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光輝視点です。
砂糖投入しました。
私なりに……。
くれははわかっているのだろうか。
これからの俺達の行く末を。
俺がヴィンセントに転移して三ヶ月が過ぎた。だがヴィンセントが身体を自由に出来ることは一度としてない。そして俺とヴィンセントの記憶やそれまでに培った能力はそのまま残り……感情がどちらのものなのか曖昧になりつつあった。
多分、俺とヴィンセントは融合するのだろう。前世で読んだ小説に多重人格障害が統合され一人の人格になるという話があった。それに近い状況なのだと思う。
俺は前世で死んだ人間だ。本来ならヴィンセントのものであるこの身体を支配している事に負い目があった。
だけど、この世界にくれはが居るのであればその負い目を感じている場合ではない。
例え他人の身体であろうとくれはを護れるのなら俺が感じる遠慮や躊躇い、罪悪感など些末な事だ。ヴィンセントに悪いと思う気持ちはあるけれど、ある意味お互い利益は一致している。
ヴィンセントはクレメンティーヌを、俺はくれはを愛していて護りたいのだから。
それに若干ズルをした感はあるが婚約者という立場は俺にとって最高のものだった。前世ではくれはの心の安定を優先したが故に必要以上に近付く事が出来なかった。煩わしい周囲の人間関係を断ち切り、くれはの隣を独占しようとしたのは一度や二度ではない。だがその度に幼馴染のあいつ等がくれはを壊す気かと止めたのだ。それが無ければ俺は暴走していただろう。
だが、今のクレメンティーヌの婚約者という立ち位置はヴィンセントが王太子なのもあり、非常に満足いくものだ。
あいつを護る為なら持てる全てを駆使してやる。
幸いにもヴィンセントも俺も頭脳や身体が愚鈍な方では無い。使えるものは多い方がいいのだから。俺はこの世界で生きて、くれはを護ると決めたから。
だけど……。
くれははわかっているのだろうか?ヴィンセントの中に俺が居るのを。俺がくれはを愛している事を。
ヴィンセントとして生きる事に後悔は無い。だが、くれはには知って欲しい。俺がくれはの側にいて、くれはを想っているという事を。
ヴィンセントでは無く、俺が、光輝がいる事を。
それを俺が俺でなくなる前に、くれはがくれはでなくなる前に知って欲しい。だが、そんな俺の望みを知らないくれははクレメンティーヌの中に居るという決定的な証拠を見せてくれない。それさえあればすぐにでも、前世で自覚してから今に至るまでの想いの全てを告げるのに。
日々曖昧になっていく『一条光輝』の意識を保つのに必死になる中、それは起こった。
身体を動かす事が好きだったくれはを考慮して、宮ではなく共にダンジョンを攻略し(くれはにはこれ以上ない位の結界の重ねがけをしてある)その帰りにささやかなデートをするのをくれはが慣れてきた事に、心の中で小さくガッツポーズをしていた俺は気付くのが遅れた。
プレザント公爵。
前王時代の忠臣……に見せかけた欲に塗れた害虫。
ぎらぎらとしたその瞳は自分以外を自分を満たす為の道具としか認識していないのだろう。濁りきって見るのも悍しい。
ああ、最近忙しくてやっとの事で空けたこのくれはとの時間をこんな奴に邪魔されるとは最悪だ。それに、くれはの視界にこんな醜悪な害虫を入れた事は万死に値する。
だが俺は王太子でまだ王ではない。故にこの害虫をこの場で抹殺するわけにはいかないのがまた腹立たしい。
沸き立つ怒りをかなりの労力で抑え込み、王太子として最低限の態度を保った俺は、うん、我ながら頑張ったと思う。先程行ったダンジョンの魔物の様に消し去りたいのを堪えたのだから。
ただ害虫の後ろから出てきた孫娘にくれはがびくりと身体を震わせたのは予想外だった。プレザント公爵の孫という娘は金髪に青い瞳の清楚な美少女で、年も俺達と同じ位だろう。
その娘はアマリアと名乗った。
これまで見た事も、存在を知らなかった事も無かったのは何故だろうか。プレザント公爵は自分の欲を満たす為ならば何でもする男だ。自分の家系の娘を王太子妃に、ひいては国母にし自分の血を引いた王を望むが故にクレメンティーヌに数々の嫌がらせ……いや、あそこまでやれば暗殺未遂だろうことをしてきたのは認識している。
王太子の婚約者という事で王家の影が付いていたし、クレメンティーヌ自体、プレザント公爵の遣り方に危険を感じ自らも鍛えたから無事なだけで、そこらの貴族令嬢ならばすでに亡くなっていただろう。
それほど黒に近い事をしでかしておいて裁ける程の証拠を掴ませないところは認めても良い。ヴィンセントもクレメンティーヌもこの狡猾な害虫には散々苦労していたみたいだ。
だけど……このくれはが入ったクレメンティーヌの身体を狙うのは絶対許さない。王太子宮へ滞在させる理由の一つでもある暗殺未遂はここ暫く行われていない。
くれはの視界にすら入れたくなかったのだけど、若干浮かれていて隙が出来てしまった俺の失態だ。この少女については情報が足りないし、後で調査してからにしよう。あのプレザント公爵が連れてきたのだから、無下にしては何かしらこちらが不利になるものがあるに違いない。
そう思い淡々と対処する中、くれはの顔色が悪くなっていく。最初は驚いただけかと思っていたのだが様子がおかしい。何故ならくれはの顔にはありありと恐怖が浮かんでいたからだ。
クレメンティーヌとして過ごす時、くれははほとんど感情を表に出さない。注意深く見ればほんの少しの変化はあるので俺はくれはの気持ちを知る事が出来るけれど、多分他の人にはわからない。……いや、ソフィアは気付いているだろうが。
そのクレメンティーヌ然としたくれはが此処まで感情を出す事は初めてと言っていいだろう。
それがこの少女に対する恐怖?
くれははこの少女の何を恐れているのだろう。
……まさか!
俺が彼女に惚れると思っているのか?
だけど、もしそうだと仮定するなら疑問は解ける。どういう思考でその考えに至ったのかはわからないが、鈍過ぎるくれはなら有り得る。此処まで露骨にアピールしてきたのにまだ理解しないくれはに若干の苛立ちを覚えるが、それより今はくれはを安心させてやらなければならないし、それはプレザント公爵への牽制にもなる。
プレザント伯爵令嬢との話もそこそこにくれはを引き寄せ抱き締める。王太子宮に来てから少しずつ怖がらせないように慣れさせてきたけれど、くれはに感じた苛立ちが俺の冷静さを奪う。
前世から触れたくてたまらなかった唇……は流石に我慢したが頬ぐらいなら婚約者として許される範囲だろう。
恐怖に青ざめるくれはを宥める言葉を紡ぎながら流れる様にその白い頬に口付けた。
青かった顔色が今度は林檎の様に赤くなる、ぶっちゃけ身悶えする程可愛い。
更には俺を潤んだ瞳で上目使いに見るのは反則だろう。くれはをかき抱きその唇を奪いたい欲求に駆られるのをやっとの思いで押し留めた。
くれはお前、後で覚えてろよ?お仕置きだからな!
……今日は俺の自制心を試される日なのか?
そんな埒もないことを考えながらくれはの腰をがっちりホールドしたまま、その場を後にした俺は妙案を思い付いた。
今日が終わるまでくれはから俺に触れる。
うん、これだな!
くれはへのお仕置きはこれにしよう!!
大体婚約者だというのにくれはは淡白過ぎるのだ。対外的にも、年齢的にも、もう少し親密であってもおかしくない。そういう触れ合いをくれはからして欲しいという俺の欲もないことはない。いや、正直ありまくりだ。
この思い付きにくれはが俺の自制心をぶち壊してしまうなど予想だにしなかった。
次回の投稿は1/20(水)の予定です。