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遅くなりました。
入学式です。
イベント発生です。
でも……。
とうとう、この日がやって来た。
そう、今日は学園の入学式だ。
この恋金そっくりな世界は中世ヨーロッパ風。
だけど何故か桜がある。
何なら紅葉もある。
まあ、私としては馴染みのある好きな植物があるのは嬉しい。
嬉しいけれど。
……設定、雑すぎない?
兎にも角にも入学式の学園は門をくぐった瞬間から桜吹雪だった。
「何故一人で先に来たの」
振り返らずともわかる声の主は周囲に人がいる為、王太子殿下仕様だ。
「ひっそりと入学式に浸ろうかと思いまして。ですがもう無理みたいですわね」
国中の憧れの君が側にいるとなると騒がしいことこの上ないのは必至。此処は恋金そのものではないとわかっていても、恋金を愛してやまない私としては舞台の幕開けである学園の入学式を密かに堪能したかったのだ。
桜吹雪でけぶる景色から始まるストーリー。
その中を期待と希望に満ち溢れたヒロインが歩いていく。
その光景は何度クリアしても変わることはない。
プレーヤーの私もヒロインの気持ちと同じく心地良い興奮に身を委ね、何をしようかと心躍らせたから。
……けど台無しである。
初っ端に出鼻を挫かれてしまった。
「君がひっそりと存在出来ると思っているの?」
「殿下がおいでにならなければ可能でしたわ」
笑いを含んだ問い掛けに少々憮然としながら答える。
「う〜ん。君は賢いけれど、自分の事は正しく理解出来ていないんだね」
「どういう事ですの?仰っている意味がわかりませんわ。回りくどい言い方をなさらないで下さいまし」
そう言って声の主であるヴィーの方を仰ぎ見ると、入学式に相応しい晴れ渡った青い空をバックに陽の光を受けて、いつもよりキラキラと輝く金の髪と鳩が豆鉄砲を食ったようなキョトンとした金の瞳に出会った。
むぅ〜。女性よりも美しいのはいただけないのでは?
「何か方向違いの事を考えていそうだけれど、まあいいよ。それより我が愛しの婚約者殿は自分の存在が他者にどう映っているのか全くわかっていないみたいだね」
「わたくしなど殿下の存在に比べたら、そこいらにある小石と変わりませんわ」
ヴィーこそ容姿だけでも眩しい位に綺羅綺羅しいってわかってないのではないだろうか。それに加え、頭脳明晰で剣技、体技、魔法に秀でて性格も良く、しかも地位はこの国で陛下の次ときたら、そりゃあ誰も彼もが群がるでしょう。そんな存在と比べるまでもない。
「う〜ん、これは重症だね。まあ、誰が君を狙おうとも蹴散らすだけだから問題ないと言えば問題ないのだけれど」
「はぁ」
要領を得ない会話に疲れた私は気の抜けた返事を返してしまう。
「まあ、わからなくてもいいか。常に私が側にいれば何の問題も無いから」
舞い散る桜の花びらの中、そんな呑気な会話をしながら校舎へと歩く。
気が付かない内に繋がれていた手が私の歩みを優しく促していた。
穏やかで心地良い時間。
この時、前世では得られなかった甘酸っぱい気持ちと幸せに浸っていた私はすっかり忘れていた。
此処は恋金と似て非なる世界ではあるけれど、やっぱりベースは恋金であると言う事を。
イベントは入学式から始まるのだ。
そして……。
今日はその入学式だった。
◇◇◇◇◇◇
「きゃあ!」
突然聞こえた甲高い声の方を見た私は啞然とした。
プレザント伯爵令嬢こと菜月ちゃん(光輝は文句を言っていたが、この呼び方に落ち着いた)が見事に転けていた。
私達の進行方向で。
それは、ほわほわと幸せに包まれて脳内がお花畑になっていたのを現実に引き戻すのには充分すぎる出来事だった。
「アマリア様っ」
私はヴィーの手を振りほどき菜月ちゃんに駆け寄る。
「クレメンティーヌ様……」
羞恥と痛みのせいで涙目になったヒロインは悶える程に愛らしい。ああ、可愛いすぎるっ!
「ああ、お可哀そうに。大丈夫ですか?」
声を掛け、手を引き、立たせて制服の汚れを払う。ああ、やっぱり膝を擦りむいてしまってる。怪我など無縁の美しい白い膝に血が滲んでいた。
「あ、あ、申し訳ありません!クレメンティーヌ様に膝をつかせて、しかも汚れを払わせるなんて」
「そんな事はどうでも良くてよ。それより、膝を怪我しているわ。さあ、行くわよ」
「へ?えっ?何処に行くのですか?」
「何を仰っていますの?保健室に決まっていますわ」
「で、でも入学式が始まってしまいます。これ位平気ですから……」
「駄目ですわ!痕が残ったらどうしますの!さあ、行きますわよ。あっ、歩くのが辛いのでしたら抱いて行きますわよ。どうします?」
「ふ、ふぇっ、へ?だ、抱く?」
「ええ、貴女位抱いて運ぶのくらい造作も無い事ですわ。良ければそうします?」
様々な能力をカンストに近い位上げているクレメンティーヌにとって小柄な少女を運ぶのなど何て事はない。多分ヴィーでも楽勝なはず。
「くれはちゃん(光輝からかなりの反発を受けてもこの呼び方を譲らなかった)が私を抱く……」
小声ではあるけれど浮かされた様に呟いた内容にぎょっとした私は早急にこの場を去るべく彼女を抱き上げた。
きゃあああ〜!!!
途端に上がった黄色い声に驚いた私は足早にその場から移動する。事前に校内の配置も頭に叩き込んでいる為、迷う事なく保健室を目指し歩く。
ああ、驚いた!女のコの黄色い声は久しぶりで焦ってしまった。腕の中の菜月ちゃんは頬を上気させぼーっとしている。どうしたんだろう?良くわからないけれど、とにかく菜月ちゃんを保健室に運ぼう。そう思った時、背後から鋭い声が掛かった。
「クレイ」
不機嫌MAXの声の主は言わずもがなの御方である。な、何事?何でこんなに不機嫌になったの?
「はい、殿下。如何なさいましたか?」
背筋に悪寒を感じながらも歩みを止め、振り返る。
「まず、そいつを降ろせ。抱いていかなければならない程の怪我じゃない」
王太子殿下の仮面を被れない程、怒ってる。いや本当に何でよ。でもこういう時の光輝に逆らってはいけない。前世の経験則だが間違いないだろう。怪我に響かないように、そおっと菜月ちゃんを降ろした。
「それでいい。プレザント伯爵令嬢、クレイの手を煩わせるのであれば今までの話は無かった事にするぞ」
苛立ちと怒りを含んだ言葉と共に、抑えきれなかったらしい冷気が溢れ出ている。
「男の方の嫉妬は女性よりも強いと聞いてはいましたが、こんな風に目の当たりにするとは思いませんでしたわ」
先程まで頬を赤らめ、ぷるぷると身を震わせながら私の腕の中にいた少女とは別人の様に、挑発的に言葉を返す菜月ちゃん。
「はっ、それ程に元気ならクレイに抱いて歩かせる必要は無かったであろう。嘘をついてまでクレイを独占するか」
「わたくし嘘など申しておりません。クレメンティーヌ様はお優しい方ですから」
「その優しさに付け込んだんだな」
「そんな事する訳がありません。ただ動揺して釈明出来なかっただけですわ」
「ほう?クレイに抱き上げさせているのをそのままにしてか?」
「そ、それは……」
「クレイの労力を浪費させてまで己の欲求を通すと?」
「それは違います!本当に男性の嫉妬って醜いわ」
「な、何だと!」
子供みたいにああでもない、こうでもないと言い合う二人。
四人で居るようになってから頻繁に見る事になったこの光景だけど、ある意味二人は仲が良いのかもしれない。疎外感を感じ二人を見ると、二人も此方を見ていた。
「「断じてクレイ(クレメンティーヌ様)が思っている事は違う!!」」
「……息ぴったりに言われても」
言い争うのを止めて、両側から二人が懸命に弁解する。
へへっ、本当はわかってるけれど、ちょっと嬉しいからもう少しだけ拗ねた振りしてよう。
でも冷静に考えたら入学式で攻略対象である王太子の前でヒロインが派手に転け、それを保健室に運ぶ事から王太子ルートが開放される。恋金の世界ではないけれどイベント的なものは起こる?なら、これからの学園生活はどうなるのだろう。
幸せと不安がないまぜになったまま入学式を終えたのだった。
次回の投稿は4/30(金)です。




