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 心は自分のものなのにままならない。

 そんな経験、誰にもありますよね?



 目の前の少女に微笑みに圧をかけ食事をさせながら観察する。

 昨日まで高熱だったのもあって元々青白い肌は更に蒼白になっている。

 公爵令嬢らしく毅然とした態度と完璧で優雅な所作であるのに何故か儚く危うい印象を受ける。

 

 今朝ヴィンセントに指示された通りに用意した食事は病み上がりなのを考慮して量も品数も少ない。

 それにも関わらず彼女は無理に口にしているのがわかる。

 と言う事は普段から余り食事を取っていないという事だ。

 成長期なのにこんなに少食なんて親は一体何を考えているんだ。

 俺達の世界でも女子は体型を気にして少食だったけれど俺にはそれが理解出来なかった。


 生きる事は食べる事や眠る事と直結している。

 それを拒絶すれば身体は弱っていき身体が弱れば気力も失っていく。

 そうなれば回復する事は簡単ではない。

 直にその状態になるまでの過程を見た俺は健康な生活がいかに大事かを知っていたから。

 

 食べて眠る。

 簡単だけど心が弱っている人間にはとても難しい。

 そう、彼女はかなり心が不安定で弱っている。

 

 ヴィンセントの記憶にある彼女と違う面がちらほら現れるのも、そのせいなのだろうか。

 とにかく暫くは出来る限り付きっきりで食事の監視をした方が良さそうだ。

 公爵令嬢である彼女の意向を無視し食事をさせられる人間は国内に数人しかおらず、ここ王太子宮にいる者で当て嵌まる人間は俺しか居ないのだから。

 まずはこのお嬢様を健康にする事が最優先事項だろう。

 

 彼女の食事風景を観察し、好みそうなものを考えて次の食事の指示をしていた時彼女の様子が一変した。

 最初は食べ過ぎでぼんやりしているのだと思っていたが視点が定まらず身体の力が抜けていった。

 椅子から落ちそうになったのを慌てて支えて声を掛けるが届いていないのか反応が無い。

 そのまま抱き上げ近くのソファーへ寝かしたが瞳は開いているのに全く身体に力が入っていなかった。

 周りの者に侍医を呼ぶよう指示している時、彼女の身体から半透明の何かが出てきた。


 何だ、これは!

 

 出てきた半透明のものは俺以外に見えていないのか誰もそれに視線を向けない。

 俺の錯覚か?

 だが出てきたものは段々と形を作り始めた。

 

 ……くれは?

 

 それは間違いなく俺の幼馴染のくれはだった。

 何故くれはが彼女から出てきた?

 この半透明のものはくれはの魂なのか?

 なら彼女から完全に出てしまえば消えてしまう?

 焦れば焦る程に思考は散乱していく。

 落ち着け、今しなければならない事は何だ?

 考えろ!

 だが纏まらない思考を待ってくれるはずは無く、半透明のくれはがクレメンティーヌ嬢の身体から抜け出ていく。

 このままではいけないと本能が危険信号を出している。


 「クレイ!気を強く持て!身体を手放すな!」


 俺はクレメンティーヌ嬢の身体に強く呼び掛けた。

 これがもしくれはなら絶対に留めなければならない。

 前世では守ってやれなかった分まで必ず守るから、だから!


 「絶対守るから、どんな事からも守るから!だから頼む、諦めるな!」


 俺は心からそう叫んだ。

 頼む、頼むよ神様。

 もしいるならくれはを助けてやってくれ。

 もう二度と傷付けたくないんだ。

 もう二度とこいつと……離れたくないんだ。

 だから頼むよ。

 くれはを、俺を助けてくれ。

 心が千切れそうな痛みに耐えながら切に願う。

 ぎゅっと瞑った瞼が眩い光を感じ瞳を開けると腕の中の少女が微かに反応した。

 そこに先程までの半透明なくれはは無く、腕の中の少女はとぎれとぎれにでも確かに言葉を紡いだ。


 「約束……してくれる?」

 「ああ、誓う!この命に賭けて誓う!だから戻って来い!」

 「約束だ……よ?」


 少女の身体は脱力したままだけれど瞳は光を宿して俺を射抜いており、その口元はほんの少し緩んでいた。

 右側だけ少し大きく上がるこの微笑み。

 

 これはくれはだ。

 

 俺は確信した。

 俺がヴィンセントの中にいるのなら、くれはがクレメンティーヌ嬢の中にいても不思議ではない。

 公爵令嬢らしい彼女が垣間見せる貴族令嬢とは掛け離れた様子や何故か放ってはおけないと思う俺の心。

 先程の半透明の人型もくれはそのものだった。

 それに加えてこの笑い方。


 俺は前世でくれはが死にかけ心を閉ざした時から神様なんていないのだと思っていた。

 もしいたとしても、何の罪も無いくれはを救ってくれないのならいないのと同じだと。

 だけど今この時初めて神様に感謝した。

 さっき感じた光は温かく優しさに満ち満ちていて多分あの光がくれはを救ってくれた。

 だからこれからは神様を信じよう。

 俺にとってくれはが全てだから。

 安心したのか少女の身体から力が抜けた。

 気を失ったのかもしれないが先程の様な危機感は全く感じない。

 腕の中にある確かな温もりを壊さないようそっと抱き締める。

 俺が何の為に異なる世界に来たのかやっとわかった。

 俺はくれはを守る為にここにやって来たんだ。

 前世の最期の時まで望んだ願いは幼い頃から変わらずたった一つだけ。

 くれはの側にいたい。

 それを神様は叶えてくれた。

 そして今もくれはを救ってくれた。

 ありがとうございます、神様。


 そう感謝したのと同時に酷い倦怠感を感じた俺は意識を失った。



 



 

 

  

 

 

 




 次回の投稿は12/17(木)です。

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