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 クレメンティーヌ視点が暫く続きます。



 フォレスター公爵家唯一の娘で、この国の王太子殿下の婚約者。

 それはわたくしが物心ついた時から変わらない事実。

 逃げる事の出来ない茨の檻に住まう者。


 それがわたくしクレメンティーヌ・フォレスター。


 わたくしの毎日は朝目覚めてから夜眠るまでやるべき事で埋められている。

 それは誰が決めた訳ではなくわたくし自身が決めたもの。

 多分同じ年の令嬢よりは秀でているだろう。

 一般教養、専門知識、王太子妃教育、マナー、剣術、魔法技術……数々のものを小さな頃から学び続けてきた。

 幸いにしてどれもそれなりにはこなせる頭脳と身体能力を持っていたらしく教師達が皆褒める位にはなった。


 だけど足りない。

 それをこなしてもなお、わたくしは不安だった。



 ◇◇◇◇◇◇



 幼い頃訳もわからず連れて行かれた王宮で出会ったのは見た事もない位に美しく可愛らしい少年だった。

 それはヴィンセント・ラグナ・ルミエール王太子殿下で、この出会いによりわたくしは婚約者になった。

 それからは月に一度、お茶会と称し王太子殿下との交流が始まった。

 

 王太子殿下は優しかった。

 わたくしを気遣い幼いながらも喜ばそうとしてくれる。

 

 最初は偶然かと思ったし、いずれこの子もそうなるだろうと覚悟していた。

 だけどこの子は他の子達と違う。

 わたくしはこの優しく可愛らしい王太子に好意を抱いた。


 幼い頃から人の悪意が見えるわたくしは、それを誰にも言えず心に抱え疲弊しきっていた。

 今思えば精神を病む寸前だったのだろう。

 彼が見た目通りの子供ではないのはわかっていたけれど、彼がわたくしに向けるものには一切悪意が無かった。

 それが壊れかかっていたわたくしを救ってくれた。

 だから『王太子の婚約者』というものがどれだけ大変だろうと構わなかった。

 同じ様に頑張る彼と励まし合い、貴族という笑顔の裏で常に人の不幸を望み肥えた欲望に身を浸した魑魅魍魎に足元を掬われぬよう知識を蓄えた。

 同じ年頃の子供達の様に無邪気ではいられなかったが、成長しても変わらない彼がいればそれで良かった。

 

 そう思っていた。


 いつからだろうか。

 彼からほんの僅かだがわたくしに向ける感情に悪意が混じり始めたのは。



 わたくしのスキル『相手の感情が見える』は相手の心が見える訳ではない。

 相手の感情が色でわかるのだ。

 赤なら怒り、青なら悲しみといった風に。

 悪意はわかりやすかった。

 何故なら悪意は他の感情の色とは全く違ったから。


 黒。

 この色は何色にも染まる事は無い。

 他の色は混ざり合ったりして緩和される事もあるが黒は違う。

 他の色と共に黒を纏う人々は多い。

 いえ殆どの人々がそうだ。

 だが幼いわたくしにはその黒は恐怖でしかなかった。

 わたくしに悪意の無い人など家族くらいだったのだから。


 そして初めてわたくしに黒の感情を向けない人が王太子殿下だった。

 それはわたくしの中で大きな衝撃だった。

 優しく世話をしてくれる侍女ですら小さな黒を纏っていたのだから。

 

 だからわたくしは彼に嫌われない様に、婚約者であり続ける為に頑張った。

 だけどそれを負担に感じた事も止めたいと思った事も一度たりとも無かった。

 彼から向けられる黒の無い感情はわたくしにとって、それ程稀有で得難いものだったのだ。

 

 だからそれを離すまいとわたくしは執着した。

 その為に何を犠牲にしても構わなかった。


 王太子の婚約者というのは簡単な役割ではない。

 王太子妃とはひいては王妃となるもの。

 王妃とは時に国王の代理すら務める。

 そんな大役を担う者が無知などあってはならない。

 

 そんな風にわたくしを蹴落とし自らの娘を王太子の婚約者にしたい貴族はわたくしを貶めようとする。

 それを回避すべくわたくしはありとあらゆる知識を欲した。

 幸いにもわたくしは公爵令嬢でお父様にお願いすれば最高水準の教育を受ける事が出来た。

 わたくしは無我夢中で知識を教養を力を得ようとした。

 そんなわたくしを彼は嬉しそうに抱き締めた。


 月に一度会う殿下は会う度に見目麗しい少年へと成長していった。

 わたくし自身は容姿自体に重きを置いていなかったけれど、巷では彼の容姿は絶賛され同じ年頃の令嬢達は彼に夢中になっていた。

 それどころか他国の姫達にも評価され、他国から縁談が舞い込み出した。

 だけど彼は全てを断り、わたくしとの婚約を維持し続けた。

 彼に執着していたわたくしだけれど、国の為を思えば他国の姫を娶る方が良いのではと思った。

 彼の婚約者という立場でなくとも彼と友人でいられるのならと。

 それを彼に告げると彼は静かに激昂した。


 彼の纏う赤色が段々とと青白へと変化した。

 炎と同じく怒りの色も赤よりも青白の方が度合いが高いのだ。

 だけど彼は声を荒げる事も怒りの内容を告げる事もせず、婚約破棄は絶対にしないとだけ言った。

 

 この時初めて彼に黒が表れた。

 青白と黒。

 それは身を焼く程の怒りと悪意。

 

 

 この時点で気付くべきだったのだ。

 彼とわたくしの抱く感情の違いに。

 



 暫くの間2日おきの投稿になります。

 次回の投稿は12/2(水)です。

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