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光輝君視点、過去編です。
小学生のはずなのに大人顔負けです。
でも、所々直情的なところがお子様かも?
次回はくれは視点に戻ります。
輝きを失くした瞳、遮断された意識。
息をしていなければ、人形だと思うほど生気を感じられなかった。
それでも、それは俺の好きなくれはだった。
幼くてもわかる。
くれはは壊れてしまったのだと。
だけど俺は諦められなかった。
学校帰りに必ず寄った、くれはの家。
視線が合う事も会話も無いけれど、顔を見れるだけで良かった。いや、良いか悪いかで言えば良くはないけれど、それでも繋いだ手は温かい。他愛のない日常を一方的に話す事も、つらくないと言えば嘘になるが、くれはは此処に居る。それにこんな状態になって三ヶ月、少しだけ、ほんの少しだけだが変化があった。
動物の鳴き声に、木々が揺れる音に、俺の声に繋いだ手がぴくりと動く。
本当に微かな反応。
手や指の条件反射だと言われれば、そうかもしれない程のそれは頻度が増えてきていた。大人に言えばぬか喜びさせてしまうかもしれないと黙っていた。……半分は優越感だったかもしれない。
俺にはその反応がくれはが闘っている証に思えた。
くれはがこんな状態になった時、専門医の説明は曖昧だった。若い分、回復は見込めるがいつになるかはわからない。それに精神的苦痛からの現実逃避の為、何かを強要したり、急かしたりは厳禁。つまり、治療法らしい治療法はないという事だ。
幸いにも口元に食べ物を運べば食べるので、生命の危険は無い。それも出来ない人は点滴や流動食で生命維持する為、衰弱しやすいらしい。
それと心の殻を破ろうとする時、反応があると言ってた。
この反応がそうなのだと俺は信じて疑わなかった。
大人しそうに見えて負けず嫌いのくれはが、このままのわけはないはずだから。
俺は生まれて初めて父に頼んだ。
父や家の力を使わせて欲しいと。
くれはがこうなった事の顛末はくれはと加害者しかわからない。だが、学校側の説明ではある少女た些細な言い争いの後、倒れたという。その切欠となった少女は自ら全てを語ったらしい。だが、そいつは多分別口だ。
それまでに誰かに何かをされてきた。俺達が感じた小さな違和感。言い方が少し嫌味っぽいとか、棘がある程度。指摘すれば、そんなつもりなかったとくれはに謝り泣き出す。そうなれば、俺達が庇ったくれはが悪者の様に言われる為、手を出すに出せなかった。
くれはは女のコだから、ずっと俺達と居るわけにもいかない。着替えやトイレなど別行動がある為、全てはわからなかった。だが、今回こうなった事は無かった事など絶対しない。
全ては学校で起こっている。
学校はあいつ等が思っているより、目や耳がある。それを一つずつ拾い上げ繋げていけば、きっと全貌は見えてくる。だが、その証言を得るためには信頼や好感を得るか、威圧するしかない。どれだけ時間がかかるかわからない為、今回威圧しようと決めた。
父や家の力を使おうと思った事は今回が初めてだ。
「わかった、好きに使いなさい。ただ幾つか条件がある」
「条件?」
「一つ、今回知り得た情報は私達にも隠さず共有すること」
「当然だろう?」
「一つ、その情報を知っているとくれはちゃんに知られないこと」
「何故?」
「くれはちゃんは知られたくないかもしれないだろう?本人が話すならともかく」
「そうだよな、了解。両方、大丈夫」
「いや、もう一つある。これが一番難しい条件だと思う」
今聞いた二つの条件は至極妥当なもので、最後の条件も楽勝だと俺は思った。
「相手がわかっても何もしないこと」
「は?何言ってんだよ?お咎め無しってこと?父さん!」
正直意味がわからなかった。くれはをあんなふうにした奴等を放置するなんて。常に冷静たれ、と言われてきたけれど頭に血が登り胸が苦しいぐらいに早鐘を打つ。
怒りで。
「くれはちゃんと最後に言い争いをした子。あの子は親にお前に好かれろと、くれはちゃんを蹴落とせと命令されたそうだ」
「は?親に言われたからって、していい事と悪い事の分別位つくだろ!」
「あの子は父親から物心ついた頃から虐待を受けてきた。頼りの母親も心を病んでいて、ずっと独りで耐えてきたそうだ。虐待を受けている子達は判断の全てを虐待している相手に委ねる。あの子には選択肢はなかったんだ。わかった子達にも同じ境遇の子がいないとは限らない。それは私達、大人が調査する。罰を受けるのはそれからだ」
「っっ!だけどっ!」
「それを呑めないなら力は貸せないよ、光輝」
わかってる。父さんの言ってる事は正しい。正しいけれど、心がそれを受け入れるのを拒否する。くれはが感じた苦しみと同じ、いやそれ以上与えたいと思ってしまう。だけど、きっとそれじゃ駄目なんだ。
抑えろ、こらえろ、冷静にならなければ。
これからも同じ様な事があった時、ちゃんと出来るように。
「わかった。でもそいつ等が何も無ければ……」
「光輝。裁く権利があるのはくれはちゃんだけだ」
「はっ、くれははきっと何もしない。黙ってろって言うのかよ!」
「こうなったのは私達大人とお前が原因だ。二度とない様に考えろ。そして、くれはちゃんが出した答えを受け入れるんだ。それが守れなかったお前の罰だ」
ああ、そうか。
これは俺の傲りが招いた結果なんだ。どれだけ身体中が熱くなる怒りを感じても、それをくれはが望まないなら、おさめるしかないんだ。
「わかった」
「なら、いい。存分に調べろ。ただ親の関与があれば私達が対処する。それは遠慮はいらないからな。それに関してはお前の意見も取り入れよう。くくっ、一条家が総出でお相手しよう。親父も相当怒ってるからな」
……大人が関与している場合、相手は骨すら残らないかもしれない。おじじは、くれはを猫可愛がりしてた。身内からも偏屈爺で通ってるおじじが、くれはには普通の爺さんみたいになってたから。
小さな欠片を集めるみたいに少しずつ探した情報から導き出した奴等は相当たちが悪かった。そこそこの名家の娘ばかり数名。俺達と同学年だけでなく、上級生、下級生にも。中には頭が上がらず強要されている子もいた。更には教師にも金と力で口封じをしている。これは大人の関与確定だ。
しかもやり方が実に狡賢い。
前にも違和感を感じたのは間違いでは無かった。でも指摘すれば、そんなつもりじゃ無かったと泣かれ、いつの間にかくれはが俺達を使って虐めた形になっていた。嫌味スレスレ、苛めギリギリの際どいラインで攻めて、注意すればこちらが悪者になるように。それを毎日毎日繰り返す。そして噂を流し、大多数を味方につける。
絶対小学生レベルの苛めじゃない。
だけど主犯の奴が面倒だ。警視総監の孫娘ときた。
しかも、そいつは自分が一番優れていると思ってる痛い奴だ。だから自分以外には何をしても許されると思っている。こいつは絶対、無罪放免にはしてはいけない。
だが、それを決めるのはくれはだ。
くれは。
準備は出来たから、もう帰って来い。狡賢い汚い真似をした大人はおじじと父さん達が処理した。後はお前だけだよ?
お前は見た目程弱くない。ちゃんと闘う力を持ってる。足りなければ俺が手伝うから。
さあ、くれは。戻って来い。
次回の投稿は2/25(木)です。