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優視点がもう少し続きます。
「きれい……くれはとお友だちになってくれる?」
くれはは私の顔をまじまじと見つめそう言った。
確かに神田家は美しい顔を持つ人間が多い。私も客観的に見て整っている方だと思う。だけど、今目の前で大きな瞳を輝かせるこの少女より美しいとは思えない。
透き通る様な白い肌、艶々と輝く黒い髪。何より印象的なのは大きく生気に満ち溢れた輝く瞳。極めて愛らしい容姿だが、それよりも彼女から発する輝きは辺りを照らす程に強く美しく、眩しいくらいだった。
神田家のものは人に見えざるものを見る。その人のオーラのようなもの。それは十人十色で様々な色がある。だけどここまで光り輝いているのを見るのは初めてだった。
生気、とも言えるその輝きはその人物の善悪とは全く関係がない。元々人間は善悪を合わせ持つ矛盾した生き物だ。それに人間が言う善悪と神々が考える善悪は全く違うものだ。だから人間界で悪人と称される者を殊更気に入る時もあるし、慈悲深いとされる者を遠ざける事もある。その基準は私達人間には理解出来ないだろうし、理解したところでそれが人間界で通じるとも思えない。だけど神の依代となる私達は、神々が忌む人々を側に置く訳にはいかない。故に神々は私達にそれがわかる様に力を与えた。
それがこの力だ。
物心ついた時から見えていた人が纏う輝き。それは一族の血を引く者全てに与えられた力だったので一族以外の人に会うまで普通は見えないと知らなかった。神が私に降りた事で予定よりも随分早く外部の人間と接触した時はかなり驚いた。だが私は人より大人びていたらしく、この力の事を一族以外に漏らしてはいけないのだと理解した。そして出会う人々の輝きを観察し始めた。
一族の大人達は言った。
輝きを持つ者を側に置きなさい、と。
そして一際強く輝く者を見つけたら教えなさい、とも。
くれはは一族の中にも居ない位の輝きを放っていた。
本来ならすぐに一族の大人達に知らせなければならなかった。だけど私は誰にも言わなかった。本能的にわかっていたのだ。神の稚児として捧げられると。
神々は気まぐれだ。
慈悲深く、優しいだけではない。神々の基準で可愛がられることが人にとって幸せか否かは私にはわからない。神々を盲目的に崇拝する神田家の一族にとっては名誉な事でも、普通の人達にとってはそうではない可能性の方が高い。
……だって一族の私がそうなのだから。
だから私は誰にもくれはの事を言わなかった。
好奇心に満ち期待と希望が溢れる、この太陽の様な少女を一族に隠そうと決めたのだ。幸いにも私程力のある者は一族におらず、輝きの強弱を見極められない。幼く愚かな私はそう思ったのだ。
そう。愚か極まりない。
確かに一族は騙せた。だが一番警戒すべきは一族ではない。一番隠さなければならない相手は、どんなに私が抗おうと意味の無い相手だったのだから。
人が神々を騙せるはずがないのだから。
くれはを気に入った神々が頻繁に私に降り勝手なことを言う。だが不思議なことに神々は自分達で手元に置くことが出来ないらしい。何とか知恵を巡らして躱すのも限界になった時、それまでの神々とは比べものにならない程、強大な神が現れたのだ。だが、その神は私の身体に降りず眩い光となり現れた。
『愛し子を困らせるのを止めなさい』
私の身体に降りていた神が酷くこの光の神を恐れているのが伝わってくる。
『この子が必死になって守っているのがわかっているだろうに詮無いことを。この子の心を壊したいのですか?』
『滅相もないことです』
『この子と、この子が守る少女に一切の手出しを禁じます。この二人は私の庇護下に入ります。わかりましたか?』
『畏まりました』
降りて来ていた神が慌てる様に去る。私は身体中の力が抜け倒れそうになった。その時、温かく柔らかな何かに包まれた。
『本当に困った子達です。君には負担をかけてしまいました。代わって謝罪します』
力が入らない身体が震える程の畏怖。
この神は今までの神々とは桁違いの強い神。だが今までの神々よりも安心できた。
『この世に私達と対話出来、私達を降ろせる者が現れたのは久しぶりで加減を忘れているみたいです。後で叱っておきますから、許して下さいね』
返事をしたいのに、くっついたように喉の奥が開かず声を出せない。
『ふふっ、声に出さなくても大丈夫ですよ。思ったことは全て伝わりますから』
そうなんだ。神様ありがとうございます。
『いいえ。あの子達も悪気があってしたことではありませんが、幼い君には大きな負担となったでしょう。それにくれはと言いましたか、彼女は神々を惹きつけます。ですが安心して下さい。私の庇護下となりましたので余程の事が無い限り手出しは出来なくなりましたから』
本当に?くれは、大丈夫ですか?
『ええ、私は嘘はつけません。本当にあの少女が大切なのですね』
はい!私には無いものを沢山持っている子です。私の分まで色々なことをして欲しいのです。
『……神田の一族の在り方が悪いと言いませんが、君の様な幼子に此処まで枷をつけるのはいけません。君だって、したい事をし、行きたい所に行って良いのですよ。私が話をしましょうか?』
いいえ、大丈夫です。私はくれはが守れればそれで良いのです。それに……一族の在り方を否定してしまえば皆は生きる支えを失ってしまいます。私が大人になり当主になって、少しずつ変えていきます。
『稀なる力を持つ故の聡明さが仇となるなんて。ですが君は私の庇護下となりました。これからは困った時、私を呼びなさい。出来ることはしてあげましょう』
……嬉しいけれど、いいのかな。
『勿論です。もう今頃他の神々にも伝わっていますから。遠慮なく呼んで大丈夫ですよ』
こんな凄い神様を降ろせるのかな。
『後で力も増幅させますが、私を降ろすことは難しいでしょうね。しかし身体に降ろさずとも今此処にいるでしょう?』
えっ?この神様は依代がいらない?
『まあ、細かいことはいずれわかるでしょう。私を呼ぶ時は私を思い浮かべるだけで大丈夫ですからね』
そんな簡単にこんな凄い神様を呼び出していいのかな?
『ふふっ、私も人間界に降りるのは久しぶりですし楽しみにしています。くれはとも会ってみたいですし』
えっ?この神様も……?
『ああ、勘違いしないで下さいね。何もしませんよ。ですが彼女も私の庇護下に入りましたし、ね?』
あっ、そうだった。はい、今度くれはに聞いてみます。
『ええ、彼女が私に会いたいと思ってくれたら嬉しいのですが』
穏やかで物腰の柔らかい、優しい神様。
この神様がこの世界に来てまでも関わることになるとは、この時全く知る由もなかったのだ。
次回の投稿は3/30(火)です。