55
優視点はこれで終わりです。
お疲れ様でした。
「何故もっと早くに言わなんだ」
好々爺とした対外的な仮面を外した祖父、神田一族の長である神田慈恵は顔に苦々しさをのせてこぼした。
神田慈恵。
歳をとって尚、放たれる威厳は一族の者を平伏させるだけのものを持ち、纏う気は清々しく邪心を持っている者には耐えられない。私からしたら何故祖父が依代になれなかったのか全くわからない位に心身共に清廉潔白な人物だ。
「それは……」
「優よ、お前は多くのの勘違いをしておる」
返す言葉もない。
大神様(なんでも良いと言うのでこうなった)と出会ってから一年、成長するにつれわかった神田一族の意図は私の推測通りのものもあれば、そうでないものもあった。特に今目の前で溜息をこぼす祖父の意図は全くもって違っていた。
祖父が考える一族の役割はあくまで神々の補助。人に恩恵を与えようとする神々と人の架け橋的なもの。神々は人の世で実体化出来ず、その言葉を伝えることも出来ないから。神をその身に降ろし、その御言葉を伝える手伝いをする。一生を神に捧げて生きる必要も無いし、むしろ欲求を抑えすぎては心身ともに良くないと考えているのだそうだ。
あるがままに、自然体で。
祖父や多くの一族はそう考えているのだった。私が危惧した妄執的に神を崇拝する者もいない訳ではないけれど。
「神田一族全ての物が儂と同じ考えだとは思わぬ。だが殆どの者は儂と同じか、それに近い考えであろう。だからと言って優の懸念もあながち間違いではない。でもな、優。お前はまだまだ子供だ。出来る事にも限りがある。くれはちゃんを守る為にも信頼できる大人に相談すべきじゃった」
「申し訳ありません」
「謝れと言っておるのではない。お前も守られるべき子供なんじゃ。それなのに、よう一年も守り通したものよ」
最後の方は苦笑気味に言った祖父は呆れたように言った。
「しかも大神様の降臨まで隠し通すとはのう。大神様の助けがあったとしても、よくもまあ今まで一族誰一人として気付かせなんだとは。ある意味凄いことじゃな」
何で誇らしげなのかは意味不明だが、どうやら怒っているわけではないらしい。
「で、大神様は優とくれはちゃんに加護を与えたと?」
「はい。ですので、それまでくれはに執着していた他の神々はぴたりと大人しくなりました」
「……神々にここまで尊大な依代は神田一族、いや世界中を探してもおるまいて。まあ、よい。そして大神様には何か事情がありそうじゃが、それは教えて貰えないんじゃな」
そう、あれから一年も経つのに大神様は何も教えてくれない。ただ時々(五日に一度はやってくるのに、大神様は時々だと主張する)私達と同じ歳位の少年の姿で遊ぶだけだ。遊ぶと言っても、くれはに付き合っている感は否めないけれど。
「はい、時々降臨され、何故か私とくれはの話を聞き、くれはの遊びに付き合っています」
……稀にだけど物凄く瞳を輝かせて楽しそうに遊んでいるのは神様の沽券に関わりそうなので黙っておこう。
「まあ、なんと。大神様が子供の姿で現し世におられるとは。現存する一族の史実は全て読んだがそんな事は初めてじゃ。依代を必要とせず、古いとは言え、他の神が作った結界を作り変え、一言で他の神々を黙らせてしまうなど……まさか!」
「おじい様は大神様が何の神様かおわかりなのですか?」
「う〜ん、多分。じゃが、大神様は『今ではない』と仰ったのじゃろう?大神様がそう仰るのであれば教える事は出来んな」
大人は狡い……。
「ははっ、そんな顔をするでない。いずれ時が来ればわかるのであろう。それよりも優よ、頼みがあるんじゃが」
「頼み、ですか?」
何だか嫌な予感がする。
「大神様にお会いする時、儂も連れて行ってくれんか」
ああ、やっぱり。大神様だけでも手一杯なのに、おじい様までなんて!あっ、そうだ!
「大神様にお聞きしてみます」
うん、大神様に断って貰おう!
「それもそうじゃな。大神様の許可なくば社にも入れないからな」
「大神様におきしてから、またお返事しますね!」
神様は私の味方ではないらしい。
「ほっほっほっ、大神様は儂の爺様をご存知でしたか」
「ええ、あの子は神田一族の中でも一際変わった子だったね」
「確かに御婆様から聞いた話ですと、村一番の悪戯っ子だったとか」
「そうそう。社のお供え物は食べるし、神木を折って剣に見立てて柱を叩いたり。沢山の神々から愛でられていたね」
ま、待って。それって大丈夫なの?
「ほう!それは初耳ですな、爺様らしい!」
お、おじい様も楽しそうに聞いてるけど神罰が下るレベルの悪戯だと思うんだけど!
「そうですね、自由奔放で天真爛漫。明るいあの子の笑顔は神々にも笑顔を与えてくれました」
……もう、考えるのは止めよう。神様達の基準が全くわからない。
「優くん?」
隣でしゃがんで紅葉を拾っていたくれはに呼び掛けられ、遠耳の術を解く。大神様とおじい様は此処から少し離れた社の近くに居て普通だと声は聞こえない。だけど大神様から力を与えられた私は普通の人にはない能力を持った。この遠く離れた所の音を拾う『遠耳』もその一つだ。
「ごめんね、どうかした?」
怪訝そうにしていたくれはに笑い掛けると、花が咲くように顔を綻ばせる。
「綺麗な紅葉を沢山持って帰りたいから手伝ってほしいの」
「わかった。くれはが持てない位集めよう」
「わあ、嬉しい!くれは、紅葉の天ぷら食べてみたかったの」
……まさかの食用。
「くれは、天ぷらにするなら、拾ったのじゃなくて木から取らないと」
「えっ、洗ったら大丈夫よ。野菜だって洗うまで土だらけだもの」
顔に似合わず豪快なところがあるくれはに苦笑いする。すると、いきなり強い風が吹いた。その風は木から紅葉を落とす。私とくれはに紅葉が降り注いだ。
「わあ!優くん、見て見て!赤いお星さまがいっぱい落ちて来る!」
興奮し頬を染めたくれはに促され見上げたら、空すら見えない位に真っ赤な紅葉が舞うように落ちて来ていた。いつまでもこんな穏やかで美しい日々が続けば良い。その為なら、私はどんな事でもしよう。
そう決意したのに。
私は無力だった。
神々に愛されし娘は、その事を知らず時を過ごし、呆気なくその生涯を閉じた。
だけど、彼女の物語は其処から始まる。
この異世界で。
沢山の事柄が絡み合った結末からの始まり。
全ては前の世界で一度終焉を迎えたのだ。
ならば、君を想い、想うが故に自らの心を封印した私もこの知らない新しい世界で始めていいだろうか?
くれは。
君への想いを解き放っていいだろうか。
もう、二度と後悔はしたくないから。
次回の投稿は4/8(木)です。
★お詫び★
本日投稿予定でしたが、データが全て消えてしまいました(泣)
何とか復旧できないかと頑張ってみましたがどうにもならず、報告が遅くなりました。
恋金に関する全てのデータが失われた為、記憶に残っているものを繋ぎ合わせながら書かなければならず、自分で書いたものを読み直しながらの作業となるのでかなりの時間が必要となります。
ですので、次話投稿は一週間後くらいになる予定です。
本当に申し訳ありません。
このままお話を止めたりはしませんので、楽しみにして下さったり、暇つぶしにして下さったりしている方には今暫くお時間を頂けたらと思います。
頑張りますので少々お待ち下さい。
十六夜