい山脈に囲まれた岩だらけの場所らしいと聞いた事がある。そこに連れてかれるの?


 ちなみに大型竜の生態も解明されておらず、未だ謎だらけなのである。


 「うん!でも、きっとくれはお姉ちゃんが思ってるのとは違うと思うよ」

 「と、言いますと?」

 「くすくす、それは着いてからのお楽しみ!」


 それ以上、情報を与えるつもりはないのか、私が探る様にする質問は悉くはぐらかされ、他愛のない話しか出来なかった。


 「そろそろだよ」


 そう言うと下降しはじめ、やがて森の開けた一角に着地した。私に配慮してか攫った時とは違い全く衝撃を感じない。

 

 見渡す限りの木々。

 降り立ったこの場所以外はかなり深い森らしい。道らしきものも見当たらないところから、この森は人が足を踏み入れていない森のようだ。そんな観察をしていたら私を拘束していた力が解かれる。


 「間違っても逃げたりしないでね?此処はかなりの魔物がいるから」


 竜王の魔法圧のせいで探知魔法を展開出来ない。だけど探知出来なくても、この森は危険だと本能が告げている。竜王がいる限り、大抵の魔物は近付くことすら出来ない。それで生命の保証はされるけれど、それは枷でもある。竜王の言う通り逃げるのは止めておいた方がいいだろう。


 ふわりと私を覆う魔力。

 それは大きな体躯の竜が行使したとは思えない程、繊細で柔らかった。


 「万が一の為に保護と目印を付けたから。迷子になっても……逃げても見つけられるよ?」


 最後の台詞にぞくりとした私は両手で自分を抱きしめる。暫くは様子を見よう。竜王の言動から余程の事をしない限り、私を殺すことはないだろう。生きていれば、いつか機会はきっと訪れる。

 私は気持ちを切り替えて質問をすることにした。


 「此処が竜王様のお家ですか?」

 見渡す限り森なんですが。

 「まさか。ああ、ちょっと待ってね」


 そう言った途端起こった眩い光に私は思わず目を瞑る。

 な、何?何が起こったの?


 「ごめんね、くれはお姉ちゃん。人の目には眩しかったかな」


 その声に瞳を開けると其処には漆黒の艷やかな長い髪と濡れた様に美しい黒曜石の瞳を持つ美丈夫がいた。

 年の頃は私よりも上だろう。

 

 こ、この人は!


 驚愕に身じろぎも出来ず呆然とする私を目を細め微笑みながら見る、その姿は。


 何で忘れてたんだろう。

 竜王はボスキャラで、ボスキャラでありながらも隠れ攻略対象。

 ゲームではこの隠れ攻略対象を出すのは至難の業で、運良く出せても攻略した人はいないという恐ろしい難易度。



 そして恋金、最大、最強の麗しさを持つイケメン!

 尊い。

 何て尊いの!

 ああ、この世界にカメラが無いのが恨めしい。


 「くれはお姉ちゃん?」


 その美麗なビジュアルにそぐわないあどけない口調に私は我に返った。

 

 待って、竜王ってこんなキャラだっけ?

 私はまだ竜王を出してなかったからネット上の情報しかないけれど、確かどちらかと言えば色気のある年上の男性だったはずなのに。


 「ほら、行くよ?」

 そう言って優しく私の手を取り歩き出す竜王は、背も高く間違いなく成人男性だ。

 ……なのだが。


 「くれはお姉ちゃんと手を繋げる日がくるとは思わなかった!凄く嬉しい!」

 と、満面の笑顔で繋いだ手を揺らす様子は幼子としか思えず、混乱しすぎた私は考える事を放棄した。


 まあ、殺意は感じないし成るようになるでしょ。

 暫く一緒にいて私に出来る事をしよう。

 

 ……その間に光輝がきっと見つけてくれる。

 だから大丈夫。


 私は進む度に深くなる森に募っていく不安を胸の奥に押し込んだ。

 

 

 


 


 






 次回の投稿は6/15(火)です。

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