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遅くなりました!
アノ人が出て来れませんでした!
ごめんなさい!
やっぱり優もここに来てたんだ!
一番に思ったのはそれだった。
バスには他の人も乗っていたのに、薄情な私は私の大事な人達がどうなったのしか考えられなかった。あの事故の時、同じバスに乗っていたのは幼馴染では光輝と優だけだった。それ以外の二人は違うバスだったはず。たから、ヴィーの中の人は誰なのか考えた時、光輝か優か迷った。少なくとも、それ以外のクラスメイトにはそつなく誰にも悟られずに王太子の業務を出来る人なんていなかったから。
神田優。
知る人ぞ知る神社の神主を代々務めてきた一族の直系。その信者は各界にいて神託を聞きに来る人が絶えない。神託は望んでも得られるものではなく、おりてきた神託に選ばれし者にのみ与えられる……らしい。実際のところ、一般の人達にはただの古い神社として知られているだけで、私もよくわからない。ただ、優の家に遊びに行った後は身も心も軽くなるのは幼馴染全員一致の感想だ。
本人は柔和な物腰と中性的な容貌で常に微笑んでいる為、老若男女が寄ってくる。見た目は光輝の様な男性らしいところは皆無だけど、実は結構キレやすい。微笑みをたたえたまま周囲の温度を一気に下げる時は要注意だ。そこらの女性よりも艶やかな容姿でにこやかに毒を吐く様は何よりも恐ろしい。本人も短気である自覚がある為、にこやかなのに人を寄せ付けないという矛盾丸出しの奇怪な現象を作り出す。寄ってきたのに何故かはじかれてしまう人達はいつも不思議そうにしてるけれど、それが優が自らしているなんて思ってもいないだろう。
だけど本来の性分は世話好きで優しい。特に自分のテリトリーにいれたものは、兎にも角にも可愛がり世話を焼く。その様は『溺愛』が一番しっくりくる。だけど、殆どが動物で人は……多分弟妹と私だけだろう。
そう、私は常に優の庇護下にいた。
食べることから身だしなみまで、あらゆる方面でお世話されてきた。ケーキのクリームを拭かれ、洋服の皺を直され、髪の毛をアレンジされ……甘やかされまくってきた。優が男男してないこともあり、お姉ちゃん感覚でされるがままになってきた。私は兄弟がいなかったから、そうやって世話をされるのが嬉しかったのもある。
だけど、あの時から私は幼馴染達と距離を置いた。
勿論、優とも。
優は、優はきっと誰よりも聞きたかったと思う。
私に何が起き、どうして離れるという結論に至ったのかを。
目をかけ、天塩にかけて(?)世話した妹分なのだから。
私も男性として好きなのは光輝だけど、一番近くにいて安心するのは優だ。だから訳も言わず離れるのはとても辛かった。でも、光輝を筆頭に幼馴染達は私に対して過保護すぎる。それに彼等は力がありすぎる。自身が持つ力と彼等の家が持つ力。どちらも常識の範囲を大きくはみ出している。私が迂闊な事を言えば相手やその家族がどうなるかわからなかった為、何も言う事が出来なかった。彼等が示す態度、零す言葉の影響力は本人達が思うより大きい。間違った忖度をし、いらぬ事をする人間もいるのだ。だから、私は誰にも何も言わなかった。
子供の中で起こる問題くらい自分で解決出来なければ、彼等と一緒にいる資格すらない。なら、一緒にいられるように強くなるべきだと私は思ったのだ。
だけど彼等は私を甘やかす。
些細な傷さえ作らない様に。
それは嬉しいけれど、悲しかった。
だから私は自分でどこまでやれるか知りたくなった。
それを話して駄目だと言われるのはわかりきっていた。だから、強行策に出た。
戸惑っていた他の三人とは違い、優は何も言わなかった。ただ、綺麗なその切れ長の瞳に悲しみと諦めをのせ、私を見ていた。
姉のように思っていた優が側にいないのは寂しく、優にだけは全部話そうか悩んだ。でも結局言えなかった。
何故なら、優が私を虐めていた女のコ達と急に仲良くなったから。その子達は光輝でも幼馴染達でも良かったらしく、とても嬉しそうだった。きっと彼女達は知らない。優が殆ど知らない人達と急に仲良くなることなんて有り得ないと。それは確実に恐ろしい前触れなのだと。
慌てた私は放課後優の家に行った。
「くれは、突然どうしたの?」
いつもの優。優しい優しい姉の様な優。
でも、今までと違う濁りが優の瞳に宿ってる。
「優、何もしないで。そんな嫌な事しないで」
「何言ってるの?」
「優、優の瞳が濁るような事、しちゃ駄目だよ?優の瞳はいつだって、私を、私達を癒やしてくれる大切なものなんだから」
「……僕の瞳なんて、どうでもいいよ」
「良くないっ!良くないよっ!お願いだからやめて!」
「黙ってろって?くれはは奇跡的に良くなったけれど、あのままの可能性の方が高かったんだ!くれはをそこまで追い込んだアイツ等を野放しにしろって?」
「優は何もしないで」
「くれはっ!」
「あの子達に仕返しする権利は私だけのものだよ?優には無い」
「っっ、だけどっ!」
「優、優落ち着いて。優が怒ると駄目だってじじが言ってたでしょ?ほら、このコたちも怯えてる」
私達の周りにいる犬や猫が地べたに伏せ、しっぽを隠し震えている。それでも此処から、優の側から逃げないのはそれだけ優が好きだからだろう。
出会って暫くしてから優には普通の子にはない何かを持ってると気付いた。この科学が進歩した時代には不似合いな非科学的な力。優の感情の揺れが周りに作用する。それは日により度合いも事柄も違う為、対処しづらい。だから優の祖父のじじは優に感情の制御を教えた。微笑みの仮面を被り、心を凪ぐこと。幼い頃は上手くいかず風が吹いたり雨が降ったりした。何とか上手く出来る様になってきたところだったのに。
「優、私、強くなる。誰にもやられないくらい強くなるから。お願いだから、今までの優でいて!」
「っっ、だったら、僕のこの怒りはどうしたらいいの?お腹の中で熱く渦巻くこの怒りをどうしろと?」
「優、私が好き?私は優が好きだよ」
「っは?すっ、好き?」
「うん、優も皆も大好きだよ。優は?」
「ああ、そういう意味ね。うん、くれはを好きだよ」
「ふふっ、ありがとう。だったら私の為に、我慢してくれないかな?」
「……くれは、それは狡いよ」
「うん、狡いね。でも、私そういう狡さも覚えるよ。もっともっと色んな事を知って、自分で受け止める。誰も転ばずに生きていける人はいないよ。優の、皆の気持ちは嬉しいけれど、何処まで出来るかやってみたい」
「くれは……」
「でも、皆には内緒にしてね。そして優、お願いだから何もしないで」
「わかったよ。でも一つだけ約束して欲しい」
「うん、何?」
「もう駄目だって、思ったら必ず言うこと。あの時みたいになる前に」
「ははっ、もちろん。もうあんな事にはならないから」
もう二度と、大好きで大切な人達を悲しませたりはしない。
そうやって約束してから濁りは無くなったけれど、悲しみと諦めを瞳にのせるようになった優。
キリア様の中が優なら、此処なら、また綺麗な瞳に戻ってくれるかな?
本当に優なら。
また会えて嬉しいよ、優。
次回の投稿は3/11(木)です。