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幼馴染は後二人います。
いつもの日常。
朝目覚めて扉を開ければ、ほかほかの朝食ののったテーブル。近くのソファーからこちらへと歩いてくる光輝にさも当然の様にエスコートされ席に着く。私の正面に座りきらきらしい笑顔で私を見る光輝。うん、エフェクト発動中だね。だけど私は騙されない。このきらきらが飛びまくる笑顔は優しさによるものではない。そう、これは威圧なのだ。
そして……私の前にある食事はこのきらきらの威圧によって、お残しは許されないのである。
「おはよう、クレイ。今朝も降臨された女神の如く美しいね。その美しさを損なわない為に、我が宮の料理人達が丹精込めて作った料理を頂くとしよう」
「おはようございます、殿下。わたくしなどより麗しいお方に美しいと褒められても、ほほほ。……ええ、王太子宮の料理長を筆頭に毎日心を込めて作って下さる料理を頂きましょう」
美味しいの、すご〜く美味しいんだよ。流石お城の料理人だけあって、見栄えも味も申し分ない。しかも、私の好みを多分フォレスター公爵家の料理人より把握してる。それに飽きが来ないように食材も惜しみなく使われてる。だから食べないなんて勿体ないのは重々承知だ。
だけどね、量が、量がね?
流石、光輝。私の食べれる量ぎりぎりを申し付けてる。……そう、ぎりぎりなのだ。それ以上食べれば気分が悪くなる、そのラインぎりぎり。
普通の15歳女子が食べる量にしたらかなり少ない。品数は多いけれど一品一品は一口ずつしかない。一品の量を減らし、品数を増やす事で多くの栄養素を摂取出来るように考えられているのもわかっている。
だけど、今までのクレメンティーヌは必要最低限の食事しかしてこなかった。クレメンティーヌにとって食事は生命を維持する為のものだったから。唯一好んだ甘い物は体型維持の為、食べられなかったし。
つまり何が言いたいかと言うと、クレメンティーヌの身体は食事を受け付けないのだ。
私としては食べたい。眼の前に並べられた彩り鮮やかな美味しそうな料理を。前世の私からしたら全然余裕な量だし。だけど、いざ食べようとすると身体が拒否反応を示すのだ。……心と体がバラバラって、こういう状態だって実感した。
「殿下、わたくしとて頑張っております。ですから、その笑顔を止めて下さいませ。食べられるものも食べられなくなりそうですわ」
「私の笑顔に問題が?」
「……わかっておられるのに、これ以上説明が必要でしょうか?」
ヴィーが光輝だとわかってから、若干物言いがきつくなったかもという自覚はあるけれど、この男は自身が持つ全てを最大限利用するので致し方ない。
つん、とそっぽを向くと、くっくっと喉の奥で笑う声が聞こえた。
「わかった、降参だ。クレイが努力してるのも理解しているよ。食事に頑張って、もおかしいけれどクレイの場合、頑張らないと完食出来ないからね」
そう言って胡散臭い笑顔をやめた光輝にほっとしながら、食事をする。
うん、このドレッシング美味しい。前世を含めて今まで食べたことの無い味だ。本当に王太子宮の料理人達は素晴らしい。なんてことを、もぐもぐしながら考えていた私に光輝が話しだした。
すっごく嫌そうな顔をして。
「今日の午後、訪問客がある」
光輝はヴィーとして王太子の仕事を日々こなしている。15歳とはいえ、一国の王太子。その仕事は多岐にわたり大人顔負けの量がある。仕事の一環で訪問客が来るのも珍しい事ではない。一体全体、何故こうも嫌そうな顔で私に報告するのだろう?
私の疑問が顔に出ていたのか、苦笑まじりに続ける。
「常の訪問なら何の問題もないし、一々クレイに言ったりしないよ。今日の訪問客はクレイに会いに来るんだ」
「わたくしに、ですか?」
それは珍しい。
クレメンティーヌは独自の能力のせいで他人を全く信用していなかった。貴族として必要性のある繋がりは持っていたけれど、あくまでも表面上のもので友人と呼べる人はいない。
それに王太子宮に来てからは必要最低限の社交場にしか参加していない。フォレスター公爵家や皇室の権力に群がるものを受け入れるとも思えないし。それに光輝が断らない、いや断れなかった相手って……。
はて、誰なんだろう?
「実はしばらく前から訪問したいと言われていてね。何回かははぐらかしたんだけど、そう何度もそれが通じる相手ではなくて」
「あら?殿下が煙に巻けない相手とは珍しいですわね」
「……ふっ、その言葉の意味は後でゆっくり聞こうかな?」
しまった!地雷踏んだ!
「っっ、今日の午後は空いてますわ」
「誤魔化されないよ?後でゆっくり聞くから。で、そう今日の午後だよ。小さなお茶会形式にする」
お茶会?なら相手は女のコ?
「いや、女性と男性一人ずつだよ」
「ですから、顔で理解するのは止めて下さいまし!」
「だって、クレイわかりやすいから。ははっ」
っっ、その笑顔は反則だ。普段あまりしない年相応の少年らしい無邪気な笑顔。
ああ、この男は何度私の胸を撃ち抜けば気が済むのか。
「だ、男性ですか?わたくし余り男性の知り合いはいませんけれど」
「キリア・アルデウス」
「アルデウス公爵家の次男の方ですわよね?確か光属性の魔法が強く、大神官様から是非にと神殿へと勧誘を受けている」
「ああ、その通り。キリアは私の幼馴染でもある」
「ええ、存じておりますわ。でも、わたくし一度もお目にかかった事がございません」
そう、キリア・アルデウスという男は大の社交嫌いで今までほとんど社交場に現れたことはないのだ。それに恐ろしく内向的で友人も殆どいないらしい。その数少ない友人枠に王太子がいる。
「それが……」
席を立ち、私の側に来た光輝が耳に囁いた言葉はかなり衝撃的だった。
『どうやらキリアに優が転移したみたいだ』
神田優。
前世での幼馴染の一人。
私がヴィーの中が誰なのか、光輝と迷ったもう一人の人物。
やっぱり優も転移していた。
次回の投稿は3/6(土)です。