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 すみません、遅刻しました。

 時間設定間違えました〜

 本当にごめんなさい!


 「初めまして、プレザント伯爵令嬢。私はヴィンセント・ラグナ・ルミエールだ」

 プレザント公爵は猛禽類を思わせるぎらぎらとした瞳を僅かに和ませ隣で慎ましく佇む孫娘を見やり、それから勝ち誇った様に初めて私へと目を向けた。


 「これはフォレスター公爵令嬢ではありませんか。確か療養中と聞いておったのだが、はてこれはどういう事ですかな」

 

 王太子宮に身を寄せてからは最低限の社交場にしか出ない言い訳を療養中にしていたのを思い出した。

 王太子の婚約者という立場上、社交も義務の一環である為なにかしらの理由が必要だったのである。

 それを逆手に義務を果たしていないとでも言いたいのだろう。

 正直、街に出るくらい別に良いと思うのだけど、このおじいちゃんは重罪の様に騒ぎ立てるつもりなんだろう。


 クレメンティーヌの記憶では何とかして一族から王太子妃をと、かなり強引な事を何度もしていた。

 その方法は際どく合法すれすれ、いやほとんど黒に近い内容で、クレメンティーヌの悩みはこのおじいちゃんのしでかす事だった。

 クレメンティーヌが幼い内から剣技や魔法を鍛えたのは、プレザント公爵の策略が命の危険すら感じるものだった事が大きい。


 このおじいちゃんには一言が命取りになる。

 さて、どう答えよう。


 「プレザント公爵ともあろう方が無粋な事を。私と彼女は今プライベートな時間を過ごしている。それを貴方にとやかく言われる筋合いは無いと思うが?」

 

 私が口を開くよりも早くヴィーが完璧な微笑みに冷たい怒りをのせて答えた。

 最近過ごしてきたヴィーの中で一番恐ろしい微笑みだ。

 そこはかとなくヴィーから冷気が漂っていると思うのは気のせいだろうか。


 「ですが殿下、王太子の婚約者ともあろう者が義務を果たさず遊び惚けるなど言語道断。その様な者を放置しつおく訳に……」

 「そなたは何時から王族に意見できる立場になったのだ?」


 地を這う様な声がプレザント公爵の言葉を遮った。


 「で、殿下。その様なつもりでは」

 「プレザント公爵よ、今一度言っておく。私はクレメンティーヌ嬢以外を娶るつもりは無い、側妃もな。そなたが何をしようと誰を連れてこようと、それは変わらない。諦めろ」

 

 有無を言わさぬ王族らしい威厳と溢れ出そうな魔法を抑えながら発した言葉は重く、老獪なプレザント公爵を震え上がらせた。

 だが、その時鈴の様な可憐な声が会話に割り込んだ。


 「殿下、お爺様の無礼を謝罪致します。如何様な罰もわたくし共々お受け致しますので、お怒りをお鎮め下さいませ。殿下の魔力は市井の者には耐えられません。どうかお願い申し上げます」


 華奢な身体は殿下の漏れ出る魔力の圧に震えているのに、毅然と放たれた言葉は道理にかなっていて慈悲深い。

 類稀な美貌も相まって、彼女はまるで聖女のようだった。

 彼女の正論に怒りを鎮め、魔力を霧散させたヴィー。


 恋愛小説の1シーンのような……。


 やっぱり、ヴィーはヒロインに恋をするのかな?

 光輝だって、健気で可憐な彼女を好きにならずにはいられないよね。


 鬱々とした気持ちは私とクレメンティーヌの心を黒く塗り潰していく。

 此処に転移した時からわかっていた事なのに、いつの間にか忘れてしまっていた。

 ううん、忘れた振りをしてた。

 ヴィーが光輝かもしれないと思った瞬間から私は……。


 「プレザント伯爵令嬢、貴女の言う通り此処で魔力を抑えきれなかったのは私の失態です。申し訳無い」

 「いいえ、とんでもございません。元はお爺様とわたくしのせいでございますから」


 王太子の怒りを恐れず市井の民の為進言したアマリアとそれにより怒りを鎮めたヴィー。

 二人の視線が絡みあい、そこから始まる恋の物語……?

 ん?

 ヴィー?

 何で私を抱き締めてるの?


 「クレイ、ごめんね。君には何重にも結界をかけてあるとはいえ、驚いただろう?怖かったかい?」

 「へ?い、いえ、大丈夫ですわ。ヴィーの魔力には慣れていますもの」

 

 ちょっ、ちょっと!

 ねえ、離してよ!

 此処、街中だし、プレザント公爵とアマリアが目の前に居るでしょ!


 抱き締めてくる腕をぎゅっと掴み、目線で訴える私。


 「ふっ、そうだね。私もクレイの魔力に慣れてしまって、傍にクレイの魔力が感じられないのは耐えられないに違いない。ちゅっ」

 

 や、止めなさいよ!頬にキスまで!!

 余りの出来事に羞恥心のバロメーターが振り切れ、思考回路が機能しなくなった私は、ヴィーに抱き締められたまま固まった。


 「本当に可愛い。ああ、今すぐ食べてしまいたいくらいだ。結婚式もう少し早めようか」


 抱き締めながら私の頭にすりすりと顔を寄せるヴィー。

 さっき、おじいちゃんに怒り心頭だったよね?

 なんで急変した?


 「ん?クレイがくだらない事考えたからだよ。そんな事考えられない様に私の気持ちをもっとわかってもらう為、かな?」


 え、エスパー!

 何にも言ってないのに!


 「四六時中クレイの事考えて、目に映るクレイをしっかり観察してるから?」


 もう、止めて下さい。

 お願いします。


 「う〜ん、まだまだ足りないけれど、仕方ない我慢しよう。クレイを愛で、甘やかす時間はたっぷりあるからね。ちっ、公爵まだ居たのか。失礼するよ」


 し、舌打ち止めなさい!

 相手はあのプレザント公爵……?

 お、おじいちゃん、大丈夫かな?顎外れてないよね?


 目が点になりぱこーんと口を開けたままのプレザント公爵と、これまた呆然と固まったアマリアを見た私。

 

 「クレイ、余所見しない!さあ、行くよ。次は何処に行きたい?」


 がっちりと腰に腕を回し、顎を掴んで自分の方を向かせたヴィーは満足そうに微笑んだ。


 さっきとは違う、少し悪戯気な微笑みで。


 



 次回の投稿は1/12(火)です。

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