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すみません、遅刻しました!
俺様溺愛系……。
やっと、やっと恋愛ものらしくなってきました。
「うぅん、今何時だろう?」
ゆっくり寝て身体も気持ちもすっきりした私はベッドから下りる。
?
絨毯の感触が違う……。
それにいつも私の起床とともにソフィアはカーテンを開けてくれるのに今日はまだ閉まったままだ。
??
その時扉を叩く音と、柔らかい女性の声がした。
「クレメンティーヌ様お目覚めですか?入室してもよろしいでしょうか?」
この声はマルリード侍女長……そうだ、私は今王宮にいるんだった。
「ええ、どうぞ」
「失礼致します。おはようございます、クレメンティーヌ様。昨夜はよくお休みになれましたか?」
「はい。あの……」
「少し失礼致しますね。熱は下がっております、良かったです。まずは湯浴みをどうぞ。着替えはご用意出来ております」
マルリード侍女長と何人かの侍女が入室してカーテンを開けたりお茶を入れたりしてくれる中、そっと額に手を当てられる。
何だか小さな子供になった気分になりくすぐったい。
この場にソフィアは居ないけれど流石は王宮の侍女。
急な客にも関わらず何の不足も無い対応だ。
少し怪訝な表情のマルリード侍女長に促され行った浴室には金の猫脚の湯船があり、張られたお湯はハーブの香りがして疲れた身体を癒やしてくれた。
貴族女性は花の香りを好む人が多いけれど、実は私もクレメンティーヌも強い香りが苦手で、どちらかといえばハーブや仄かに香る程度の柔らかなものが好みなのだがそれも把握済の様だ。
むぅ、王宮侍女軍団恐るべし!
さっぱりした私はコルセットを付けなくて良い、胸の下をリボンで結んだだけの柔らかなドレスを着せられた。
ドレス自体は可愛らしく好みのものだけど見た事が無いものだった。
「マルリード侍女長、このドレスは一体……」
「こちらは殿下がご用意されたものです。先週のお茶会から帰られて準備されておりました。あちらの衣装部屋にも色々ございますので後でご覧下さいませ」
「先週から?衣装部屋?」
「ふふっ、それについては後で殿下に直接お聞きになられる方が良いかと。食欲はおありですか?少しでも召し上がれた方がよろしいのですが」
「正直食欲はあまり……」
「果物なら如何でしょう。殿下より必ず食事をして頂く様に厳命されておりますの」
「果物……少しなら食べれます」
「良かったですわ。すぐに準備致しますね」
私をソファーに座らせ他の侍女達に指示をしていくマルリード侍女長をぼんやりと眺めていると、扉が叩かれた。
ソフィアかな?
マルリード侍女長が対応している。
そして振り返り私の元に来て告げる。
「殿下がお出でです。朝食を共にと仰せですので居間に準備致します。クレメンティーヌ様もどうぞ居間の方へ」
監視?食事してるか監視しに来た?
ヴィーってば過保護すぎない?
小さな子じゃあるまいし。
「わかりました」
「……殿下はクレメンティーヌ様が心配で仕方ないのです。大目に見てさしあげて下さいませ」
うぅ〜、表情に出てしまったみたいだ。
鉄壁の笑顔って難しい。
気を付けよう。
扉を開けると高級そうなソファーに座り書類に目を通しているヴィーの姿があった。
私の入室に気付いて立ち上がりこちらへと歩いてくる。
「クレイ、おはよう。体調はどうだい?」
朝だというのに相変わらずの麗しいご尊顔に眩しい微笑み、だけど……。
やっぱり違うと私は確信した。
私の中のクレメンティーヌも同意している。
間違い無い。
これはヴィーではない誰かだ。
昨日まで鬱陶しい程に私、クレメンティーヌへの愛情表現をしていたのに、それが一切無い。
そう、欠片も無い。
確かにヴィーは以前と豹変したのだろう。
クレメンティーヌが戸惑う位に。
だけどそれでもクレメンティーヌはヴィーの態度や言葉をに困惑するだけだった。
でも今目の前のヴィーに対してクレメンティーヌは非常に高い警戒心を抱いている。
さらさらした金の髪と見る者を虜にする輝く金の瞳。
王家の特徴を素晴らしい形で受け継いだ容姿は昨日までのヴィーだ。
だが甘い言葉や態度をとろうとも常に周りに目を配り、一瞬たりとも気を抜く様な事は無かった。
クレメンティーヌの記憶からも環境がそうさせているのは明白で、高位貴族や王族に産まれた以上、差はあれど誰もがそんな風になる。
ましては王太子という立場のヴィーは人一倍警戒心が高かった。
だから。
見せかけではないこんな穏やかな瞳はしたくても出来ない。
私と二人で居てもそれは同じだったのに、王太子宮の者とはいえこんなにも人が多い場で気を抜くなど有り得ないのだから。
「おはようございますございます、ヴィー。昨日は大変ご迷惑をお掛けし、申し訳ごさいません」
クレメンティーヌが培ったマナーが身体を動かし言葉を紡ぐのに任せ、私は昨日浮かんだ可能性が増すのを感じた。
◇◇◇◇◇◇
起き抜けにヴィンセントが俺に指示したのは、あのクレメンティーヌという少女と朝食を共にするという事だった。
ヴィンセントの記憶から彼女が様々な教育を過剰に受ける余り、身体が限界に近い状態なのはわかっていた。
多分精神状態も芳しくないことも。
ヴィンセントは心から彼女を心配していて、王宮滞在中に彼女の過剰なまでの行動の理由を探ろうとするのは理解出来た。
勿論、身体の持ち主であるヴィンセントの意向が一番だし反対などするつもりは更々ない。
だけどヴィンセントが抱える罪悪感には一言物申したかった。
『部外者の俺が口を挟むのは良くないのはわかってるんだが、ヴィンセント、お前別に普通だと思うぞ』
『……お前には隠し事など出来ないのだったな。だが私の感情は重すぎるだろう?嫉妬深い自覚もある。今までは見せないよう抑えてきたが来年は学園にも通う。仲を深めておきたい。一目見れば彼女が私のものだとわかる位に。そんな風に考える自分が嫌になるけれど』
俺には前世で大切な女の子がいた。
俺のせいで深く心を病み俺から離れてしまったけれど。
俺はそれでも諦めきれなかった。
つかず離れずの距離を維持し、彼女を狙う男を牽制してきた。
だけどそれが悪い事だと欠片も思った事は無い。
相手だって本気で彼女が欲しいなら俺の牽制くらいで引き下がる事はないだろう。
だからヴィンセントの考え方が理解出来ない。
『好きな女の子に他の男を近付けたい奴なんているのか?俺は見せるのも嫌だけどな』
『……お前好きな相手に豹変するタイプだな。それ以外は私より温厚なのに。ははっ、だけど潔く良くていいな。そうか、そうだな。だけど私の独りよがりの関係でもか?この婚約は私が決めたものだ。彼女には断るすべなど無かった』
そこがネックになっているのか。
だけど。
『それがお前の罪悪感の根本か。だが何が悪い?その立場や権力もお前の一部だろう?お前が彼女を身分や権力を盾に、邪険にしたり虐げたり傍若無人に振る舞ったのならともかく、俺が知る限りこの上なく大切にしているのだから問題無いだろう。それに記憶にある彼女も嫌がっている様には見えないしな』
『それは……』
『なら彼女を手放せるのか?』
『それは無理だ』
即答かよ。
『なら腹を括れよ。その罪悪感ごと彼女を愛して大切にすると。お前はその罪悪感を打ち消してもらいたいが為に彼女を大切にするのか?本末転倒だろ』
『はっ、お前の言葉は胸に刺さるな。確かにそうだな。彼女の心を得たいのは私が彼女を愛しているからで、罪悪感を打ち消す為にであってはいけない。……はぁ、貴重な助言感謝する』
『いや、大した事言ってない。それにお前の気持ちもわからない訳じゃないからな。……お前にも俺の記憶が見えたんだろう?なら知ってるはずだ。俺はお前より罪深い。それでも諦めらめられなかったんだからな』
俺は最期の瞬間、この腕に抱いた愛しい彼女を思い浮かべた。
次回の投稿は11/26(木)です。