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 人の心には誰しも闇が存在します。

 いつ、どこで芽吹くか。

 それは誰にもわかりません。



 「ご、ご馳走さまでした」

 「美味しかった?」

 「え、ええ。流石、王太子宮のシェフですわ。どれも素晴らしく美味しいものばかりでした」

 

 お腹がはち切れそうなのはともかく美味しかったのは本当だ。

 今まで食べた事のない食材もあり若干楽しながら食べる事が出来た。

 ……お腹ははち切れそうだけれど。


 「……ふむ、もう少し量は減らして食材の種類を増やそう。後君は見た目が鮮やかな野菜も好きみたいだね。その辺も考慮したら食も進むだろう。マルリード侍女長」

 「はい、殿下」

 「料理長を私の部屋に呼んで下さい」

 「畏まりました」

 

 お腹が一杯になった私はぼんやりと二人の会話を聞いていた。

 ヴィーは表面上今までと変わりなく見える。

 王族らしい命令するのに慣れた口調、何もしていないのに相手を服従させる威圧感、それでいてどこか優しさを感じるところも。

 でもここ暫く接する機会があった私は今のヴィーへの違和感を拭えない。

 どれだけ私が前世で恋愛事に疎かったとしても彼の言葉や態度、そして視線に込められたクレメンティーヌへの恋慕は伝わってきたから。

 それが一夜にして完全に無くなるなど有り得ないと確信出来る位、彼の想いは強かったのだ。

 だから彼が違う人格なのは間違いないだろう。

 私がクレメンティーヌに転移した事と時期をふまえて、私の前世での知人である可能性が高い。

 だけど誰なんだろう。


 私が死んだのはバスの転落事故。

 あの高さから落ちたのならまず助からない。

 そうなるとあのバスに乗っていた全員に可能性がある。

 あのバスには私のクラスメートとガイドさん、運転手が乗っていた。

 その中の一人である可能性が高い。

 クラスメートならば接する内に何かしらボロを出すかもしれない。

 だって間違いなく私と同じく、貴族なんてものに馴染みなどないはずなのだから。

 私と同じ様に本物のヴィーにフォローしてもらっても限界はある。


 でも……。

 此処まで周りに悟られないなんて。

 私と違って王太子という立場は政務などもあるから大変なはずなのに。

 クレメンティーヌの記憶にあるヴィーの能力も他者の追随を許さない位に全てにおいて秀逸なのだ。

 それを違和感無く使いこなすなんて、元々能力が高くなくては難しい。

 そうなると人数は限られてくる。

 私のクラスメートでこの条件に当て嵌まるのは二人しかいない。

 というか二人も居る事が驚きなのだけれど、何故か私のクラスにはハイスペックな人物が二人居たのだ。

 もし私とクレメンティーヌと同じ状況なら間違い無くその内のどちらかだ。

 なんにせよ観察する時間が必要って事か。

 こうなった以上、ヴィーが私を王太子宮に留めたのは好都合だ。 


 「クレイ?どうかした?」

 「っっ、あっ少しぼんやりしてしまいました。何か仰いましたか?」


 今までのヴィーとは違い適切な距離を保ったまま交わされる会話。

 未婚の男女では当然の距離ではあるが、ここ暫くヴィーのスキンシップに慣らされてしまった私には他人行儀に感じる距離。

 そんな風に感じる自分に驚いた。

 元々私の家族はスキンシップが多い。

 家から一歩出れば他人に壁を作り他者を演じている分、家の中では家族のされるがままに構われそれに甘えてきた私。

 最後まで自分からは出来なかったけれど、そうやって触れられ構われる事が大好きだった。

 そうやって家族が私を甘やかし癒やしてくれたから何とか生きてこれた。

 だけど、この世界のクレメンティーヌが置かれている境遇はそんな甘えは許されない事だった。

 クレメンティーヌの生活を今までの努力を無駄にしない為にも。


 だから……本当はヴィーの気安さがどろどろに甘やかしてくれるのが嬉しかった。

 クレメンティーヌを想うが故の溺愛は私にとっての家族に近かった。

 戸惑う事も多いけれど何も考えずに甘受出来る愛情は『恋金』の結末を知っていても私には拒絶出来ないものだったのだ。

 それは私に向けられたものではないし目的を果たす為には邪魔なものだとわかっていても。


 ……きっとクレメンティーヌにはバレてる。

 記憶だけで無く感情も共有してるから。

 でもクレメンティーヌは何も言わない。

 そしていつも『思う様に生きなさい』と私に言う。

 クレメンティーヌから感じる家族から与えられたのと同じ様な愛情。

 それに私は甘えてる。

 ソフィアも同じ。


 どうして?

 何でこんなに優しくしてくれるの?

 私はクレメンティーヌの身体を奪ったのに。

 ソフィアの敬愛する主を奪ったのに。


 死んだ私が奪ったのに。


 クレメンティーヌの声が聞こえるけど何を言ってるのかわからない。

 ヴィーの慌てた声や周りの人達が動く気配もするけれどそれも何か薄い膜の向こうにある感じで、ぼんやりとしかわからない。


 その時誰かが私の身体に触れた。

 「クレイ!気を強く持て!身体を手放すな!」


 強い力を感じる。

 金色の光が辺りを埋め尽くす。

 これは誰?

 私の身体と心を温かく優しい光で私を包むこの人は誰?

 ううん、知ってる。

 この昔から大好きな温かさを忘れる事は無い。


 光輝。

 ねえ、光輝なの?

 

 「絶対守るから、どんな事からも守るから!だから頼む、諦めるな!」

 

 うん。

 光輝がそう言うのならもう少し頑張るよ。

 

 「約束……してくれる?」

 「ああ、誓う!この命に賭けて誓う!だから戻って来い!」

 「約束だ……よ?」


 強く温かいものに包まれたのを最後に私は意識を手放した。

 




 



 次回の投稿は12/14(月)です。

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